あたたかな鳥籠を君に、優しい口づけをあなたに

サイ

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第3章

8.

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 王都に来て一週間が経った。
 ユリアは基本的にはヘルマンと行動を共にし、王城へ出かけたり、夜のパーティーに出席したりと忙しそうにしている。
 ルイスはその間もベンと王都の観光を楽しんだ。一週間でかなり堪能した。
 連日朝早くから日が暮れるまでベンと二人、うきうき出かけていくのを、公爵家の面々は微笑ましく送り出した。
 そして、今日はティーパーティーに参加する日。
 ベンは一人で単独行動ができると、昨日から出かけて行った。首都でも色々とやってみたいことがあるようだ。
 残ったルイスはルイスで、フェルナンドの見立てで支度を進めた。
 グレーのジャケットのシンプルな装いだ。それでも正装するのは初めてで背筋が伸びる気がする。いつもはくるくるの髪の毛も、フェルナンドの指示で軽く後方へ流すように固められ、見た目には成人したばかりの青年といった雰囲気になった。
 目立つのも良くない、ということでアクセサリーも小さな金のタイピンのみ。これなら端っこの方で人間観察ができるだろうかと思う。
 支度を済ませてホールに降りると、ヘルマンとユリアも正装をしていた。
 黒いジャケットに銀の刺繍。同じ作り手のデザインだから、どう見てもちょっとおそろいだ。しかもユリアの方はヘルマンの瞳の色と同じタイ留めの宝石が付けられている。
「いつもそんな感じでパーティーに行ってるの?」
 隣に立ってルイスは言ったが、ユリアから返事はなかった。
「リア?」
 声をかけると、ユリアの目からぽろぽろと涙がこぼれる。
「えっ、リア!?どうしたの!」
「あっ、ごめ……ルイスが立派で……大きくなったなって……う、ごめ……」
 声にもならないほど泣かれてしまった。ヘルマンが差し出したハンカチでユリアは顔を覆ってしまった。
 ルイスはユリアに抱きついた。
「リア。ありがとう」
 ルイスがゆっくりと細い体を抱きしめると、ユリアの顔が首のあたりに来る。
「リアのおかげで、こんなに大きくなりました」
 わざと上から言ってみるが、ユリアの涙はまだ止まらなかった。いつもなら、もう、と怒ったように悔しそうな顔をしてくれるのに。
 困った顔でヘルマンを見ても、もうしばらくそうしていろと言わんばかりに見守られている。
 フェルナンドに至っては同じように泣いていた。
「なんか……恥ずかしいね」
 ルイスはしばらくユリアを抱きしめ、生温かい視線で見守られながらユリアが落ち着くのを待った。



