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第3章
18.
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忙しさにかまけていたら、季節はいつの間にかあっという間に秋になっていた。
訴訟の書類一式を作り終えて、無事ルイスはすべての作業を終えた。
ルイスの母、キャロル・ヴィザードから聴取し明らかになったことを追加して完成した。
キャロルは十八で商家へ嫁いだ。
若く期待に胸を膨らませて嫁いでいった少女は、愛にあふれる家庭という夢を、早々にして打ち破られる。
夫からの度重なる暴力と、義理の両親からの執拗ないじめだった。
キャロルは想像もしたことのないような苛烈な世界に突然堕とされ、絶望の中、何年も助けを求めることすらできずにいた。
ヴィザード家は当時王国で知らないものがいないほどの巨大商家だった。子爵位ではあるが、富も名声も十分に持っていた。
しかし、その裏で実は犯罪行為も多く犯していた。
実家の伝手でそれを知っていたゲオルグは、キャロルがヴィザード家から抜け出したいと考えていたのを偶然察知し、不正の証拠を集めれば助けてやれると嘯いた。
そうしてめでたく証拠を手にしたゲオルグだったが、ヴィザード家を乗っ取るはずが、うまくいかず商家は取り潰され、キャロルは実家に帰ってきてしまった。
諦めきれなかったゲオルグは、ヴィザード家を真似て今度は伯爵家を意のままにし富を得ようとした。それが伯爵夫妻に露見しそうになって、正体がばれるくらいならいっそ潰してしまえと伯爵夫妻を密告し滅門させた、という流れだ。
キャロルへの面会はまだできていない。
体の方はある程度回復したが、精神面が落ち着かないからまだ会えないとヘルマンからは聞いている。
ルイスはなんとなく察していた。
キャロル自身の問題というよりは、会った時のルイスやユリアのことを思ってのことだろう。そういう状態ということだ。
わざわざ会うことはないか、とルイスは思っている。
会う時には一緒に行く、とユリアが言っていたから余計にそう思った。
ユリアはキャロルの顔を思い出せないと言っていた。
歳が離れていたため五歳の時にはもう嫁いでいってしまったし、ルイスを腹に抱えて戻ってきた時は、部屋から一歩も出ず会話も交わさなかったらしい。
姉が壮絶な人生を歩んでいたことを知って心を痛めていたが、ルイスにしてみればユリアの人生だって全く楽なものではなかったのに。
直接の原因ではなかったとしても、キャロルが伯爵家を滅門させた一因であったのには言いようのない嫌悪感がしていた。
そうして、十一月の終わりごろ。
ヘルマンから、一度会ってみるか、とようやく尋ねられた。
ルイスはユリアと目を見合わせた。
「どっちでもいいよ。ルイスが会おうと思うなら、一緒に行こう」
ユリアがそう言ったので、ルイスは会うことに決めた。
「――もしかしたら、つらい言葉をかけられるかもしれない。だがそれは彼女の問題であって、二人が気に病むことではない。そう思えるなら、会ってもいいと思っている」
ヘルマンが珍しく歯切れの悪い言い方をしたので、ユリアは苦笑を漏らした。
「ご主人様。そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ」
ルイスも頷いた。
「姉とはいえ、五歳で別れてますので、ほとんど話したことはないんです。僕は何を言われても、多分傷つくこともない。心配なのはルイスです」
「僕?」
「うん。やっぱり、ルイスにとっては、お母さんだから」
ルイスはぴんと来なかった。
「僕の家族はリアだけだよ」
母親というものに何の期待もしていない。生まれてすぐの自分を捨てて去っていったと知った時も、特に何の感情もなかった。
「いつもそばにいてくれたのはリア」
ユリアの手を握った。
ユリアもぎゅっと握り返してくれる。
「では、行こうか」
ヘルマンに案内されて、キャロルがいるという療養所に向かった。
ベッドに横たわるキャロルは、ルイスと全く同じ栗色の髪をしていた。
髪の色は同じだな。
