桜が いだく 秘密

綺月ゆきスき

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 自分を嫌いになったのは小学生の、あの時だ。
 校庭に咲く大きな1本の桜は満開で、花びらがチラチラと降り注いでいた。
 
 瑞穂みずほの笑顔を最後に見た日だ。
 
 いつも3人で遊んでいたのに。
 1番の友達だったのに。
 今もずっと心の底の方にへばりついたかさぶたのよう。

 何度も何度も痛いのに確認してしまう。そこには確実に傷があるのだと。



「廃校?」
 その話を聞いたのは正月の帰省の時、迎えに来てもらった母親の車中だった。

「そうよお。菜々子ななこが通っていた小学校、来年廃校になるんだって」

 ピンクの小さな花片が降り注ぐ美しい情景が瞼の裏に映し出される。
 苦い思い出に、私はわずかに眉間に力を入れた。

 小学校の話題になるといつも同じような表情になってしまう。

 一層強く、深く、目を閉じる。
 よみがえる声。
 瑞穂の笑顔。瑞穂の泣き叫ぶ……姿。
 ……軽いめまいを覚えた。



 目をゆっくり開ける。
「そ、そうなんだ? どう、し?」
 う。気を付けたつもりだったけど、不自然な声になった。

 母親に聞いても仕方ないってわかるが、もう口からでた言葉は取り消せない。

「どうしてって、あんた。過疎ってるからに決まってるじゃない」
「だ、だよね……」
 母にはわからないように小さく溜息をつく。

 それでさあ、と母が私の様子を窺うようにチラチラと見ながら話し出す。

「……悪いんだけど、あの桜、みてやってくれない?」
「え? 桜って、あの校庭の桜?」

「そうそう、なんだかここ数年花をつけない枝が増えて……上の方がもじゃもじゃあ! ってなってるの」
「……もじゃ、もじゃ」
 私は、すぐに『てんぐ巣病』かな? と思った。

 車が信号で止まった時、母はこっちを向いて「廃校になったあと、宿泊施設になるらしいのよ。それで! あの桜、立派でしょ? このまま枯らしたり、切ったりするのは……勿体ないじゃない?」と早口で言った。

 母が言った『みる』の意味を察して呆れながらも微笑む。
 まったく、勝手にいつも色んな事をきめちゃうんだから。
 昔から母のお人よし? いや、お調子者のところには振り回されてきた。

「……いいよ。休みの日なら」
「良かった! 実は宿泊施設の人たちと懇意になっちゃって、助かったわ」
「はあ。もう、わかったから」
 母は悪い人じゃないけど、すぐ安請け合いする。
 そして、そのしわ寄せはたいてい私にくる。



 その日の夜、私はこうに電話してみた。

「ちょっとぶりだなあ。何? こっち帰ってきてるの?」
 明るくハキハキと大きい声で話す彼に安心しつつ、目の奥が熱くなる。
 相変わらず気安く話してくれる。

 嬉しい。だけど、心がくすぶられる。

「うん、帰って来た。元気だった?」
「元気だよ! この前会っただろ。んでこの正月は、いつまでいるんだ?」

「4日までいるつもり。それで、電話したのは……小学校、廃校になるって聞いたんだけど、知ってた?」

「おー、知ってる知ってる。残念だけどしかたねーよな」
 残念だけど仕方ない? 鉱にはそれくらいの感覚なのか。

 そう言ってガチャンと瓶と瓶が触れ合うような音がする。
「あ、今、大丈夫だった?」
 もう遅い時間だから仕事終わってるかと思ったけど、まだ何かしているのかもしれない。

「ああ、だいじょーぶ。だいじょーぶ。ちょっと新しく仕入れたから試飲しようと思ってただけ」

「そっか。酒屋は順調みたいだね」
「まあ、俺が継いだからには? 繁盛させねえとな!」
 鉱は笑いながら言った。

 彼が瓶ケースを持った時の筋張った腕の筋肉を思い浮かべて、急に顔が熱くなった。

 電話越しには伝わらない恥ずかしさを消すために、あわてて話を元に戻す。
「あの校庭の桜の木、なんか変なんだって?」

「変? あーそういえば、何年か前から満開の時期でも、花が咲いてない所があって、枯れ枝が絡まったみたいにグシャってした部分があったなー」

「それ、私診る事になったの。お母さんに頼まれて」
「そうなんだ? なおせるのか? それにしても真面目だなあ。休み中も仕事とは、恐れ入る!」
 もう! 仕方なくだよ、と強めの声で鉱に言い返す。

 小学校の時から変わらない鉱とのやりとり。

 あの時……告白しなくて良かった。
 良かったんだよ。

「でも、お前に任せたら、あの桜もまた綺麗に咲けるな!」
「診てみないとわからないよ」

 こうして楽しく話せる。
 それで良いじゃない。それだけで……。


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