あたたかな鳥籠を君に、優しい口づけをあなたに

サイ

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第1章

1.地獄の始まり(現在〜過去)

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「りあー、るい、かえるー」
「ルイス……」
 頼りない声で、今すぐ泣きそうに手を握ってくる。小さくて、柔らかいルイスの手。
 ユリアはその手をぎゅっと握り返した。この手を、ずっと守りたい。
「ルイス、帰る家はないんだ」
 膝をついて、ぎゅっと抱き寄せる。
 小さな肩。ぼろ巾を着せているせいて冷たくなっている。もっと早くに抱いてやれば良かったと後悔しながら、その小さな体を抱き上げた。
 明日で三つになる。
 今度は何か食べさせてやれるだろうか。暖かい布団で寝かせてやれるだろうか。次こそは――。
 そう思って何度絶望したのだろう。
 片手に抱いて、ユリアは大きな門を叩いた。
 ――今日からこの屋敷が、自分たちの住処になる。



 生まれた家は、貴族だった。辺境ではあるものの、そこそこ古くからある、中堅の伯爵家。
 ものに困ったこともなければ、人を使うのが当たり前で、身の回りのことも一人ではできなかった。
 世界が変わったのは、十二の時。
 まず、姉の嫁ぎ先の商家が、横領の罪で国に没収された。姉はまだお腹が大きいままに実家に戻ってきた。そしてルイスを産むとしばらくして、姿を消した。
 ルイスがようやく一つになった年、今度はユリアの家である伯爵家が、国に差し押さえられた。まだ幼いユリアには詳しい罪はわからなかった。密輸とか、横流しとか、贈収賄。とにかく山ほど出てきたらしいのだ。首都の留置所で聴取されながらそういった説明を受けたが、あまりの衝撃に詳しいことは覚えていない。
 家も領地もなくなり、両親は斬首刑。ユリアはルイスと二人、修道院に預けられた。



 身分剥奪が罪名であるため、拘束はされなかった。それは却って、国の手を離れ、見放されるということだった。ユリアとルイスを修道院に護送した兵士の顔は今でも忘れられない。
「人を信じるなよ。今まで生きてきた世界とは別の世界に来たと思え」
 今思えば、あの兵士は最後にできる限り忠告してくれようとしていたのだ。首都から三日かけて修道院まで連れて来られたが、道中ほとんど声を聞いていなかった。無口で屈強なその兵士は痛ましい顔を二人に向けて、少し痛いくらい、肩を掴んだ。
「顔は隠した方がいい。自分の身を優先しろ。いっそ、薄情になれ」
 ちら、とルイスを見られて、言外に何を言っているのか悟った。ユリアは咄嗟にルイスの体をぎゅっと抱きしめた。
 連日の移動で疲れ果て、今は腕の中で寝息を立てている。
 今となってはたった一人の家族。なにがあっても絶対に離さない。
 巨大な修道院の門を前に、まだ歩くこともままならないルイスを抱いて。ユリアはそう誓った。
 これが地獄の幕開けだった。

  
「君が例の、ユリアだね」
 修道院の院長の舐めるような視線は今でも覚えている。不躾に髪を掻き上げられて顔を見られ、ニヤリと口を歪める。
「ふうむ……さすが貴族出は、肌から違うな」
 次に顎を掴まれ上を向かされる。ユリアは奥歯を噛んで耐えた。
「十三か……まだ少し若いな。まあゆっくり準備できると思えばいいか。くく……」
 院長は下卑た笑いを浮かべた。
「そっちはまだ二つにもならんのだろう。心配しなくても、ちゃんと面倒を見てやるからね。だがそれには、お前がちゃんと自分の務めを果たすことが大切だ。わかるな」
「………………はい」
 ユリアはルイスを必死で抱きしめた。そうしないと震える手で落としてしまうのではないかと心配だったからだ。
 ユリアにはもうルイスしかいない。それなのにユリアには、ルイスを守るだけの力がない。ルイスにどうやって食べ物を与えたらいいのかすらわからなかった。
 そんな自分ができることは、目の前にいるこの大人に頼ることだけだった。