母親との再会で感じたのはそれくらいだった。
監視はついているが清潔な個室で、キャロルは焦点の定まらない目を天井に向けてじっとしていた。
「キャロル。今話せるか」
ヘルマンが声をかけると、キャロルはゆっくりとこちらを見た。
短く杜撰に切られた髪はまっすぐで、目の色も黒い。顔立ちもルイスとは似ていなかった。暮らしは貧しかったのだろう。とても三十代には見えなかった。五十くらいに見える。しわも多く唇もひび割れていた。
「だれ……」
「ユリアと、ルイスだ」
ヘルマンが言うとキャロルははっとして上体を起こした。
「ユリア……」
ユリアを見た後、ルイスに視線を移す。キャロルと目が合った。
思わずユリアの手を握りしめてしまったが、特に何かを感じたというわけではなかった。
やっぱり何も感じないものなんだなと思った。
記憶にも一切なく、ルイスにしてみれば初対面と同じだ。無理もないのかと思う。
「ルイス……あいつの、子」
キャロルの低い声と睨みつけるような視線で、ルイスは即座に察した。
ユリアがその視線を遮るようにルイスの前に立った。
「十三年ぶり、くらいですね、姉上」
ユリアが静かに声をかける。キャロルは返事をしなかった。
「一連のことは聞きました」
沈黙が流れる。
「私を責めに来たの」
キャロルの固い声がポツリと響く。
「――貴方はいい暮らしをしているようね」
ユリアの出で立ちを見て、キャロルが自嘲気味に言った。
「まさか、ヴェッターホーンの補佐官だなんて」
「……良くしてもらってるよ」
「いい気味でしょう?貴方が継ぐはずだった伯爵家を潰して、死にそうなところを助けてもらっちゃって。情けない姉で、恥ずかしいわよね」
「そんな風には思いません。ご苦労をされたとお聞きしました」
キャロルは頭を掻きむしった。
「そうよ、地獄の様な毎日だったわ!どこへ行っても、何をしても、暴力にさらされてきた――ずっと思ってたわ。どうして私がこんな目に、って」
キャロルはベッドから足を下ろした。狂気に染まったようなぎらついた目をして、こちらを見ている。
「私がヴィザードで悲惨な目にあっていた間、貴方はファルト家で愛情たっぷりに育てられていたでしょう?私があいつに唆されて、身を隠して泥を啜って生きている間、今度はヴェッターホーンで幸せに暮らしていたのね」
「……………………」
ルイスは言葉を失った。自分の母親の口から、ルイスに対してそんな言葉が出て来るなんて信じられなかった。
「姉上はどこまでご存じだったんですか」
「知っていたわよ。全部。だから怖くなって逃げたの」
がたがた、がたがた、とキャロルは下した足を揺らした。
ルイスは知らずユリアとつないだ手に力が入っていた。
「ゲオルグがうまくヴィザードを奪えなかったから、今度は伯爵家を狙っていたのも」
「そう……」
ユリアが静かに言った。悲しさはあるが、怒りはなかった。
「それだけ?――お前のせいだって言ったらどうなの」
ユリアは答えなかった。キャロルは次第に興奮し叫び声に近い声になった。
「私は思ってるわよ。貴方のせいだって。貴方が生まれるまでは、私が伯爵を継ぐと言われていたの。後継者教育も受けていたわ。それが、突然貴方が生まれたからって。だから嫁ぐ羽目になったのよ」
ヘルマンが人を呼んだ。キャロルを落ち着かせ、面会を終わらせようとしている。
キャロルは止まらなかった。
「貴方が生まれたせいよ。私が継いでいればゲオルグなんかに騙されなかった」
まるで説得力がない。ただの戯言だ。
ゲオルグに唆されて、操られていたのはキャロルではなかったか。
ルイスは眩暈を覚えた。立っているのかどうかも分からなくなるくらい、血の気が引いていた。
――ユリアがどんな目にあったのか、何も知らないくせに。
そう言いたいのに、声どころか、指一本動かすこともできない。
「お父様があんな悪魔に嫁がせたせい!お母様がちゃんと守ってくれなかったせい!――私が。わたし、が……」
ユリアがルイスを抱きしめてくれた。繋いでいた手を引き寄せて、後ろ手にルイスを抱えてくれた。ユリアの方が背が低いからどうしてもキャロルの姿は見えてしまうけど。
