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第3章
25.
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一通りの行事が終わり、ルイスはあらゆる拘束から一旦解放された。
何もせず過ごす、と公言した通り、ルイスは本当に部屋から出てこなかった。
ユリアは実はルイスがかなり自堕落な生活をしていたのを知らない。ユリアが寮に戻ってきている時にはそれなりに取り繕って心配させまいとしていたから。
顔を見ないまま引きこもって翌々日の夕方、ユリアは流石にちょっと心配になった。
食事を取りに来たベンを見かけて声をかけた。
「あー、まだ寝てます。たまに起きてますけど、本読んだり、ぼーっとしたり」
それもベッドの上だ。
「疲れちゃったのかな。……大丈夫そう?」
「よくあんなに寝て体が痛くならないもんだなと思いますね。ベッドはやらかいけど」
「具合が悪いわけじゃないよね」
医師でも呼びそうな勢いだ。
「予定では今夜起きるって言ってましたけど、用事がないなら延長したいって言ってました。手の届くところにいるもん全部おいて、めっちゃ幸せそうですけど。顔見に来ますか?」
「そ、そうなの?」
ごろごろ寝て過ごしたことがないユリアには思いもよらない過ごし方のようだ。
「元気なら、いいんだ。ごめんね、すごくお世話してもらっちゃって。甘やかさなくていいからね」
ベンが持つ食事のトレイを見てユリアが言った。
「でもあいつ、ここのとこすげー頑張ってたんで。気が済むまで甘やかしてやってもいいかなって」
「ベン君……」
ルイスの世話がものすごく手慣れている。
思い返してみれば、ベンはこうやっていつも世話を焼いていたような気がする。
「ベン君がいてよかった。本当にありがとうね」
「いや、今別にすることもないんで」
「今回だけじゃなくて。小さい時からルイスを連れてあちこち行ってくれて、ずっと面倒見てくれてたよね。ベン君がずっとルイスを支えてくれてたんだって気づいて。――本当に感謝しかない」
「俺……なんもしてないです」
「ルイスの心に寄り添ってくれて、ありがとうございます」
ユリアは改まって頭を下げた。
「いや、俺、楽しくてつるんでただけなんで」
ベンは照れたように言った。
「これからも。一緒にいたいからいるだけなんで」
「うん。ありがとう」
ユリアが見せた笑顔はルイスとよく似ていた。
部屋に入るとベッドの下にゴミが落ちていた。お菓子の包み紙だ。
テーブルに夕食を置いてそれを拾いながらゴミ箱に入れ、ベッドをみると、シーツにくるまった丸い塊がもぞもぞと動いた。
「起きてるか?晩飯持ってきたけど」
「起きてる。……でも起きたくない」
「四十八時間経ったぞ」
「あっという間だったな……」
心底残念そうにため息をつく。
「フェルナンド様が、明日も特に予定はないって言ってたけど」
「あー、悪魔が囁いてる」
「じゃあ起きて食べろよ、こっち来て」
ルイスはもぞもぞと動くだけで、ミノムシのように丸まったまま出てくる気配はない。
「お前、ほんとベッド好きだな」
「うん、好き。大好き。ずっとここにいたい」
「ユリアさん心配してたぞ」
「えっ……」
ルイスの顔が初めて出た。
「ナマケモノのくせに猫被るからだ。幸せそうに寝てるって言っといた」
「あー……そうだよね……いい加減起きないとね……」
みんな仕事を再開している。ヘルマンもベンも一日も欠かさず鍛錬している。
せめて外に出て体を動かさないといけないだろう。
「みんな働き者だな……」
はあ、とまた大きくため息をついて上体を起こした。
「ああ、久しぶりに起きたら……ふらふらする」
ベンが呆れたようにため息をついて、ベッドまで来て腰掛けた。マットが傾き、それにもたれるようにしてしばらくルイスは目を閉じる。
「――ルイス、寝るなよ」
「んー……」
ベンが手を伸ばして机を引き寄せた。
「とりあえず食べて、今日はもう寝れば?」
「うん……収まってきた」
ルイスは首だけ起こして、のろのろと食事に手を伸ばす。
身体はまだ密着したままで支えにされていた。
「スープ冷めてる」
「はいはい。温めて来ようか?」
目覚めた時に食べるから冷製のものばかり運んでいたら、温かいスープも欲しいと言われたので持ってきたのだが。それでも部屋に入った時にはまだ湯気が立っていたのに。
文句を言いながらもルイスは完食した。
「あー、おいしかった。ありがと。なんで動いてないのにおなか減るんだろうね」
「そうだな。俺も不思議だわ」
食べ終わった食器を片付けて立ち上がる。ルイスは再びシーツにくるまっていた。
「風呂入れば?」
「――臭う?」
ルイスはくんくんと自分の服を臭った。
「臭わねえけど、そろそろ髪が絡まりそう」
