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第3章
7.
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首都への旅程に、はじめルイスはベンと二人で別便で行くつもりだった。
しかしそれは全員に反対された。
「せっかく同じ方向へ行くのに、どうしてわざわざ別行動するの?」
そうユリアにも言われ。どうせユリアはヘルマンと行動することになると思うのだが、他の人にも、更には顔なじみの騎士にまで反対され、ルイスとベンはヘルマンらに同行することに決めた。
ヘルマンと一緒ではベンが気を遣うかとも思ったが、ベンは騎士たちと行動を共にした。ルイスは日中の移動時フェルナンドと貴族の名前やら様々な情報を聞きながら馬車に同乗した。
街に着けばルイスとベンは好きに街を観光し、宿も公爵一行が使う高級宿ではあるが使用人用の部屋に二人で気楽に泊まる。
そうして楽しく快適な三日の旅程の後、一行は予定通り首都に到着した。
王城を見たルイスは金の目を丸々と見開いた。それを見たフェルナンドが嬉しそうに笑う。
「その顔をもっと早く見たかったんだよね」
「すごい。お城……宮殿だ」
「そうだね。モンクレアみたいな古城はあくまで昔の戦争時代のものだからね。今は平和だから機能重視だよ」
「壁が白い……漆喰?」
「大理石だね。特別質のいい大理石を砕いて塗料にしてるんだ」
お金のかけ方が違う。
そのまま使っても高級品の大理石を、あえて砕いて使うとは。
「想像もつかないような高級品で埋め尽くされてるんだろうな……」
公爵邸はどちらかというと質実剛健であまり華美な装飾品は置かれていない。絵画や宝飾品よりも刀剣や古美術品が多い。
価値はあるのだが一見してそれとわかるほどの豪華さはない。
「補佐官になれば王宮にも出入りできるよ?」
「特に惹かれないな」
にべもない。フェルナンドはがっかりする。
王宮が近くに見える場所にヴェッターホーン公爵家のタウンハウスはある。こちらもかなりの屋敷だ。
「疲れてない?」
前の馬車から降りたユリアと合流すると、そう言ったユリアの方が少し疲れた顔をしていた。
ヘルマンの徹底した管理下であるため体調を崩すことはあまりないが、どうしてもユリアは体力がない。
「僕は平気。リア、顔色が良くないよ。休んだら?」
「長距離になると、どうしてもね……酔いやすくって。ごめんね、色々案内してあげたいんだけど、ちょっと休むね」
「うん」
そう言ってユリアはほとんどヘルマンに抱かれるようにして屋敷に入っていった。
快適な旅だったのでそこまで疲れてもいない。どうしようかな、と思っているとベンが街を見に行こうと誘ってきた。数人の騎士たちとぶらぶらすると言う。
することもないので、フェルナンドに断って散策することにした。
ルイスはベンと二人、広場のベンチに座って見知らぬ人の像を見上げていた。
一緒に来たリックとリューは目の前の店でお酒を飲んでいる。実に楽しそうである。
「なんでもあるね」
「金があれば楽しい所だな」
ぐるりと一通り案内してもらってからの、感想だった。
貴族街近くの商店なのでかなり治安は良く、そのため物価もヴェッターホーンの倍くらいだろうか。街ゆく人の身なりも良い。
「どうする?」
露店で買ったつまみを食べ終わったベンが聞いた。
リックとリューはアルコールのないものを一緒に飲もうと誘ってくれたが、ルイスは断った。少し離れたここまで騒がしい声が聞こえてくる。巨大な樽を机代わりにしてみんな立って飲んでいる。
あそこに入る気にはなれなった。かといって帰るにはまだ早い。夕食までだいぶ時間がある。
「もう少し西の方も行ってみるか」
「いいの?」
西の方がもう少し一般家庭が多く、親しみやすい商店が立ち並ぶ。暗くなったら行かないように言われているが、まだ日が沈むまでには一、二時間ある。
「せっかく来たのに、屋敷でじっとしてるのももったいないしな」
「うん!」
ルイスはベンと共に立ち上がった。
