あたたかな鳥籠を君に、優しい口づけをあなたに

サイ

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第3章

11.

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 ガフマン商会は貴族街の商店街の一角にあった。そこまで大きい店ではない。首都の一等地に大所帯を構えられるほどの規模ではないと言うことだ。
 ルイスは嬉々としたフェルナンドに渡された服に身を包んでいる。一見するとただのシャツとズボン。しかしシャツはよく見れば刺繍が入っているし、ボタンは黒真珠。ズボンもシルクのオーダー品だ。これはフェルナンドのものだろう。
 その上からマントを被らされた。独特の肌触りと繊細な織り模様がある。ベルベットだろうか。よく見ればマント留めは目立たないが銀細工が施されている。
「ちょっとあからさまじゃない……?」
 髪も以前のように流して整えられて、ルイスは昼近くなった時計を見ながら言った。
「どこからどう見ても貴公子だよ!うん!」
 貴族街から出たらダメだよ、と念を押されて送り出された。身につける一つ一つ、きっと今まで見たこともない金額だ。それを気軽に汚してもいいからね、と言われた。
 商人は見る目があるから、細かいところの演出が大切らしい。
 ベンは騎士の普段着を着せられ、その上から普通の黒いマントをつけられた。帯剣もしている。
「俺、長剣は苦手なんだけど」
 ベンは騎士ではないので、いつもは持ちやすい短剣を持っている。剣も見せかけだから、と取り付けられた。
「ハリボテ貴族だね」
 ベンとそう言い笑いながら馬車で商会の近くまで送ってもらった。
 結局ヘルマンもユリアも起きてこなかったので、事後報告になる。ちらりとフェルナンドが、ヘルマンのマントと言っていたような気がするのが気掛かりではある。
 少しの不安を抱えたまま、ルイスは商会のドアをベンに開けさせた。
「いらっしゃいませ」
 中には数人の客がいた。店員はルイスの上から下までをさっと見て、丁寧にお辞儀をする。
「ようこそお越しくださいました。――どういったものをお探しで」
 ルイスはぐるりと店内を見渡してから、胸元の手紙を取り出した。
「近くまで来たついでに、これをもらったのを思い出して」
 紫色の封筒を見せるだけで、店員はハッとして居住まいを正した。
「わざわざありがとうございます。どうぞ、こちらへ」
 そう言って奥の部屋へと誘ってくれた。
 ルイスはベンと頷き合って、それに続いた。

