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第3章
1.
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ルイスは小さなベッドから抜け出そうとして、腰に絡まっている太い腕を押しのけた。
ベンは乱雑に腕を解かれても全く起きる気配がない。
ルイスは大きくあくびをして、ぽりぽりと頭を書いた。朝はいつも爆発したようになっている栗色の癖毛は、小さい頃のままだ。
顔を洗い髪も適当に整えてから、服に着替える。
クローゼットには古びたクマのぬいぐるみ、小さなおもちゃたちが積まれている。
使い込まれた鞄に教科書を入れながら、この雪で学校は大丈夫だろうか、とふと思う。
「――ふぁあ、おはよー」
ベンがようやく目を覚ました。
「はよ」
ルイスの返事に、ベンは首をかしげた。
「また頭痛いのか?」
「うん」
「朝飯行けるか?持ってこようか?」
「いけるよ」
そんな会話をして食堂へ向かう。
十六になったベンは頭ひとつ分大きい。
それでもルイスは少し前にユリアを越した。その時のユリアの悔しそうな、でも嬉しそうな顔は忘れられない。
ユリアは今、ほとんど公爵邸の方に住んでいる。ヘルマンの好意でルイスは寮をそのまま一人で使っていた。同じく公爵邸に誘われたが、それは断った。
ベンがほぼ毎晩泊まりに来るので、実質は二人暮らしと言ってもいいかもしれない。
「ほら」
食堂で朝食を食べていると、ベンが薬を持ってきた。
「どうしたの、これ」
「それ、月に何回かあるだろ?母さんも毎月これ飲んでるから」
「ええ?場所が違うでしょ」
「大丈夫だって」
「えー……?」
多分それはサラさんの生理痛の薬。勝手に持ってきていいのか、とか、飲んで大丈夫なのか、とか頭をよぎるが、考えるのもしんどいので薬を受け取った。
「今日は何するの?」
「何すっかなあ――今日はちょっと働こうかな」
ベンはルイスが去年学校を卒業するのと同時に、学校を卒業した。が、特に定職にはついていなかった。
ふらふらと日雇いの仕事をこなしたり、興味の向くままにあちこちに顔を出していた。以前は何かの旅団に紛れて数日帰ってこなかったこともあった。
「またしばらくいなくなるなら言ってね」
「んー、日帰りの仕事しか、もうしねえ」
「ふうん」
どこかほっとしているような気持ちでルイスは聞いていた。
薬が効いてきて頭痛がましになってくる。
「俺がいた方がいいだろ?」
ベンがにかっと笑うので、ルイスはちょっと複雑な気持ちになる。
普段は何も考えてないようで馬鹿なことしか言わないベンが、時折こうして勘を働かせるのも、なんだか素直に受け取られない。
「別に……他をあたるから」
「おまっ、そんなこと言うなよー、冷てぇなあ」
ユリアはベンを見た。
日雇いで仕事を請け負うことになって、ベンはますます体格が良くなった。冬だと言うのに薄着で、服の上からも筋肉がわかる。
騎士の道には行かないのか聞くと、騎士道精神がないから試験に落ちると思う、と自分のことをよくわかっていた。
ぶらぶらとその日その日を生きていくのが性に合っているらしい。公爵家の学校を出ていれば読み書きができる。それほど職にあぶれることもない。
「あんたまたルイス君に迷惑かけて!」
背後から声がした。ベンの母、サラさんだ。
サラは少し前に、腰痛が悪化し、執事長の計らいで、洗濯メイドから今は裁縫室に勤務している。
座りっぱなしで作業するというのもつらいようだが、肉体労働ではないため楽になったようだ。
「サラさん、肩凝りは大丈夫ですか?」
「まあっ……、ルイス君。相変わらず優しいんだね」
サラとは小さい時から一緒にいたから、サンドラ夫人と同じように、ルイスを息子のように可愛がってくれる。ルイスも度々サラの元を訪れ、前回はルイスが肩を揉みほぐしてあげた。
「昨日もまたベンが泊まったでしょう?迷惑かけてごめんなさいね」
「ううん。一人は寂しいから。僕の方こそ、ベンをお借りして、ごめんなさい」
「やだね、ルイス君ったら!いない方がいいに決まってるじゃない!」
サラは大口を開けて笑い転げるようにして去って行った。
相変わらずパワフルである。
ルイスは残りのご飯を食べて少しぼうっとする。
食器はさっさとベンが運んで行った。
いつもの風景。何も変わらない毎日。