ベンがリック達に手を振ってから行き先を告げる。ベンはリューから何かを受け取って戻ってきた。
「どしたの?」
「フードかぶって行けって。ルイスの目、目立つからって」
「そうかなあ」
特に視線を感じたりはなかったが。ルイスは大人しくリューから受け取ったフード付きの上着を羽織った。
「どう?」
「うん。怪しい」
公爵領では顔を隠すことなんてないから、おかしくなって二人で笑った。
ベンが走るのでルイスも一緒になって走って西区域へ向かった。
西区域の商店はもっと安価なものも多く、人通りも多くて活気があった。
ヴェッターホーン地区もそれなりににぎやかな街だが、規模がその比ではない。道行く人も、街の人だけではなく旅人や騎士、商人、いろんな人でごった返している。
「人が多いな……」
ベンはルイスの手を握った。久しぶりに握ったが、ベンの手はタコだらけでごつごつしていた。荒れた手がチクチクと当たる。
人混みをかき分けてすいすいと先へ進んでいくから、ルイスはその後ろについて行きながら余裕を持って周りが見れた。
「ベン、あのお店見たい」
そう言って興味のある店を指せば、そっちの方まで誘導してくれた。
「何の店だ?」
「わかんない。古道具、かな?」
文具も書籍もあるようだが、どれも使い古した年季を感じた。
「わくわくするよね、こういうの」
「わかんねえけど」
「見てていい?」
「おう。じゃあ、俺あっちにいるから。終わったら来て」
「うん」
ベンは全く興味がないらしく、二軒隣の店へ行った。
さほど広くない店内をルイスはゆっくりと見て回る。
古い本の匂い、お香の様な不思議な香り。すごく落ち着く雰囲気にずっといたいような気がした。店主の姿は見当たらず、椅子が置いてあるだけだ。席を外しているらしい。客もルイスだけだった。
ゆっくりと小物を眺めた後、本が並べられたところへ向かう。
この国の文字でない本も多い。ルイスはあまり外国語が得意ではない。こういうのはユリアが詳しいんだよな、と思いつつ手を伸ばしてみるが、やはりわからなかった。
「本に興味があるのか」
突然声をかけられて見ると、いつの間にか戸口のところに少年が一人立っていた。
近づいて並ばれると、自分より少し背が低い。
「う、ん」
とりあえず返事をしてみるが、突然のことでどう返していいのか迷った。
「珍しいな。こんな古い店にお前みたいな若い奴が来るなんて」
随分と尊大なものの言い方をする。身なりはそれほど高級そうではないが、きっといいところの子息なんだろう。
肌は白いし、荒れていない。髪も無造作にひとくくりにしてはいるが、少しくすんだ金髪はよく手入れされているのが分かる。
「君は……店の人、じゃないよね」
「ああ。客だ」
ルイスは放っておいて古代語の本を手に取った。
これはユリアが好きそうだ。
ユリアは補佐官としては帳簿関係が得意らしく、財務関連の仕事を良くしている。けれど本人は歴史が好きなようで、個人的に購入する書籍はいつも古代史関連のものが多いのを知っていた。モンクレア城が好きで、実は城の管理をしたいと思っているのも知っている。
ルイスは歴史には興味がないが、古代語で城と書かれているのはわかる。ユリアが好きそうだ。
「お前、古代史が好きなのか」
「ううん」
「じゃあなんでそれを選ぶんだ?字、読めてるか?」
ルイスは本から視線を外してその少年をちらりと見た。
「王都では、初対面の人にそんなにぐいぐい来るもんなの?」
少年は少し止まった。
「お前、どこから来たんだ」
「ヴェッターホーン」
「へえ。名前は?いくつ?」
少年の瞳は薄い色で、青の様な灰色の様な不思議な色合いだった。その目が興味津々に向けられる。昔森で見た狼を思わせる瞳の色だ。
子供達に群がられることはあったが、同年代の子供にこういった絡まれ方をするのは初めてだった。正直ルイスには煩わしかった。
「――ねえ、一人で見たいんだけど」
少年はびっくりしたような顔をした。
「お前、はっきり言うなあ」
「君ははっきり言わないとわからないみたいだから」
ドン、と目の前の本棚に少年の手が延ばされる。視界を遮られ、不快に思ってルイスは眉を寄せた。