 通されたのは取引をするための応接室だ。店主を呼んで参ります、と言って案内人は去っていく。
 ソファに座るとベンも横に座った。
「ベンが並んだらおかしいでしょ。後ろでしょ」
 ルイスが指示すると、そうか、とベンが立ち上がって下がる。
 見られていなかったからよかったが、打ち合わせが不十分だった。
 すぐにボロが出そうだな、と思いつつ待っていると、すぐに店主らしき中年の男性がやってきた。
 お茶も出されながら挨拶をされる。
「ようこそおいでくださいました。商会長の、ゲオルグ・シャンベンと申します」
 小太りな男はへこへこと頭を下げながら、ちらちらとルイスの方を上目遣いで見てくる。探られているようで少し不快だ。
「私どもの商品で、お気に召すものがございましたでしょうか」
「たまたま近くに来たから」
「なるほど!それでは、意匠を凝らした品々をお見せ致しましょう」
「今日は……あまり時間がない」
「は、では、とっておきのものだけを」
 ゲオルグが目線で指示をして、控えていた店員が下がった。
 ルイスはお茶に手を伸ばす。
「それにしても、光栄でございます。ヴェッターホーン公爵様とはあまりお取り引きがございませんでしたので。それも、噂の貴公子に直々においでいただけるとは」
「噂……」
「あ、いえ!高貴な青年が突如現れたと。その……一体どちらのお方なのかと」
 ルイスは答えなかった。ただ単になんと答えたらいいのかわからないから沈黙していたのだが、ゲオルグはいいように勝手に解釈してくれた。
「申し訳ありません!決して、詮索するような意図はありません。噂をお聞きしていたところ、本当に気品あふれるお姿を拝見し、その……」
 店員がワゴンに乗せた商品をいくつか持って入ってくる。ゲオルグは助かった、と顔に出していた。
「――さあ、商品が参りました。いかがでございましょうか。」
 宝飾品やよくわからないオブジェのようなもの。ゲオルグはそれの説明をし始めた。
 話半分で聞きながら、ルイスはゲオルグを観察した。
 年の頃は合っている。しかしこの小物感あふれる男が何かをしたというのだろうか。
「商会長は、この仕事は長いの?」
 商品の説明の合間に聞いてみる。
「そうですね、実は商会で働き始めてからはまだ十数年と言ったところでして。日々、勉強させていただいております」
「へえ。商会に入る前は何を?」
「しがない勤め人でございました」
 あまり聞いても怪しまれる気がする。直感的に、伯爵家の執事と同一人物のような気がする。それはヘルマンに調べて貰えばすぐにわかるだろう。
 あとは、この男が何かを知っているかどうかだ。
「――今日は時間もないし、またうちに来てもらおうかな」
 ルイスは立ち上がった。ゲオルグは期待に顔を輝かせた。
「は、と仰いますと、ヴェッターホーン公爵家へ、お伺いしてよろしいのでしょうか」
「うん。また連絡する」
「ありがとうございます!!光栄でございます!」
 頭を下げられてその薄毛を見ながら、とりあえず、繋がりを作れば上出来かな、と思う。帰ってからヘルマンに相談してみればいい。
「ベン、帰ろう」
「はい」
 ベンがかしこまった返事をするので笑いを堪えるのが大変だ。
 応接室から出て表の売り場に入る。
 馬車まで見送ると言うのを、目立ちたくないからとなんとか断る。
 どこまでが貴族らしい振る舞いかよく分からないが、怪しむような態度は取られていないのでまだ大丈夫だろう。
 そのまま店を出ようとした時。
「あ、お前!!」
 どこかで聞いた声に呼び止められ、そちらを向く。
 一人の少年がこちらを指差していた。
 アーチだ。
 今日は背後に二人護衛を連れている。
「ルイス!やっと会えた!どこを探してもいないから……」
 駆け寄って来るので、ベンが護衛のように前に立った。
「おい、どけ。私は彼と話をしている」
「僕は話すことなんてないけど」
「お前……その格好。どう見ても貴族じゃないか。嘘をついたな!」
 ややこしいことになった。
 ここで平民だとバレるわけにもいかないが、目の前のアーチもなかなか面倒だ。
「おい、何とか言ったらどうだ」
 周囲の視線が集中している。
「――とりあえず、外に出て」
 ルイスがため息と共に小声でそう言ったので、アーチも大人しく従った。
 