 いわゆるお茶会ではあるが、その規模はかなり大きかった。
 主催者は今の王妃を輩出した侯爵家で、そのため中央の政治とのかかわりも深い。社交シーズンに合わせて簡単に昼のお茶会を開催する、というだけで首都中の貴族が集まるのだという。
 フェルナンドとどのティーパーティーにするか考えた時、一度で済ませられるここに決めた。
 当初フェルナンドとルイスだけで行くつもりだったが、ルイスが行くなら絶対行きたい、とユリアが言って。それなら当然とヘルマンもついてきた。
 普段ヴェッターホーン公爵は最小限の社交しかしていないのに、突然侯爵家のお茶会に現れるとあって、貴族間で何かあるのかとざわついているようだった。
 そのため参加者もいつものお茶会よりだいぶ多くなってしまった、という。
 到着してすぐ主催者に挨拶に行くよと言われついてきたら、女主人と思しき人がそういっていた。
「まさか公爵様直々に来ていただけるなんて。光栄ですわ」
「長らくご無沙汰をしていました。今日は、日程が合ったので」
「そうですの。――そちらの補佐官の方も、相変わらずお美しいですね」
 ユリアは慣れた仕草で会釈した。ヘルマンから半歩下がったところで、言葉は発しない。いつもそうやってやり過ごしているのかなとルイスは後ろから見ていた。
「あら、そちらは……?」
 主催者の質問にはフェルナンドが答えた。
「この子は我がポールマンの傍系の子です。少し首都を見てみたいということで連れてきました」
「まあ……まあ!」
 女性の目がどんどん丸くなっていく。
「おいくつ?お名前はなんて仰るのかしら。――どなたかと婚約はなさっていて?」
「名前は、ルイスとだけ。――マダム、どうかご容赦ください」
 そういってフェルナンドが鉄壁の微笑みを浮かべれば、それ以上聞くことはできない。女性は残念そうに扇子で口元を覆った。
 聞き耳を立てていた周囲の人も残念そうにざわめく。
「では、ごゆっくりご歓談ください」
「感謝します」
 ヘルマンがそう言ってその場を離れるのに一同は続いた。
 まずは立食で辺りを見渡す。フェルナンドが横から主要貴族の説明をしてくれた。
 一通り説明が終わったので、せっかくならまずは何か食べようかとルイスは辺りを見渡す。するりと腕に手が回され、見るとユリアが腕を組んで笑っていた。
「なんか、不思議だね。こんなところで過ごすなんて」
「うん」
「あっちに有名なパティシエの作ったお菓子があったよ。ルイスきっと好きだよ。行こう」
「うん」
 ユリアに腕を引かれ、目当てのテーブルに着いた。ユリアは嬉しそうにルイスの皿にお菓子を乗せていく。
「リア、意外と慣れててびっくりだね」
「うーん、あんまり得意じゃないんだけど、やっぱりね。こういうところに来た方が、色々話が早く進むんだよね」
「へえ」
「ルイスは、なんで急に来てみようと思ったの?フェルナンド様の影響?」
 とりあえずそういうことにしておこうかと頷いておく。ユリアは不思議そうな顔のままだからきっと納得はしていないだろう。
「家のことがなかったら、こうやって二人で参加してたのかな、って思うね」
 ユリアがそういったことを言うのは珍しいのでルイスは驚いた。
「リア、つらくなったり、しない?」
 ユリアは少し驚いたような顔をして、笑った。
「しないよ。心配してくれたの?大丈夫だよ」
 ルイスの頬を優しく撫でてくれる。
「実家の話しても、ルイスには記憶もないし、混乱するだけかと思ってたから言わなかったけど。でも、もうすっかり大人みたいになっちゃったから、色々話しても、いいかなって」
「うん。嬉しい」
 ユリアの手に頬を寄せた。
「リア、そうしてると、本当にかっこいいね。キラキラしてる」
「ルイスこそ。すっかりかっこよくなっちゃって。寂しく思っちゃうもん。だめだな」
「だめじゃないよ。僕、ずっとリアが一番だよ。リアがいないとこんなところに立ってないんだもん」
「ちょっと……また泣かせるつもり?」
「抱きしめようか?」
 ルイスが笑って言うから、ユリアは涙ぐんだ目で見上げて、笑った。
 本当に大きくなって、立派になってくれた。自分が育てたとは思わないけど。公爵家の皆のおかげでここまで成長してくれた。本当に嬉しい。
「ほら、これ食べてみて」
 ユリアが一口大のフィナンシェを差し出してくれるから、ルイスはそれをぱくりと口に入れる。
「あ、おいしい。リアも食べて」
 同じものをユリアの口に入れる。
 幸せな、いつもと少し違う二人の時間だった。



 その様子を少し離れたところから眺めながら、ヘルマンはフェルナンドに冷ややかな視線をやった。
「お前は、どういうつもりでルイスにあんな格好をさせたんだ」
「……………………」
 これはフェルナンドにとっても予想外だった。
 ユリアとルイスの周りにはだれも寄り付かなかった。それなのに、遠巻きに視線が集中している。会場のほぼすべての視線が集まっているんじゃないだろうか。
 それくらい二人の間は輝いていた。輝きすぎている。
「フェルナンド?」
「あー……なんでしょうね……単純に、立派になったルイ君を演出したかったんですが」
「目立たせてどうする」
「いえほんと、まさかここまでとは……」
 ルイスはもともと可愛らしい顔立ちをしていたが、少年から青年へと急成長をしつつある今、可愛さから精悍さが日に日に増していく顔つきに代わっている。しかも、髪を後ろへ流して改めて気づいたが、ユリアとどこか似ている。
 金髪碧眼でもともとキラキラと視線を集めるユリアに、彫刻の少年像の様なルイスが、それも金の瞳で側にいれば。
 目を引かないわけがなかった。
 ユリアの手がルイスに伸びた。ひい、と一部から息をのむ声が聞こえる。
 その手にルイスが顔を寄せる。公爵領では慣れ親しんだよく見かける光景だ。
「ああっ!」
 どこからか悲鳴が上がる。
「――どう見てもお忍びで来たやんごとなきご子息達、しかも熱愛中にしか見えませんねあれ」
「お前がみてもそう思うのなら、ここの客人らはなおさらだな」
「ヘルマン様の中で私はそんなにそっち方面に疎いんですか」
 ユリアがルイスに何かを食べさせた。その指にまでかぶりついた姿に、どこかのご令嬢が運ばれていった。
「とりあえず、二人を回収して来い」
 これ以上被害が広がる前に。水入らずで過ごさせてやろうかと思ったが、そろそろ間に入ったほうがいいだろう。
 ヘルマンはフェルナンドに命じた。