「アーチと呼んでくれ」
変なのに絡まれたら無視しろ、とベンには言われている。ルイスは本を戻そうとして、そこにアーチの手があるからどうしようかと見まわした。
「なあ、お前の名は?」
「――僕、もう帰るから」
「一人?親は?」
「いない。のいて」
「孤児なのか?それにしては……」
その言葉に、ルイスは改めてアーチを見た。
「お、なんだ?」
「僕……こんな気持ちになったの、生まれて初めてだ」
「えっ」
初めて感じる感覚にルイスはまじまじとアーチを見つめた。
よく見れば耳が少し赤くなっている。逃すまいとこちらを見ている目を見れば、今感じている感情に確信が持てる気がした。
「こういうの……なんていうのかな」
ざわざわと胸が落ち着かない感じ。
「な、なんだ、お前……」
「ああ、苛々するんだ」
「――――は?」
ルイスは合点がいった、といった様子で納得したように軽くうなずいた。
「こういう感じなんだ。人に苛立つのって」
「お、おま……」
アーチが口をパクパクとして顔を真っ赤にした。
「――ルイス?」
店先からベンに呼ばれて、ルイスはそちらを見る。
「ベン。そっちは終わったの?」
「ああ。なんかいいのあったか――知り合いか?」
大きな体で、ベンはただ見ているつもりなのだろうが、なかなかに気迫のある目で見られると初対面の相手は少し怯む。
ルイスはアーチの手が緩んだのを見て、本をさっと元に戻した。
「面白そうだけど、店の人もいないし、もういいや」
「そいつは?」
「知らない」
ルイスがベンのところまで行こうとするのを、アーチは慌てて腕をつかんだ。
「待てよ!」
ルイスが驚いて振り返るのと、ベンが瞬く間に真横に来るのとが同時。
「――離せ」
「私は彼と話をしているんだ」
ルイスはベンを目を見合わせた。
私って言った。お育ちがいいようだ。
「離して」
「ルイス、っていうのか?お前貴族だろ。見たことないけど、どこの家だ」
「貴族じゃない。離して」
「その見た目で、従者まで連れてそれが通るか。自分から名乗り出たほうが身のためだぞ」
ルイスはうんざりした目をベンに向けた。ベンも、なんだこいつといった顔をしている。
「――どうしてほしいの?」
一応相手は貴族の様なので聞いてみる。
しかしいざ聞いてみても、アーチは視線を泳がせるだけだった。
「いや、お前……さっきのが、その――」
ルイスはベンを見て肩を竦めた。ベンも奇妙な目を向けている。相手は子供なのでそれほど警戒はしていないようだ。
「王都って変な奴多いのかな」
「ベンも変な人見たの?」
「ああ。歌って踊ってるやつがいた」
「へえ」
「――おい。無視するなよ。だから、お前の家名を」
「何度も言うけど、僕は貴族じゃないし、親もいないって言ったでしょ」
ルイスはえい、と腕を振りほどいた。すぐにベンが間に入るように立ってくれる。
「初対面にしては失礼だったけど、それが君の普通なら仕方ないよね。僕もこういう風にしか言えないから。――行こ、ベン」
「まて……!」
アーチの伸ばした手はベンの大きな体に阻まれてルイスには届かなかった。
ルイスは気にせずさっさと店を出る。
「いいのか、あれ」
「逃げるのが一番だよ。ややこしい」
「――珍しいな。お前が人にあんな風に冷たいの」
ルイスが塩対応になるのは基本的にはベン限定だった。あまりにも一緒にいるため遠慮がないからなのか、ベンがルイスの嫌がることをするからなのかはわからないが。
ルイスが優しいから脳みそまで筋肉なベンを許容していると思われがちだが、ベンからしてみれば、ルイスの方こそ深く付き合うと潔癖で気難しいところがある。だがそれを人に対して表すことはいつもなかった。
「そうだね。すごく苛々して、殴りたくなった」
「へえ……ルイスでもそんなことあるんだな」
良く殴られ蹴られているベンがそういうのもおかしな話だが、あれはカウントされていないのかもしれない。
学校で下級生に人気があるルイスは、いつも取り囲まれて騒がしいところにいた。いつも、どんなわがままを言われても嫌な顔一つせず丁寧に一人一人の相手をしている。