 店を出てしばらく歩いて、適当な路地裏に入った。
 アーチは少し怒ったような顔をしていたが、比較的大人しくついてきた。護衛の二人も特に絡んでくる様子はなく少し離れたところにいる。
「――それで、何か用?」
 建物の壁を背にして、ルイスはアーチに向き直った。ベンがぴったりと横についている。
「お前、孤児の平民だって嘘ついただろう、私に」
「ついてないけど」
「平民がそんな恰好をするものか!どこからどう見ても貴族にしか見えない」
「――だって、ベン」
「俺も貴族にしか見えねえと思ってたけど」
 呑気に笑い合う二人に焦れたようにアーチが一歩進む。
「――そのマントだけで、一体いくらすると思ってるんだ」
「知らない。借りものだもん」
「そんな高価なものを貸す奴なんかいるものか」
「汚してもいいからって言われたけど」
 アーチが変な顔をする。
「そもそも、商会の応接室に呼ばれるわけないだろう」
「僕は貴族だなんて言ってないよ。通されたから入っただけ」
「お前……まさか、詐欺師か!」
 ルイスは不機嫌さを全面に出した。
「孤児の次は詐欺師?本当に失礼だよね。用があるなら早く言ってくれないかな」
 口調は淡々としていたが、その言葉は刺さったようだ。勢いが急になくなる。
「用は……ないが」
「そうなの?――じゃ」
「待て!」
「なに?僕も用はないんだから、お互い話すことないでしょ」
「話すことは……ある」
 アーチは視線を少し泳がせてから、ごくりと唾を飲み込んだ。
「と、友達に!なってほしい」
 ストレートにそう言われ、ルイスは驚いて一瞬止まった。
「友達……?」
「そうだ」
 友達になりたいって思う要素がどこにあったのだろうか。結構冷たかったと思うのだが。
「でも僕、もうすぐヴェッターホーンに帰るよ」
「別に離れていても友達にはなれる。手紙も送れる。私が訪ねてもいい」
「うーん……」
 ルイスは困ってベンを見上げた。ベンは黙ってアーチを見ている。
「あのさ。僕が平民だって言ったのは本当だから。色々あって公爵様にお世話になってるけど、いつもは普通に平民の生活をしてるし。だから、君とは合わないと思うんだよね」
 アーチが悲しそうな顔をする。感情がそのまま表情に出る性質のようだ。年相応なのかもしれない。
「だめなのか。公爵に手紙を出せば、お前に渡してもらえるんじゃないのか。そうやってつながることができるのなら……私は」
「アーチ、友達いないの?」
 アーチは反射的に顔を赤らめた。
「いる!いるが……私におもねるものばかりで。――お前のように、腹を立て、何が悪いのか、私に教える友人はいない。だから……」
 ルイスはしばらくアーチを見つめた。
 おもねってくる友人がたくさんいる。高位貴族であることは間違いないようだ。
 本来なら会話をすることもない関係だが。妙に縁があるし、この切実さに何も思わないわけではない。
 自分に辛辣なことを言った人間を貴重だと思い学ぼうとする姿勢は、嫌いじゃなかった。
「……別に手紙のやり取りだけならいいけど。公爵様を通す必要ないよね。使用人寮宛で届くよ」
 アーチは目を輝かせた。
「いいのか!」
「友達かどうかはさておき。手紙のやり取りくらいならいいよ。どうせ僕、首都には次いつ来るかわからないし」
「いい。それでいい。――まずは手紙からで」
「うん。じゃあ、また」
「ま、まってくれ!」
「――なに」
「いつまで首都にいるんだ?公爵の屋敷へいけば、君に会えるのか」
「昼間は基本的にベンと遊んでるから屋敷にはいない」
「君は……いくつだ」
「十三」
「私と同じだ!」
 特に興味はなかったので軽く頷く。アーチは更に力を得て続けた。
「三日後、もう一度だけ会わないか。王立植物園の花が見ごろなんだ」
「花は……別に興味ないけど」
「どこか、案内してほしいところはないか」
 なかなか引かない。
 まだ行っていないところでベンが付き合ってくれなさそうなところ……。
「美術館とか?」
「よし、じゃあ三日後、王立美術館前で会おう。あそこは案内できる」
「――うん、じゃあ」
 なんだかんだ、押しには弱い。ルイスは断る方法もわからず次の約束を交わしてしまった。
 満足そうに去っていくアーチを見ながら、面倒だなとつぶやく。
「断ればよかったのだろ」
「そうなんだけどね」
 それが難しい。
「まあ、美術館くらいなら。ベンは興味ないでしょ」
「全く」
 一緒に行く場所ではないからちょうどよかったかもしれない。
「まあお前はいつも、来るもの拒まず去る者は追わずだからな」
「そうかな」
 思い返してみれば、そうかもしれない。
 来るものを拒まないのは、人寂しいからだ。去るものを追わないのは、そういうものだと諦めているから。そして――どうせ長い付き合いになるとはいつも思っていない。
 ルイスとベンは公爵邸に向かって歩き出した。馬車で帰る距離ではあるが、時間もあるしすることもないので散歩がてら歩くことにする。
「あのアーチって人、どう思う?」
「あれがほんとの、やんごとなき貴公子だな」
「本当だね。本家やんごとなき貴公子」
「なんだそれ」
 二人で言って笑い合った。
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