 フェルナンドに呼ばれてユリアとルイスは腕を組みながらやって来た。
「仲良しだねぇ」
 複雑な気持ちで言うフェルナンドだったが、二人は本当に楽しそうだった。
「ルイスと二人でこんなところに来れる日が来るなんて。ご主人様、フェルナンド様、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
 ユリアに続いてルイスも頭を下げた。
「楽しんでいるか」
 ヘルマンが尋ねると二人は揃って首を縦に振った。
「それは何よりだな」
 そうしていると子供らの成長を見守っている親の心境になるから不思議だ。立派になったなと感じたのはユリアだけではない。ヘルマンもフェルナンドも、並んで立つ二人を見て心の底から嬉しかった。
 痩せ細って傷だらけになって公爵家に来た時のことを思い出す。
「ヴェッターホーンでも、たまには開いてもいいな」
 ヘルマンが呟いた。
「パーティーですか?珍しいですね」
 フェルナンドが聞くとヘルマンはユリアとルイスを眺めた。
「二人が楽しそうにしているからな」
 クリスティーナしか開くことしかないため、公爵家のパーティーは相変わらず年に一、二回だった。
 これからは増えるかもしれない。
 しばらく四人でそんな話をしながら、ゆっくりとテーブルでお茶を飲んだ。
「意外と、誰も話しかけてこないんだね」
 楽でいいな、とルイスが周りを見渡す。さあっと水が引くように視線も引いていった。
 取り囲まれることを心配して色々と考えていたが、その必要は無くなったようだ。ユリアとルイスの関係があまりにただならぬ様子だったせいで、そういう意図でお近づきになろうと言うものは引いている。
 ヘルマンにとってそこは嬉しい誤算だった。
「あ、さっき、すごく美味しいお菓子があった。ピンクで、ふわふわで、食べたら口の中で溶けた!」
「あれね、一個でケーキ三つくらい買えるらしいよ」
「え!うそでしょ」
「ほんとだよ。ルイスにお土産にしようと思ったら、高いし、その日のうちに食べてくださいって言われて、諦めたんだ」
 一緒に食べれてよかった、とユリアが微笑む。
「まだあるんだ、ルイスと絶対食べたいと思ってたやつ」
 あちこちに視察に行っても、いつもルイスのことを思っている、と言っているようだ。
「リア……」
 四人のテーブルなのに、すっかり二人の世界だ。心なしか椅子も近い。
「美しいねえ。お小遣いあげるから明日ゆっくり行って来なよ」
 フェルナンドがしみじみと感心する。
「――あ、僕、ちょっとあちこち見て来ていいかな?」
 ルイスはヘルマンにも視線をやりながら聞いた。ヘルマンは頷く。
「姿の見えるところにいなさい」
「はーい」
 ルイスはスタスタと一人でデザートの方のテーブルへ向かっていった。
「ルイ君は、ほんと、物怖じしないねえ」
 目的があるとはいえ、貴族のパーティーというものを知らずに育っているのに、少しも戸惑う様子がない。一人で自立して離れていくのにはびっくりだ。
 もともとその場に溶け込むのが得意な性質だとは思っていたが。
 そんなふうに見送られ、ルイスは今度は軽食の方へ一直線だった。お腹が空いたのだろうか。
 ルイスが料理を見ていると、待っていましたというように一人の女性が話しかけに行っている。それにも臆することなく、貴族のように礼をして話をしている。
「フェルナンド様のおかげですね」
「いやいや。ルイ君の性格かな」
「小さい頃から大人にも貴族にもたくさん接して来たから、良かったんじゃないか」
「だと思うと、ちょっと救われます。僕がいない間あちこちに預けられて、ルイスは大変だったかなと思ってたから」
「そりゃユリア君には敵わないけどさ。うちでも楽しそうにしてたよー。うちの奥さんを独占して」
 小さい時は川の字で寝たものだ。子供がまだいなかったから、本当に我が子のように思って。可愛かった。結構本気で養子を考えていたくらいだ。
「そうですね。本当にありがとうございます」
 ユリアは貴族らと言葉を交わすルイスの背中を見つめていた。ヘルマンが肩を抱いてくれたから、寂しくはなかった。