ルイスは急に疲れた気になって、二人はそのまま公爵の屋敷へと帰ることにした。
しかしそれは全員に反対された。
「せっかく同じ方向へ行くのに、どうしてわざわざ別行動するの?」
そうユリアにも言われ。どうせユリアはヘルマンと行動することになると思うのだが、他の人にも、更には顔なじみの騎士にまで反対され、ルイスとベンはヘルマンらに同行することに決めた。
ヘルマンと一緒ではベンが気を遣うかとも思ったが、ベンは騎士たちと行動を共にした。ルイスは日中の移動時フェルナンドと貴族の名前やら様々な情報を聞きながら馬車に同乗した。
街に着けばルイスとベンは好きに街を観光し、宿も公爵一行が使う高級宿ではあるが使用人用の部屋に二人で気楽に泊まる。
そうして楽しく快適な三日の旅程の後、一行は予定通り首都に到着した。
王城を見たルイスは金の目を丸々と見開いた。それを見たフェルナンドが嬉しそうに笑う。
「その顔をもっと早く見たかったんだよね」
「すごい。お城……宮殿だ」
「そうだね。モンクレアみたいな古城はあくまで昔の戦争時代のものだからね。今は平和だから機能重視だよ」
「壁が白い……漆喰?」
「大理石だね。特別質のいい大理石を砕いて塗料にしてるんだ」
お金のかけ方が違う。
そのまま使っても高級品の大理石を、あえて砕いて使うとは。
「想像もつかないような高級品で埋め尽くされてるんだろうな……」
公爵邸はどちらかというと質実剛健であまり華美な装飾品は置かれていない。絵画や宝飾品よりも刀剣や古美術品が多い。
価値はあるのだが一見してそれとわかるほどの豪華さはない。
「補佐官になれば王宮にも出入りできるよ?」
「特に惹かれないな」
にべもない。フェルナンドはがっかりする。
王宮が近くに見える場所にヴェッターホーン公爵家のタウンハウスはある。こちらもかなりの屋敷だ。
「疲れてない?」
前の馬車から降りたユリアと合流すると、そう言ったユリアの方が少し疲れた顔をしていた。
ヘルマンの徹底した管理下であるため体調を崩すことはあまりないが、どうしてもユリアは体力がない。
「僕は平気。リア、顔色が良くないよ。休んだら?」
「長距離になると、どうしてもね……酔いやすくって。ごめんね、色々案内してあげたいんだけど、ちょっと休むね」
「うん」
そう言ってユリアはほとんどヘルマンに抱かれるようにして屋敷に入っていった。
快適な旅だったのでそこまで疲れてもいない。どうしようかな、と思っているとベンが街を見に行こうと誘ってきた。数人の騎士たちとぶらぶらすると言う。
することもないので、フェルナンドに断って散策することにした。
ルイスはベンと二人、広場のベンチに座って見知らぬ人の像を見上げていた。
一緒に来たリックとリューは目の前の店でお酒を飲んでいる。実に楽しそうである。
「なんでもあるね」
「金があれば楽しい所だな」
ぐるりと一通り案内してもらってからの、感想だった。
貴族街近くの商店なのでかなり治安は良く、そのため物価もヴェッターホーンの倍くらいだろうか。街ゆく人の身なりも良い。
「どうする?」
露店で買ったつまみを食べ終わったベンが聞いた。
リックとリューはアルコールのないものを一緒に飲もうと誘ってくれたが、ルイスは断った。少し離れたここまで騒がしい声が聞こえてくる。巨大な樽を机代わりにしてみんな立って飲んでいる。
あそこに入る気にはなれなった。かといって帰るにはまだ早い。夕食までだいぶ時間がある。
「もう少し西の方も行ってみるか」
「いいの?」
西の方がもう少し一般家庭が多く、親しみやすい商店が立ち並ぶ。暗くなったら行かないように言われているが、まだ日が沈むまでには一、二時間ある。
「せっかく来たのに、屋敷でじっとしてるのももったいないしな」
「うん!」
ルイスはベンと共に立ち上がった。
ベンがリック達に手を振ってから行き先を告げる。ベンはリューから何かを受け取って戻ってきた。
「どしたの?」
「フードかぶって行けって。ルイスの目、目立つからって」
「そうかなあ」