「この先どうするの?」
――とは、最近よくユリアに聞かれる事だ。
学校での教育はとうに終わり、今は学校で学ぶこともないので、残って下級生たちを教えている。
「何かやりたい事は、まだ見つからないんだね」
そう言って進路を急かすでもなくユリアは待ってくれている。
中央のアカデミーに行くならそろそろ申し込まないと、と言われるが、ルイスにその気はあまりなかった。
できる事なら自立したい。
ユリアに頼らずに生きていきたかった。
ユリアはもう二十四になり、補佐官としての立場も確立しているのだと思う。あちこち飛び回り、楽しそうに仕事をしている。
本人から聞いた訳ではないがヘルマンとの仲も良好なのは知っている。
よくやくユリアは自分の幸せを見つけたんだ。
それには心から安堵している。
そうして、自分は――将来と言われてもピンとこなかった。
漠然と、何の根拠もなく、あと数年しか生きないんじゃないかと思う。
健康状態は良好だし、何も問題はない。
ただ、将来が全く描けないでいるだけだ。
そんなルイスをベンは理解できない、といつも言っている。きっと誰に言っても理解されないので言ったことはない。
ルイスにとっては、当たり前に何十年も年を重ねる自分を想像できることの方が理解できなかった。
やりたいこともなくて、これといった楽しみもない。
そういったものが自分の中から出てくるとも思えなかった。
その日の夜もベンはルイスの部屋へやってきた。
夕食後、ルイスは窓の外をぼうっと見てすごす。
今朝降っていた雪は止んでいて、うっすらと白く積もったままになっている。
ベンが寒い寒いと言って部屋に入ってきた。
一気冷気が流れ込む。
「ほい、おめでとう十三歳」
そう言って渡されたのは、町で売っている砂糖菓子だ。普段からたまに買ってきてくれるものなので誕生日感はないが、覚えていたのか、と思う。
「ありがと」
「ユリアさん来てないのか?」
「視察中」
残念がってたが、北部の方で豪雪被害が出たらしい。
ヘルマンと一緒に三日前から出かけて行った。
「今日は何したの?」
「排水溝の掃除」
雪が降り出し排水がうまく行かないと街が水浸しになる。本格的に雪が積もりだす前に排水溝を掃除するのだ。公共事業なので日雇いの中では割のいい仕事だ。
それにしても、聞いているだけで寒そうな仕事だ。
ベンは遠慮なく冷たい手をルイスの袖の中に入れてきた。
「うひー、あったけぇ」
「手、洗った?」
体温をどんどん奪われるようで眉間に皺を寄せながら尋ねる。
「まだ」
ルイスはベンを蹴飛ばした。
「汚い!」
「いってえなー。だって水冷てえんだもん」
「それだけ手が冷たかったら水も冷たくないから。早く洗ってきて」
「へーへー」
ベンは部屋を出て行って、またすぐに帰ってきた。
本当に洗ったのか謎である。
「晩御飯は?」
「食べてきた」
「お風呂は?」
「仕事終わりに洗ったし、寒いからいいや」
汚いなあ、と思うが、ルイスも今日は寒かった。
どちらからともなく布団に潜り込む。
「あー、あったけぇ」
「ちょっと、やめてよ冷たい」
ルイスは首や腕に滑り込もうとするベンの手を払いのけた。
「くっついてたらあったまるって」
「あったまってからにして」
「はいはい」
ベンは仕方ないな、と、自分の手を自分の脇の下に挟み込んだ。
誰かいないと眠れないと言うくせに、いつも注文が多いのだ。
「ところでさ、――考えた?」
しばらくしてベンが尋ねた。
「なに?」
「これからのこと」
「ベンに将来のこと言われるのもあれだけど。まだ決めてない」
「あー、じゃあさ、今度俺と一緒に隣のマッカリー伯爵領にいかない?」
ベンが声をひそめるので、つられてルイスも小声になる。
「公爵領を出て?何するの」
「んー、親父っていう奴に会ってみようかと思って」
「えっ、ベンのお父さんって生きてるんだ」
「この前、母さんの荷物で見つけた」
そう言って胸元から差し出してきた手紙を見てみる。
そこには、息子に一度会いたいという言葉と、でも旅費がないから会いにきて欲しいということ、できれば一緒に住みたい、などと、乱れた字で綴られている。
「これ……」
「ろくでなしだな」
「わかっててなんでいくの?」
「やっぱさ、自分のルーツっていうの?知りたいじゃん。一回公爵領出てみたいってのもあるけど」
「ふうん」
公爵領を出ると言ったら、ユリアに心配をかけそうだ。