ユリアの温かい体と、ふわりと漂う心地よい香りが現実に引き戻してくれる。
「姉上。誰も悪くないです」
ユリアの声は静かだった。
「父上と母上も――姉上ももちろん、悪くないです」
「私……わたし」
「殴られたり、傷つけられると……自分が消えないとって思うんですよね。生きていてごめんなさいっていう気持ち、僕もわかります。姉上が受けてきた暴力は、姉上のせいではありません」
誰かのせいとしなければ心を保ってこれなかった。キャロルのそんな身勝手な心情を、どうしてユリアが気遣ってやらないといけないんだ。
ルイスはユリアを見つめた。後ろ姿でその表情は見えない。
「とにかく今は……ゆっくり休んでください」
ユリアの声は穏やかだった。
そっとルイスに向き直る。そこで初めて目が合うが、ユリアは心配そうな顔をルイスに向けていた。
「ルイス、大丈夫?」
本当に心配そうに聞いてくる。
どうして。
ルイスはユリアから一歩下がった。握っていた手がするりと離れる。
「ルイス?」
身勝手に責めらていたのはユリアなのに。盾になって守ってくれた、ひどい言葉を受けたのは全部ユリアじゃないか。
ルイスは何か言おうと口を開くが、言葉にはならなかった。
――何も変わっていない。
守られるだけの子供だったあの頃と、自分は何も変わっていなかった。
「――め、ん」
ルイスは声を絞り出した。
「ごめん、リア。――ごめんなさい」
「ルイス?」
ユリアが一歩近づいて、ルイスに触れようとした。それを避けるようにして、ルイスは数歩下がった。
ここにいたらだめだ。
ルイスは青ざめた顔で、ひたすら呪文のように繰り返した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ルイス?何を謝ってるの?大丈夫だよ」
異変を察し、ユリアが宥めるように手を伸ばした。
この手を掴んではいけない。
ルイスは振り切るようにして踵を返し、走り出した。
「ルイス!?」
ヘルマンとユリアの声が重なった。
あんな女と、人間以下の男から生まれた自分は、やっぱり疫病神だった。
わかっていたのに。どうしてもっと早くこうしていなかったんだろう。
――ここは僕のいていい場所じゃない。
訴訟の書類一式を作り終えて、無事ルイスはすべての作業を終えた。
ルイスの母、キャロル・ヴィザードから聴取し明らかになったことを追加して完成した。
キャロルは十八で商家へ嫁いだ。
若く期待に胸を膨らませて嫁いでいった少女は、愛にあふれる家庭という夢を、早々にして打ち破られる。
夫からの度重なる暴力と、義理の両親からの執拗ないじめだった。
キャロルは想像もしたことのないような苛烈な世界に突然堕とされ、絶望の中、何年も助けを求めることすらできずにいた。
ヴィザード家は当時王国で知らないものがいないほどの巨大商家だった。子爵位ではあるが、富も名声も十分に持っていた。
しかし、その裏で実は犯罪行為も多く犯していた。
実家の伝手でそれを知っていたゲオルグは、キャロルがヴィザード家から抜け出したいと考えていたのを偶然察知し、不正の証拠を集めれば助けてやれると嘯いた。
そうしてめでたく証拠を手にしたゲオルグだったが、ヴィザード家を乗っ取るはずが、うまくいかず商家は取り潰され、キャロルは実家に帰ってきてしまった。
諦めきれなかったゲオルグは、ヴィザード家を真似て今度は伯爵家を意のままにし富を得ようとした。それが伯爵夫妻に露見しそうになって、正体がばれるくらいならいっそ潰してしまえと伯爵夫妻を密告し滅門させた、という流れだ。
キャロルへの面会はまだできていない。
体の方はある程度回復したが、精神面が落ち着かないからまだ会えないとヘルマンからは聞いている。
ルイスはなんとなく察していた。
キャロル自身の問題というよりは、会った時のルイスやユリアのことを思ってのことだろう。そういう状態ということだ。
わざわざ会うことはないか、とルイスは思っている。
会う時には一緒に行く、とユリアが言っていたから余計にそう思った。
ユリアはキャロルの顔を思い出せないと言っていた。
歳が離れていたため五歳の時にはもう嫁いでいってしまったし、ルイスを腹に抱えて戻ってきた時は、部屋から一歩も出ず会話も交わさなかったらしい。
