紅い薔薇 蒼い瞳 特別編

星河琉嘩

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 やっぱ、見てられねぇ……。





     ◆◆◆◆◆



「アイツのこと、どうしたいいのか分からねぇ」
 カズキが始めたクラブのカウンターで、酒を煽りながらそう呟く。
「あ?」
 そんな俺に、そう眉間に皺を寄せて睨むのが、仲間のカズキ。コイツの顔を見ると、やりきれなくなる。
 だったら何でここに来るのかって?
 そりゃ仲間には違いねぇからだ。


「リナのことか?」
 何も言わずに、ジントニックを俺に差し出すコイツは、やっぱアイツの弟だと実感する。
「アイツ、相変わらず笑うことしねぇ」
「表面だけの笑顔」
「そう。んな顔、見ってとやりきれねぇよ」
 グラスに手を伸ばし、グッと一気にジントニックを飲み干した。


 ヨシキが死んでから、もう1年経とうとしていた。
 リナが笑顔を失ってから、1年経とうとしていた。


 リナはなんとか高校に入り、アキとコウと一緒に通ってる。
 毎日リナの顔を見ると苦しい。アイツがこんな思いするなら、ヤツと何がなんでも引き離せば良かったのかと、思うこともある。


 一度、離れたことあった。
 その時はヨシキが壊れた。
 リナも深く傷付いた。


 あのふたりは、離しちゃいけないって思わされた。妹が壊れていくのを感じた。それでもまだ笑顔があった。


 でも今は……。



「リナ、どんな感じなんだよ。学校は?」
 目の前でカズキが言う。
「毎日行ってる」
「そっか」
「夜はひとりで家にいる」
 俺達の母親は相変わらず忙しくて、家に帰って来るのが遅い。
「だからお前は早く帰るのか」
 専門に通ってる俺は、バイトしたりもしてるけど、そんなに遅くまでやることはない。ひとり家にいるリナが、心配で早く帰る。そのことをユリは理解してくれてる。


「コウとアキは抜けてねぇのか」
「そうみたいだ」
「あんなことがあったから、抜けるのかと思った」
「あんなことがあったからじゃねぇのか」
 カズキもまた、あのことで傷付いた筈だ。いつも一緒だった、片割れを失ってるんだ。
「今日はいいのか」
 タバコに火をつけたカズキを、横目で見ながら「ああ」と答える。
「今日からはアキが家にいる」
「……夏休みか」
 アキは夏休みになると、我が家に入り浸りになる。それはもうずっとだった。いつからそうなったのか、もう覚えてねぇ。でも小学校4年の時は、まだだったような気がする。


「みんなが幸せになれる道は、ねぇのかな」
 アキも色々と傷付いてきたことを知ってるから、自然とそんな言葉が出た。アキも俺にとっちゃ妹みたいなもんだ。ガキん時から知ってっから、家にいてもなんも思わねぇ。


「アキ、ヒデと続いてんのか?」
「どうだろ。そういう話はしねぇしな」
 俺からはそんな話振らねぇし、ヒデとも最近会ってねぇから聞かない。
「かわいそうなのはコウだな」
「あ?」
「気付いてんだろ。コウが誰を好きなのか」
 コウはリナを苛めていたって話を、後になって聞いた。それでもリナはコウを許し、中学時代を一緒になってつるんでた。だから俺はそのことに、触れないでいる。
「コウ、リナが好きなんだろ」
「ガキん時からだ」
「アイツも純情だったってワケか」
 ガハハッと笑うカズキを見て、俺も微かに笑う。


 俺の妹は、回りに恵まれてると思う。アキに愛され、コウに愛され、カズキもユリも中学の担任の沼ちゃんも、クラスメイトもみんなリナを愛してる。
 だから心配はねぇって思う。


 けどリナは、ヨシキへの思いが強すぎて、それだけが心配だ。ヨシキがいない世界は、どんな風に見えてるんだろうか。
 霞んで見えてないだろうか。
 モノクロの世界に、見えてるんじゃないか。


 キラキラと光った世界を、見ることが出来るのだろうか。元々いた場所に戻って来れるのか。



「リナ……」
 グラスに残った、ジントニックを飲み干す。そして深いため息を吐く。
「あ!シュンイチさん!!」
 後ろから聞き覚えのある声が響く。元気のいい声。
 振り返るとそこに、アキとコウとそしてリナが立っていた。


「お兄ちゃん」
「お前らなぁ……」
 こんな酒場にやってくるなと、威嚇してみる。でもそんなの効く奴等じゃねぇ。特にアキなんかは、ニコニコと笑いこっちの威嚇を消し去りに走る。
「お兄ちゃん、明日朝からバイトじゃないの?」
 酒飲んでる姿を見て、リナが言う。
「いいんだよ」
 隣でカズキがくくくっと、喉を鳴らして笑った。


「リナ。今までリナの話してた」
 カズキは俺を裏切って、今までのことを話そうとしやがった。
「えー、ロクなこと言ってなかったでしょ」
 カズキにそう言うリナは、どんな思いでカズキを見てるんだろうか。カズキを通して、ヨシキを見てないか。

 リナの心の奥が見えなくて、心配になる。笑顔を見せるが、その笑顔は作りものの笑顔だ。
 クラブのカウンターで、騒ぐ3人を見る。こうして見てると、まだまだガキだなって思う。

「リナ。お前らあんま、ここに来るなよ。一応、飲み屋だぜ」
 俺はそう言うが、リナは笑ってる。
「大丈夫だよー。なんかあったらカズキさんが助けてくれるもん。この前も巡回してた警察のひといたけど、カズキさんが隠してくれたもん」
「は?そんな話、聞いてねぇぞ」
 初めて聞く話に、思わず顔をしかめる。
「初めて言ったもん」
 俺とリナのやり取りを、アキは面白そうに笑って見てる。コウもニコニコと笑ってる。カズキはゲラゲラと笑ってやがる。
「シュンイチ。お前、ブレないシスコンだねぇ~」
「はっ?」
 面白いと言うように、カズキはますます笑う。

 ふとリナの顔を見ると、クスクス笑っていた。その笑顔は、以前の笑顔とは違うが、作り笑いとも少し違った。



 いつか、リナの心からの笑顔が、見れるだろうか──……。



   完
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