でも興味があった。
ヴェッターホーンをほとんど出たことがなく、幼い時はユリアの視察についていって観光のようなことをして遊んだこともあるが、一人で留守番ができるようになってからはほとんど遠出をしてない。
「リアに聞いてみる」
「ルイスは気にならねえの?」
「なに?」
「自分のさ、親のこととか」
ルイスはそう言われて初めて、そうか、自分にも両親がいるはずだ、と感じた。
「考えたことなかった。僕にはリアだけだったから」
「ユリアさんは兄ちゃんだろ」
「おじさん。何回も言うけど。僕の母親が、リアのお姉さんなの」
小さい頃から何度か言っているが、ベンの中ではユリアとルイスは兄弟ということになっている。いつのまにかそうなる。面倒で訂正するのはだいぶ前から諦めている。
「親、ねえ……」
自分の親のことを知れば、もう少し地に足がつくようになるだろうか。
昔は伯爵家だったユリアの両親、つまりルイスの祖父母が、犯罪を犯して平民になって、放浪しているところをヒリスに拾われた。ユリアから聞いているのはそれが全てだった。
そういえば、少し前、偶然聞いた話を思い出した。
「――ふと気になっただけで、積極的に調べるつもりもないんです」
ユリアが廊下でヘルマンと話していた。声をかけるタイミングを失って少し角で待っている時だった。
「何しろ十年以上前の話ですから」
「まだ十年だ。調べる方法はいくらでもある」
「そうですね。でも……真実が変わったとしても、両親はもう帰ってきませんし」
「そうか……」
「それに、十二歳の時の記憶ですからね。その時の記憶が本当に合ってるかも怪しい」
「後継者教育を受けていた時に見た帳簿の記憶と、今の補佐官の仕事で得た知識を総合して、ご両親は潔白じゃないかと思ったんだろ?十分な動機だと思うが」
「そうでしょうか。――まあ、急ぐ話しでもないですし。もう少し整理してから考えてみます」
ルイスはしばらく考え込んで、頷いた。
「お、決めたか」
「やりたいこと、一つ、みつかった」
「おお。で、行くのか?」
「そうだね。とりあえず、まずはそっちを片付けようかな」
ようやく手が温まったのか、ベンがルイスに腕を回した。
布団の中、くっつけばお互いの体温で暖かい。
心地良い眠気がやってくる。
ルイスはゆっくりと目を閉じた。
ベンは乱雑に腕を解かれても全く起きる気配がない。
ルイスは大きくあくびをして、ぽりぽりと頭を書いた。朝はいつも爆発したようになっている栗色の癖毛は、小さい頃のままだ。
顔を洗い髪も適当に整えてから、服に着替える。
クローゼットには古びたクマのぬいぐるみ、小さなおもちゃたちが積まれている。
使い込まれた鞄に教科書を入れながら、この雪で学校は大丈夫だろうか、とふと思う。
「――ふぁあ、おはよー」
ベンがようやく目を覚ました。
「はよ」
ルイスの返事に、ベンは首をかしげた。
「また頭痛いのか?」
「うん」
「朝飯行けるか?持ってこようか?」
「いけるよ」
そんな会話をして食堂へ向かう。
十六になったベンは頭ひとつ分大きい。
それでもルイスは少し前にユリアを越した。その時のユリアの悔しそうな、でも嬉しそうな顔は忘れられない。
ユリアは今、ほとんど公爵邸の方に住んでいる。ヘルマンの好意でルイスは寮をそのまま一人で使っていた。同じく公爵邸に誘われたが、それは断った。
ベンがほぼ毎晩泊まりに来るので、実質は二人暮らしと言ってもいいかもしれない。
「ほら」
食堂で朝食を食べていると、ベンが薬を持ってきた。
「どうしたの、これ」
「それ、月に何回かあるだろ?母さんも毎月これ飲んでるから」
「ええ?場所が違うでしょ」
「大丈夫だって」
「えー……?」
多分それはサラさんの生理痛の薬。勝手に持ってきていいのか、とか、飲んで大丈夫なのか、とか頭をよぎるが、考えるのもしんどいので薬を受け取った。
「今日は何するの?」
「何すっかなあ――今日はちょっと働こうかな」
ベンはルイスが去年学校を卒業するのと同時に、学校を卒業した。が、特に定職にはついていなかった。
ふらふらと日雇いの仕事をこなしたり、興味の向くままにあちこちに顔を出していた。以前は何かの旅団に紛れて数日帰ってこなかったこともあった。
「またしばらくいなくなるなら言ってね」
「んー、日帰りの仕事しか、もうしねえ」
「ふうん」
どこかほっとしているような気持ちでルイスは聞いていた。