「まあ、ではまだ成人してらっしゃらないの?」
「はい、未成年です」
 サンドウィッチを摘んだところで声をかけられ、ルイスは返答した。もう少し食べてから声をかけに回ろうと思っていたが向こうから来た。
「残念だわ。明日のパーティー、是非来ていただきたかったのに」
 少し年配の女性にそう言われる。
「またの機会に。ありがとうございます」
「ヴェッターホーンからいらしたんでしょう?」
 横から声をかけられる。ルイスは頷いた。
「初めて見るお顔だもの。もしかして、首都も初めて?」
「はい」
 こちらは成人して少ししたくらいの若い女性だ。
「わたくしはガーラン伯爵家の長女、リナと申します」
「ルイスです」
「しばらくはこちらに滞在されますの?わたくしの屋敷は、公爵様と近いんですのよ。一度遊びにいらっしゃらない?」
「ポールマン卿に聞いてみませんと……」
「では、また招待状をお送りしますね」
「はい」
 話していると喉が渇く。手近なところから水を取って飲んでいたら、今度は数人の中年男性がやって来た。後ろには娘が数名。
 名前を聞けば目当ての家門だった。
「ルイス様と仰いましたな」
 ルイスはできるだけ丁寧にお辞儀をした。貴族の礼の仕方は、遊び半分でフェルナンドの屋敷で昔からやっている。
「私どもの屋敷にも一度おいでになりませんか」
「ありがとうございます。機会があれば」
「また紹介状をお送りしますね」
「はい――確か、御領地では塩が特産品ですよね」
「ええ、よくご存知で。数年前から着手しています」
 男性は少し気恥ずかしそうに頭をかいた。そうしていると人のいいおじさんという印象だ。
「必需品ですから。ご苦労も多いでしょうが、素晴らしい事業だと思います」
「おお、君は事業にも興味がおありなのかな」
「ポールマン卿に教わっているところです」
「若いのに立派だね。――私のところのは、まあ、他に特産と言えるものもない領地だからね。なんとか領民に産業を与えたくて。でもなかなか難しいよ。まだ軌道には乗せられていなくて」
「そうですか」
「豊かな土地には豊かな土地なりの大変さがあると思いますがね」
 ヴェッターホーンのことも思いやった言い方である。
 そのうち後ろから娘に小突かれて、その男性は一歩横にずれた。
「――ああ、うちの次女のマリアです。同い年くらいかな?」
 マリアは優雅にお辞儀した。ルイスもそれに応える。
「父のお話にお付き合いくださいまして、ありがとうございます。よろしければヴェッターホーンのことを、お聞かせいただけませんか?」
「僕にわかることでしたら。僕もそちらの領地のことを知りたいです」
 じっと見つめられ、マリアは頬を赤らめた。周囲を囲む男性陣の背後から、娘たちが一斉に父をつつき、紹介が順々に始まった。
 ルイスは愛想を振りまくわけではなくさほど笑わないが、その金の瞳でじっと見つめられると、娘達は心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
 一様に皆が胸を押さえながらルイスを取り囲んだ。
 一通り話を聞いていて小一時間ほど経った頃、ルイスはフェルナンドに呼ばれた。人垣が増えすぎて埋もれてきたからだった。
 当初の目的はもう十分過ぎるほどに果たしたのでそこで情報収集は終わりにすることにした。
 結果としては、怪しい人など一人もいない。そもそも、会ってわかるとも思ってなかったが。
 会話や出会いの中でその人となりを見るのは無理なんだな、と分かっただけでも収穫である。
 やはり地道に書類と睨めっこしていた方がいいのだろう。
 それが分かっただけでも来た甲斐はあった。
 ヘルマン一行は来た時と同じように嵐のように去って行った。
 結局公爵様は何をしに来たのか。あの若い二人を連れて来たかったのか。ではあれは一体誰なのか――憶測が憶測を呼び、社交界はしばらくざわついていた。
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