特に視線を感じたりはなかったが。ルイスは大人しくリューから受け取ったフード付きの上着を羽織った。
「どう?」
「うん。怪しい」
公爵領では顔を隠すことなんてないから、おかしくなって二人で笑った。
ベンが走るのでルイスも一緒になって走って西区域へ向かった。
西区域の商店はもっと安価なものも多く、人通りも多くて活気があった。
ヴェッターホーン地区もそれなりににぎやかな街だが、規模がその比ではない。道行く人も、街の人だけではなく旅人や騎士、商人、いろんな人でごった返している。
「人が多いな……」
ベンはルイスの手を握った。久しぶりに握ったが、ベンの手はタコだらけでごつごつしていた。荒れた手がチクチクと当たる。
人混みをかき分けてすいすいと先へ進んでいくから、ルイスはその後ろについて行きながら余裕を持って周りが見れた。
「ベン、あのお店見たい」
そう言って興味のある店を指せば、そっちの方まで誘導してくれた。
「何の店だ?」
「わかんない。古道具、かな?」
文具も書籍もあるようだが、どれも使い古した年季を感じた。
「わくわくするよね、こういうの」
「わかんねえけど」
「見てていい?」
「おう。じゃあ、俺あっちにいるから。終わったら来て」
「うん」
ベンは全く興味がないらしく、二軒隣の店へ行った。
さほど広くない店内をルイスはゆっくりと見て回る。
古い本の匂い、お香の様な不思議な香り。すごく落ち着く雰囲気にずっといたいような気がした。店主の姿は見当たらず、椅子が置いてあるだけだ。席を外しているらしい。客もルイスだけだった。
ゆっくりと小物を眺めた後、本が並べられたところへ向かう。
この国の文字でない本も多い。ルイスはあまり外国語が得意ではない。こういうのはユリアが詳しいんだよな、と思いつつ手を伸ばしてみるが、やはりわからなかった。
「本に興味があるのか」
突然声をかけられて見ると、いつの間にか戸口のところに少年が一人立っていた。
近づいて並ばれると、自分より少し背が低い。
「う、ん」
とりあえず返事をしてみるが、突然のことでどう返していいのか迷った。
「珍しいな。こんな古い店にお前みたいな若い奴が来るなんて」
随分と尊大なものの言い方をする。身なりはそれほど高級そうではないが、きっといいところの子息なんだろう。
肌は白いし、荒れていない。髪も無造作にひとくくりにしてはいるが、少しくすんだ金髪はよく手入れされているのが分かる。
「君は……店の人、じゃないよね」
「ああ。客だ」
ルイスは放っておいて古代語の本を手に取った。
これはユリアが好きそうだ。
ユリアは補佐官としては帳簿関係が得意らしく、財務関連の仕事を良くしている。けれど本人は歴史が好きなようで、個人的に購入する書籍はいつも古代史関連のものが多いのを知っていた。モンクレア城が好きで、実は城の管理をしたいと思っているのも知っている。
ルイスは歴史には興味がないが、古代語で城と書かれているのはわかる。ユリアが好きそうだ。
「お前、古代史が好きなのか」
「ううん」
「じゃあなんでそれを選ぶんだ?字、読めてるか?」
ルイスは本から視線を外してその少年をちらりと見た。
「王都では、初対面の人にそんなにぐいぐい来るもんなの?」
少年は少し止まった。
「お前、どこから来たんだ」
「ヴェッターホーン」
「へえ。名前は?いくつ?」
少年の瞳は薄い色で、青の様な灰色の様な不思議な色合いだった。その目が興味津々に向けられる。昔森で見た狼を思わせる瞳の色だ。
子供達に群がられることはあったが、同年代の子供にこういった絡まれ方をするのは初めてだった。正直ルイスには煩わしかった。
「――ねえ、一人で見たいんだけど」
少年はびっくりしたような顔をした。
「お前、はっきり言うなあ」
「君ははっきり言わないとわからないみたいだから」
ドン、と目の前の本棚に少年の手が延ばされる。視界を遮られ、不快に思ってルイスは眉を寄せた。
「アーチと呼んでくれ」
変なのに絡まれたら無視しろ、とベンには言われている。ルイスは本を戻そうとして、そこにアーチの手があるからどうしようかと見まわした。
「なあ、お前の名は?」