薬が効いてきて頭痛がましになってくる。
「俺がいた方がいいだろ?」
ベンがにかっと笑うので、ルイスはちょっと複雑な気持ちになる。
普段は何も考えてないようで馬鹿なことしか言わないベンが、時折こうして勘を働かせるのも、なんだか素直に受け取られない。
「別に……他をあたるから」
「おまっ、そんなこと言うなよー、冷てぇなあ」
ユリアはベンを見た。
日雇いで仕事を請け負うことになって、ベンはますます体格が良くなった。冬だと言うのに薄着で、服の上からも筋肉がわかる。
騎士の道には行かないのか聞くと、騎士道精神がないから試験に落ちると思う、と自分のことをよくわかっていた。
ぶらぶらとその日その日を生きていくのが性に合っているらしい。公爵家の学校を出ていれば読み書きができる。それほど職にあぶれることもない。
「あんたまたルイス君に迷惑かけて!」
背後から声がした。ベンの母、サラさんだ。
サラは少し前に、腰痛が悪化し、執事長の計らいで、洗濯メイドから今は裁縫室に勤務している。
座りっぱなしで作業するというのもつらいようだが、肉体労働ではないため楽になったようだ。
「サラさん、肩凝りは大丈夫ですか?」
「まあっ……、ルイス君。相変わらず優しいんだね」
サラとは小さい時から一緒にいたから、サンドラ夫人と同じように、ルイスを息子のように可愛がってくれる。ルイスも度々サラの元を訪れ、前回はルイスが肩を揉みほぐしてあげた。
「昨日もまたベンが泊まったでしょう?迷惑かけてごめんなさいね」
「ううん。一人は寂しいから。僕の方こそ、ベンをお借りして、ごめんなさい」
「やだね、ルイス君ったら!いない方がいいに決まってるじゃない!」
サラは大口を開けて笑い転げるようにして去って行った。
相変わらずパワフルである。
ルイスは残りのご飯を食べて少しぼうっとする。
食器はさっさとベンが運んで行った。
いつもの風景。何も変わらない毎日。
「この先どうするの?」
――とは、最近よくユリアに聞かれる事だ。
学校での教育はとうに終わり、今は学校で学ぶこともないので、残って下級生たちを教えている。
「何かやりたい事は、まだ見つからないんだね」
そう言って進路を急かすでもなくユリアは待ってくれている。
中央のアカデミーに行くならそろそろ申し込まないと、と言われるが、ルイスにその気はあまりなかった。
できる事なら自立したい。
ユリアに頼らずに生きていきたかった。
ユリアはもう二十四になり、補佐官としての立場も確立しているのだと思う。あちこち飛び回り、楽しそうに仕事をしている。
本人から聞いた訳ではないがヘルマンとの仲も良好なのは知っている。
よくやくユリアは自分の幸せを見つけたんだ。
それには心から安堵している。
そうして、自分は――将来と言われてもピンとこなかった。
漠然と、何の根拠もなく、あと数年しか生きないんじゃないかと思う。
健康状態は良好だし、何も問題はない。
ただ、将来が全く描けないでいるだけだ。
そんなルイスをベンは理解できない、といつも言っている。きっと誰に言っても理解されないので言ったことはない。
ルイスにとっては、当たり前に何十年も年を重ねる自分を想像できることの方が理解できなかった。
やりたいこともなくて、これといった楽しみもない。
そういったものが自分の中から出てくるとも思えなかった。
その日の夜もベンはルイスの部屋へやってきた。
夕食後、ルイスは窓の外をぼうっと見てすごす。
今朝降っていた雪は止んでいて、うっすらと白く積もったままになっている。
ベンが寒い寒いと言って部屋に入ってきた。
一気冷気が流れ込む。
「ほい、おめでとう十三歳」
そう言って渡されたのは、町で売っている砂糖菓子だ。普段からたまに買ってきてくれるものなので誕生日感はないが、覚えていたのか、と思う。
「ありがと」
「ユリアさん来てないのか?」
「視察中」
残念がってたが、北部の方で豪雪被害が出たらしい。
ヘルマンと一緒に三日前から出かけて行った。
「今日は何したの?」
「排水溝の掃除」
雪が降り出し排水がうまく行かないと街が水浸しになる。本格的に雪が積もりだす前に排水溝を掃除するのだ。公共事業なので日雇いの中では割のいい仕事だ。
それにしても、聞いているだけで寒そうな仕事だ。
ベンは遠慮なく冷たい手をルイスの袖の中に入れてきた。
「うひー、あったけぇ」