姉が壮絶な人生を歩んでいたことを知って心を痛めていたが、ルイスにしてみればユリアの人生だって全く楽なものではなかったのに。
直接の原因ではなかったとしても、キャロルが伯爵家を滅門させた一因であったのには言いようのない嫌悪感がしていた。
そうして、十一月の終わりごろ。
ヘルマンから、一度会ってみるか、とようやく尋ねられた。
ルイスはユリアと目を見合わせた。
「どっちでもいいよ。ルイスが会おうと思うなら、一緒に行こう」
ユリアがそう言ったので、ルイスは会うことに決めた。
「――もしかしたら、つらい言葉をかけられるかもしれない。だがそれは彼女の問題であって、二人が気に病むことではない。そう思えるなら、会ってもいいと思っている」
ヘルマンが珍しく歯切れの悪い言い方をしたので、ユリアは苦笑を漏らした。
「ご主人様。そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ」
ルイスも頷いた。
「姉とはいえ、五歳で別れてますので、ほとんど話したことはないんです。僕は何を言われても、多分傷つくこともない。心配なのはルイスです」
「僕?」
「うん。やっぱり、ルイスにとっては、お母さんだから」
ルイスはぴんと来なかった。
「僕の家族はリアだけだよ」
母親というものに何の期待もしていない。生まれてすぐの自分を捨てて去っていったと知った時も、特に何の感情もなかった。
「いつもそばにいてくれたのはリア」
ユリアの手を握った。
ユリアもぎゅっと握り返してくれる。
「では、行こうか」
ヘルマンに案内されて、キャロルがいるという療養所に向かった。
ベッドに横たわるキャロルは、ルイスと全く同じ栗色の髪をしていた。
髪の色は同じだな。
母親との再会で感じたのはそれくらいだった。
監視はついているが清潔な個室で、キャロルは焦点の定まらない目を天井に向けてじっとしていた。
「キャロル。今話せるか」
ヘルマンが声をかけると、キャロルはゆっくりとこちらを見た。
短く杜撰に切られた髪はまっすぐで、目の色も黒い。顔立ちもルイスとは似ていなかった。暮らしは貧しかったのだろう。とても三十代には見えなかった。五十くらいに見える。しわも多く唇もひび割れていた。
「だれ……」
「ユリアと、ルイスだ」
ヘルマンが言うとキャロルははっとして上体を起こした。
「ユリア……」
ユリアを見た後、ルイスに視線を移す。キャロルと目が合った。
思わずユリアの手を握りしめてしまったが、特に何かを感じたというわけではなかった。
やっぱり何も感じないものなんだなと思った。
記憶にも一切なく、ルイスにしてみれば初対面と同じだ。無理もないのかと思う。
「ルイス……あいつの、子」
キャロルの低い声と睨みつけるような視線で、ルイスは即座に察した。
ユリアがその視線を遮るようにルイスの前に立った。
「十三年ぶり、くらいですね、姉上」
ユリアが静かに声をかける。キャロルは返事をしなかった。
「一連のことは聞きました」
沈黙が流れる。
「私を責めに来たの」
キャロルの固い声がポツリと響く。
「――貴方はいい暮らしをしているようね」
ユリアの出で立ちを見て、キャロルが自嘲気味に言った。
「まさか、ヴェッターホーンの補佐官だなんて」
「……良くしてもらってるよ」
「いい気味でしょう?貴方が継ぐはずだった伯爵家を潰して、死にそうなところを助けてもらっちゃって。情けない姉で、恥ずかしいわよね」
「そんな風には思いません。ご苦労をされたとお聞きしました」
キャロルは頭を掻きむしった。
「そうよ、地獄の様な毎日だったわ!どこへ行っても、何をしても、暴力にさらされてきた――ずっと思ってたわ。どうして私がこんな目に、って」
キャロルはベッドから足を下ろした。狂気に染まったようなぎらついた目をして、こちらを見ている。
「私がヴィザードで悲惨な目にあっていた間、貴方はファルト家で愛情たっぷりに育てられていたでしょう?私があいつに唆されて、身を隠して泥を啜って生きている間、今度はヴェッターホーンで幸せに暮らしていたのね」