 修道院は院長のほかに修道士、修道女併せて数人が、常に三十人程度の孤児を養いながら運営されている。小さくはないが大きくもない、あまり人の往来のない田舎にあった。
 大抵は戦争や疫病で親を失った子供らであり、修道院の中でも子供たちはそれぞれできることを見つけ、作業を行いながら暮らしている。中にはルイスよりも幼い乳児もいるため、その世話も手慣れたもの。――その点でだけはユリアの懸念は一つ減った。
 両親が捕まった時、斬首刑と聞いた時。拘留されていた時。その時もユリアは不安と恐怖に押しつぶされそうだった。しかしそれはここに比べれば、まだ人間の居場所だった。



「夜10時、院長の部屋へ隠し通路を使って来ること」
 それがここでユリアに課せられた唯一のだった。
 院長はそれ以外の仕事をする必要はない、と周囲に言い置いた。それは暗黙の了解で、皆が距離をとって接するので、この仕事をするのは自分が初めてではないのだろう、と何となく察した。
 日中は体を酷使しない程度に作業に参加し、夜は集団の部屋で皆が寝静まるのを待って、ユリアはそっとベッドを抜け出す。
 いつも夜が近づくたびに手先が冷え、お腹に鉛の様な重いものがたまっていくのを感じた。
 