「手、洗った?」
体温をどんどん奪われるようで眉間に皺を寄せながら尋ねる。
「まだ」
ルイスはベンを蹴飛ばした。
「汚い!」
「いってえなー。だって水冷てえんだもん」
「それだけ手が冷たかったら水も冷たくないから。早く洗ってきて」
「へーへー」
ベンは部屋を出て行って、またすぐに帰ってきた。
本当に洗ったのか謎である。
「晩御飯は?」
「食べてきた」
「お風呂は?」
「仕事終わりに洗ったし、寒いからいいや」
汚いなあ、と思うが、ルイスも今日は寒かった。
どちらからともなく布団に潜り込む。
「あー、あったけぇ」
「ちょっと、やめてよ冷たい」
ルイスは首や腕に滑り込もうとするベンの手を払いのけた。
「くっついてたらあったまるって」
「あったまってからにして」
「はいはい」
ベンは仕方ないな、と、自分の手を自分の脇の下に挟み込んだ。
誰かいないと眠れないと言うくせに、いつも注文が多いのだ。
「ところでさ、――考えた?」
しばらくしてベンが尋ねた。
「なに?」
「これからのこと」
「ベンに将来のこと言われるのもあれだけど。まだ決めてない」
「あー、じゃあさ、今度俺と一緒に隣のマッカリー伯爵領にいかない?」
ベンが声をひそめるので、つられてルイスも小声になる。
「公爵領を出て?何するの」
「んー、親父っていう奴に会ってみようかと思って」
「えっ、ベンのお父さんって生きてるんだ」
「この前、母さんの荷物で見つけた」
そう言って胸元から差し出してきた手紙を見てみる。
そこには、息子に一度会いたいという言葉と、でも旅費がないから会いにきて欲しいということ、できれば一緒に住みたい、などと、乱れた字で綴られている。
「これ……」
「ろくでなしだな」
「わかっててなんでいくの?」
「やっぱさ、自分のルーツっていうの?知りたいじゃん。一回公爵領出てみたいってのもあるけど」
「ふうん」
公爵領を出ると言ったら、ユリアに心配をかけそうだ。
でも興味があった。
ヴェッターホーンをほとんど出たことがなく、幼い時はユリアの視察についていって観光のようなことをして遊んだこともあるが、一人で留守番ができるようになってからはほとんど遠出をしてない。
「リアに聞いてみる」
「ルイスは気にならねえの?」
「なに?」
「自分のさ、親のこととか」
ルイスはそう言われて初めて、そうか、自分にも両親がいるはずだ、と感じた。
「考えたことなかった。僕にはリアだけだったから」
「ユリアさんは兄ちゃんだろ」
「おじさん。何回も言うけど。僕の母親が、リアのお姉さんなの」
小さい頃から何度か言っているが、ベンの中ではユリアとルイスは兄弟ということになっている。いつのまにかそうなる。面倒で訂正するのはだいぶ前から諦めている。
「親、ねえ……」
自分の親のことを知れば、もう少し地に足がつくようになるだろうか。
昔は伯爵家だったユリアの両親、つまりルイスの祖父母が、犯罪を犯して平民になって、放浪しているところをヒリスに拾われた。ユリアから聞いているのはそれが全てだった。
そういえば、少し前、偶然聞いた話を思い出した。
「――ふと気になっただけで、積極的に調べるつもりもないんです」
ユリアが廊下でヘルマンと話していた。声をかけるタイミングを失って少し角で待っている時だった。
「何しろ十年以上前の話ですから」
「まだ十年だ。調べる方法はいくらでもある」
「そうですね。でも……真実が変わったとしても、両親はもう帰ってきませんし」
「そうか……」
「それに、十二歳の時の記憶ですからね。その時の記憶が本当に合ってるかも怪しい」
「後継者教育を受けていた時に見た帳簿の記憶と、今の補佐官の仕事で得た知識を総合して、ご両親は潔白じゃないかと思ったんだろ?十分な動機だと思うが」
「そうでしょうか。――まあ、急ぐ話しでもないですし。もう少し整理してから考えてみます」
ルイスはしばらく考え込んで、頷いた。
「お、決めたか」
「やりたいこと、一つ、みつかった」
「おお。で、行くのか?」
「そうだね。とりあえず、まずはそっちを片付けようかな」
ようやく手が温まったのか、ベンがルイスに腕を回した。
布団の中、くっつけばお互いの体温で暖かい。
心地良い眠気がやってくる。
ルイスはゆっくりと目を閉じた。
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