「……………………」
ルイスは言葉を失った。自分の母親の口から、ルイスに対してそんな言葉が出て来るなんて信じられなかった。
「姉上はどこまでご存じだったんですか」
「知っていたわよ。全部。だから怖くなって逃げたの」
がたがた、がたがた、とキャロルは下した足を揺らした。
ルイスは知らずユリアとつないだ手に力が入っていた。
「ゲオルグがうまくヴィザードを奪えなかったから、今度は伯爵家を狙っていたのも」
「そう……」
ユリアが静かに言った。悲しさはあるが、怒りはなかった。
「それだけ?――お前のせいだって言ったらどうなの」
ユリアは答えなかった。キャロルは次第に興奮し叫び声に近い声になった。
「私は思ってるわよ。貴方のせいだって。貴方が生まれるまでは、私が伯爵を継ぐと言われていたの。後継者教育も受けていたわ。それが、突然貴方が生まれたからって。だから嫁ぐ羽目になったのよ」
ヘルマンが人を呼んだ。キャロルを落ち着かせ、面会を終わらせようとしている。
キャロルは止まらなかった。
「貴方が生まれたせいよ。私が継いでいればゲオルグなんかに騙されなかった」
まるで説得力がない。ただの戯言だ。
ゲオルグに唆されて、操られていたのはキャロルではなかったか。
ルイスは眩暈を覚えた。立っているのかどうかも分からなくなるくらい、血の気が引いていた。
――ユリアがどんな目にあったのか、何も知らないくせに。
そう言いたいのに、声どころか、指一本動かすこともできない。
「お父様があんな悪魔に嫁がせたせい!お母様がちゃんと守ってくれなかったせい!――私が。わたし、が……」
ユリアがルイスを抱きしめてくれた。繋いでいた手を引き寄せて、後ろ手にルイスを抱えてくれた。ユリアの方が背が低いからどうしてもキャロルの姿は見えてしまうけど。
ユリアの温かい体と、ふわりと漂う心地よい香りが現実に引き戻してくれる。
「姉上。誰も悪くないです」
ユリアの声は静かだった。
「父上と母上も――姉上ももちろん、悪くないです」
「私……わたし」
「殴られたり、傷つけられると……自分が消えないとって思うんですよね。生きていてごめんなさいっていう気持ち、僕もわかります。姉上が受けてきた暴力は、姉上のせいではありません」
誰かのせいとしなければ心を保ってこれなかった。キャロルのそんな身勝手な心情を、どうしてユリアが気遣ってやらないといけないんだ。
ルイスはユリアを見つめた。後ろ姿でその表情は見えない。
「とにかく今は……ゆっくり休んでください」
ユリアの声は穏やかだった。
そっとルイスに向き直る。そこで初めて目が合うが、ユリアは心配そうな顔をルイスに向けていた。
「ルイス、大丈夫?」
本当に心配そうに聞いてくる。
どうして。
ルイスはユリアから一歩下がった。握っていた手がするりと離れる。
「ルイス?」
身勝手に責めらていたのはユリアなのに。盾になって守ってくれた、ひどい言葉を受けたのは全部ユリアじゃないか。
ルイスは何か言おうと口を開くが、言葉にはならなかった。
――何も変わっていない。
守られるだけの子供だったあの頃と、自分は何も変わっていなかった。
「――め、ん」
ルイスは声を絞り出した。
「ごめん、リア。――ごめんなさい」
「ルイス?」
ユリアが一歩近づいて、ルイスに触れようとした。それを避けるようにして、ルイスは数歩下がった。
ここにいたらだめだ。
ルイスは青ざめた顔で、ひたすら呪文のように繰り返した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ルイス?何を謝ってるの?大丈夫だよ」
異変を察し、ユリアが宥めるように手を伸ばした。
この手を掴んではいけない。
ルイスは振り切るようにして踵を返し、走り出した。
「ルイス!?」
ヘルマンとユリアの声が重なった。
あんな女と、人間以下の男から生まれた自分は、やっぱり疫病神だった。
わかっていたのに。どうしてもっと早くこうしていなかったんだろう。
――ここは僕のいていい場所じゃない。
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