 院長の部屋に入ると、彼はすでに机で教本を読みながら待っていた。
「失礼します」
 ユリアが部屋に入り、扉を閉めて鍵をかける。するとこの部屋は一気に重苦しい空気をユリアにまとわりつかせるのだった。
「今日は時間通りだね」
 院長の言葉にほっとする。院長は、この『教育』の時間、ユリアを従順にすることに特に念を入れているようだった。だから時間に遅れたり、言ったことを守れないときの懲罰は特にひどい。
「夕食は抜いてきたかい」
「はい」
 ユリアは唾を飲み込む。夕食を抜けと命じられた日はこの『教育』がつらいものになるのは、これまでの経験で分かっているからだ。
「服を脱いでこちらへ」
 ユリアは着ている服に手をかけた。ここでもたつくとそれもまた責められる。何度目かで、もう手が震えることもなくなった。自分の手ではないようで動かすのに苦労はするが、流れ作業でできるようにはなった。
 初めての時は羞恥心と、恐怖とでなかなかそれができず、何度も鞭を振るわれた。院長の鞭はこれまで体罰を受けたことのなかったユリアの気持ちを挫くのには十分で、衝撃も大きかった。それは三日起き上がれないほど痛みが続いたが、跡が残ることもなかった。
 院長は体に傷が残らない形でのユリアへの罰を恐ろしいほど知り抜いていた。
 窓から差し込む月明かりと蝋燭で、ユリアの白い肌がよりくっきりと夜の闇から浮かんでいるようだ。
 院長はいつも、まず舐めるように全身を確認した。
 生温かい男の手が、全身を這う。顔、頭、首筋から徐々に下へ降りていく。それはあくまで確認の作業ではあるが、裸にされ冷えた身体にはその手の妙な温かさが強調される。
 ユリアはせり上がってくる吐き気を必死で悟られまいといつも奥歯を噛んでいた。それも口内の確認の時には開かれ、無遠慮に指を口に入れられる。
「うん、どこも傷はないね」
 これにも一安心する。ここで何か傷があったり手が荒れたりしていたら、しつこくその理由を聞かれ、今後の行動を厳しく制限される。
「さあ、そこに手をついて。膝を擦るといけないから、ちゃんと寝台に膝を載せるんだよ」
「はい」
 気づかれないように深呼吸して、ユリアはゆっくりとベッドに上がった。その縁に手をかけ、男の次の行動を待つ。目を閉じてしまいたかったが、それでは余計に恐怖が勝る。
 男は香油を手に垂らし、指一本からそれをゆっくりとユリアの後孔へ挿し込んだ。
「ふ、うぅぅ――」
 息を吐いて、どうしても声が漏れてしまう。たまらない不快感に全身に鳥肌が立っている。背中に嫌な汗が浮かんだ。
「まだあまりうまくないな。教えただろう、力を抜くんだ。腹の力を抜いて、ここを緩める」
「うう、は、い……」 
 指で抉るように存在を主張され、ユリアは手に力を入れた。
 どれだけやっても絶対に慣れることなどない。院長はここで、触れただけで飲み込めるようになれといつも言って来る。そのための力の抜き方を何度も説明され、押されたりされているが、ユリアはどうしてもこれをうまくできなかった。全身を逃げないようにじっとその場にとどめておくだけでも精いっぱいだった。
「少し力を入れるようにしてみなさい。そう。それを繰り返して、中を動かすんだ」
 言うようにしなければ、と思うものの、男の指が休みなく動き、どんどん中を広げようとしているものだから、その動きに邪魔されてなかなか思うようにできない。
 男は決して待つということをせず、少しでも広がってきたら指を二本、三本と増やしていく。
 三本になればそれがばらばらと動き、もう圧迫感で、痛いやら苦しいやら。呼吸もおぼつかない。
「なかなか広がらないなあ。まずはきちんと受け入れられるようにならないと。動きを覚えることもできないからね」
 そういって指を二本に減らし、少し圧迫感が弱まったかと思った時、ぐい、と無遠慮にそこは押される。
 それは前回の時からこの男が見つけた、ユリアの弱い部分だった。
 太ももがびくりとはねて、姿勢が崩れる。
「ああ、こら。耐えなさい。まだ準備だというのに。あまりできないようならまた縛らないといけないよ」
「っいえ、できます。やります」
 以前どうしても身体が逃げて縛られたことがある。逃げられないその時はもちろん、その後もあちこち痛くて、何日も苦しんだ。ユリアは足に力を入れた。
 何度かそこを刺激され、無理やりに欲情を呼び起こされる。気持ちは冷え切って緊張しているのに、足の指先まで痺れるような強い感覚によって、ユリアの前は勃ち上がりかけていた。
「今日は指で届かないところを慣らすからね」
 そういって男は細長い何かを取り出し、すぐにそれを後ろに挿入した。
「う、うあぁぁぁぁぁぁ」
 とんでもないところにそれは侵入してきた。それも唐突に。
 太さは男の指二本よりは細いが、奥の方まで入れられ、ユリアは最後には声も出せなかった。
「うっ……ぐ……」
「息を詰めるんじゃない」
 ぐちゅ、という音と共に探るように奥をぐりぐりと押し込まれる。
「ふ、かはっ……あ」
 呼吸を整えようとしても無理だった。腹の中をかき回される感覚に、ただでさえ不快感の中に合ったのにもう耐えられなかった。
「う、うえぇっ、ぐ……」
 強烈な吐き気に抗うこともできず、えずきながら身を丸める。胃の中がひっくり返るようだったが、出るものは何もなかった。嘔吐しようと喉が痙攣して、その痛みが残るばかりだった。
「今日は初めてだから、仕方ないがね。もう少し奥まで行っても、吐いてはいけないよ。――ここで快感を拾えるようにならないと、つらいのはお前だからね」
 そういって男はぬめついた指で挿し込まれている入り口を刺激した。指は探るようにつつつ、と動き、少し前の方へぐっと押し込む。そこは、先ほど強い快感を拾ったユリアの部分を、外側から押し込んで刺激した。外からぐ、ぐ、と押され、入れた棒も抜き差しされ、両側から押されている感覚と、幾度となくせり上がってくる嘔吐反射にユリアは気を失う寸前だった。
 更にずぶりと指が侵入した。棒と指とで圧迫が増しまた息が詰まる。
 直接その場所を触られて、鋭い射精感がせり上がってくる。目がチカチカとして酸素が足りず頭がぼうっとしてきた。
 意識の外で、男の声が遠くに聞こえてくる。
「ユリア。慣れておかなければいけない。これが好きでたまらないほど慣れておかなければ。それでいて、は主人のために残しておくのだ。そうすれば、お前は城一つ分の価値も夢じゃないぞ」
「う……ああぁっっ――――」
 悲鳴に近い声を上げながら、無理やり押し出さるように熱を吐き出す。前を触られることなく精を吐き出したそこにはやはり触れることなく、息を整える間も与えないで男はまた同じ責め苦を再開した。
「ああ、お前はその辺に売るには本当に惜しい。しっかり育てて、良いところへ出してやるからな。そのためには、傷一つ作ってはいけないよ」
 苦しくて、痛くて、吐き気で。意識を失いかけながら必死で足に力を入れ、ただ時間が過ぎるのを待った。
 ――狂っている。
 人ではない獣が、人の皮をかぶっている。
 このなまぬるくて気持ちの悪い肌を持つおぞましいもの。
 ここには獣しかいない。獣と、そこにささげられた獲物だけだ。
 だってここは、昔読んだ本で知った。地獄だから――。
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