「――僕、もう帰るから」
「一人?親は?」
「いない。のいて」
「孤児なのか?それにしては……」
その言葉に、ルイスは改めてアーチを見た。
「お、なんだ?」
「僕……こんな気持ちになったの、生まれて初めてだ」
「えっ」
初めて感じる感覚にルイスはまじまじとアーチを見つめた。
よく見れば耳が少し赤くなっている。逃すまいとこちらを見ている目を見れば、今感じている感情に確信が持てる気がした。
「こういうの……なんていうのかな」
ざわざわと胸が落ち着かない感じ。
「な、なんだ、お前……」
「ああ、苛々するんだ」
「――――は?」
ルイスは合点がいった、といった様子で納得したように軽くうなずいた。
「こういう感じなんだ。人に苛立つのって」
「お、おま……」
アーチが口をパクパクとして顔を真っ赤にした。
「――ルイス?」
店先からベンに呼ばれて、ルイスはそちらを見る。
「ベン。そっちは終わったの?」
「ああ。なんかいいのあったか――知り合いか?」
大きな体で、ベンはただ見ているつもりなのだろうが、なかなかに気迫のある目で見られると初対面の相手は少し怯む。
ルイスはアーチの手が緩んだのを見て、本をさっと元に戻した。
「面白そうだけど、店の人もいないし、もういいや」
「そいつは?」
「知らない」
ルイスがベンのところまで行こうとするのを、アーチは慌てて腕をつかんだ。
「待てよ!」
ルイスが驚いて振り返るのと、ベンが瞬く間に真横に来るのとが同時。
「――離せ」
「私は彼と話をしているんだ」
ルイスはベンを目を見合わせた。
私って言った。お育ちがいいようだ。
「離して」
「ルイス、っていうのか?お前貴族だろ。見たことないけど、どこの家だ」
「貴族じゃない。離して」
「その見た目で、従者まで連れてそれが通るか。自分から名乗り出たほうが身のためだぞ」
ルイスはうんざりした目をベンに向けた。ベンも、なんだこいつといった顔をしている。
「――どうしてほしいの?」
一応相手は貴族の様なので聞いてみる。
しかしいざ聞いてみても、アーチは視線を泳がせるだけだった。
「いや、お前……さっきのが、その――」
ルイスはベンを見て肩を竦めた。ベンも奇妙な目を向けている。相手は子供なのでそれほど警戒はしていないようだ。
「王都って変な奴多いのかな」
「ベンも変な人見たの?」
「ああ。歌って踊ってるやつがいた」
「へえ」
「――おい。無視するなよ。だから、お前の家名を」
「何度も言うけど、僕は貴族じゃないし、親もいないって言ったでしょ」
ルイスはえい、と腕を振りほどいた。すぐにベンが間に入るように立ってくれる。
「初対面にしては失礼だったけど、それが君の普通なら仕方ないよね。僕もこういう風にしか言えないから。――行こ、ベン」
「まて……!」
アーチの伸ばした手はベンの大きな体に阻まれてルイスには届かなかった。
ルイスは気にせずさっさと店を出る。
「いいのか、あれ」
「逃げるのが一番だよ。ややこしい」
「――珍しいな。お前が人にあんな風に冷たいの」
ルイスが塩対応になるのは基本的にはベン限定だった。あまりにも一緒にいるため遠慮がないからなのか、ベンがルイスの嫌がることをするからなのかはわからないが。
ルイスが優しいから脳みそまで筋肉なベンを許容していると思われがちだが、ベンからしてみれば、ルイスの方こそ深く付き合うと潔癖で気難しいところがある。だがそれを人に対して表すことはいつもなかった。
「そうだね。すごく苛々して、殴りたくなった」
「へえ……ルイスでもそんなことあるんだな」
良く殴られ蹴られているベンがそういうのもおかしな話だが、あれはカウントされていないのかもしれない。
学校で下級生に人気があるルイスは、いつも取り囲まれて騒がしいところにいた。いつも、どんなわがままを言われても嫌な顔一つせず丁寧に一人一人の相手をしている。
ルイスは急に疲れた気になって、二人はそのまま公爵の屋敷へと帰ることにした。
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