ずっとゴロゴロしすぎて、猫のようなルイスの毛は下手をするとフェルトが出来上がってしまう。
「そうだね……そろそろ人間に戻る準備をするか……」
「じゃあ俺これ片付けて来るから」
「うん。ベンは?」
「俺は訓練後済ませた」
「じゃあベッドあっためといて」
人を温石代わりにしようとしている。
ベンはハイハイと言って食器を片付けに行った。
途中侍従を捕まえてルイスが風呂に入ることを伝える。平民として長く暮らしていたルイスを気遣い、用事を言われるまで極力干渉しないスタイルで仕えてくれるベテランの侍従だった。
それだけ言えば、着替えを用意してベッドを新しく整えてくれる。
ようやくルイスが動き出したとわかって、彼もホッとしたようだった。根でも生えるんじゃないかと思われていたようだ。
ルイスが動き出したついでに散らかった本やらを片付けていると、ルイスが入浴を終えて戻ってきた。
「あー!ベッドに入っててっていったのに」
「ルイスが早いんだよ」
温かいシーツに入るのが幸せなのに、とぶつぶつ文句を言っている。
手に持っていた本を本棚に置いて、ベンはベッドに飛び込んだルイスの頭を掴んだ。
「濡れてる」
「拭いてくれない?」
乾かさずに寝ると翌朝大変なことになるで、そこは一応乾かさねばと思っているようだ。
明日から本当に活動を開始するつもりなんだなと思う。
体重をすっかり預けてくるルイスを上体で支えつつ、髪を拭いてやる。ルイスは目を閉じてされるままになっていた。
「あー、気持ちいい。筋肉増えて、体温上がったよね」
「そうか?」
「うん、今から夏が心配」
「今までも大概暑かったけどな」
拭き終わってタオルを投げ、そのまま二人でベッドに横になった。
「――あんだけ寝てたら、眠くないだろ」
「全然、寝れそう。このぬくもりと、ベンの心臓の音聞いてると……」
そう言ってベンの胸の上に頭を乗せて、はあ、と気の抜けた息を吐く。
「しあわせ……」
それはルイスにとってベッドにいるのと同じような、快不快だけの意味なんだろうが。
自分の身体に抱き着いてそう言われると、たまらないものがあった。
「ルイス」
「ん」
「俺、お前の事、好きだ」
ルイスがベンを見上げた。至近距離で、金の瞳とぶつかる。引き込まれそうに輝いている、いつも目が離せない色だ。
「僕も好きだよ」
いつものように屈託のない様子で言われると、それで流してしまおうかという気になる。
その瞬間、アーチの顔がよぎった。
「一生お前を好きだと思う」
「え……うん……」
少し戸惑うように返事をして、ルイスが頭を起こした。
改まった言い方に、どうしたのだろうとベンを見る。
ベンはルイスの頬に手を当てて、言い聞かせるようにゆっくりと続けた。
「深い意味で。一生大切にしたいと思ってる」
「深い、って……」
「愛してる」
ルイスは目を見開いた。
思いもよらない言葉だったらしい。
ベンはその顔を見て、おかしくて笑ってしまった。
「――え、冗談?」
「いや、その顔がおかしくて笑っただけ。本気」
ルイスは少し赤くなった。
意味は伝わったようだ。
自分の評価が限りなく低いから、誰かが自分に好意を寄せるなんて全く思っていないんだろう。ベンから見ればたくさんの人間がルイスをそういう意味で好きになっているのに。
だからルイスが他人からの愛を知るのは、ベンが初めてだ。
そう思うとそれだけで言った価値があると、満足感があった。
「だってさ、僕、めんどくさいでしょ?」
「そうだな」
「毎晩こうやってたら、夜出かけられないし」
「どこも行かない」
「――僕、これからもずっとベンにわがまま言っちゃうと思うけど」
「だろうな」
「遠慮がないから、つい甘えちゃうし」
「ああ。すげー甘やかしてやる」
ルイスはぎゅっとベンの服を握りしめた。
「ベンがいつか離れて行くって、思わなくていいの……?」
「ああ。ずっと一緒にいる」
覚悟していた。いつか別れる時が来ると。心の準備はしないといけないと、言い聞かせていた。少なくとも成人したら、もう大丈夫だなって言ってどこか行くんじゃないかと思っていた。
ずっと一緒にいる、その言葉が、欠けていた体の一部を埋めていくような感じがした。
「ずっと?」
「ああ。俺はずっといるからって、いつも言ってるだろ?」
ルイスの頬をベンのかさついた手が撫でた。
「側にいたいって思ってるから」
ルイスは少しの間止まっていた。顔は赤いままで、どう答えていいのわからない様子だった。
「困ってるか?」
「え、いや……びっくりしてる」
「そっか」
「でも、嬉しい……かな」
「ああ」
ベンは顔を起こし、ルイスの頬に軽く口づけた。
驚くルイスににやりと笑う。
「こういうことしたいって思ってる」
「ちょっとそれは……恥ずかしいね」
「だよな」
ルイスの戸惑いにベンは笑って離れた。
ルイスの好きは、まだそこまでじゃない。
体の距離は近くても、本当に純粋に温もりを求めているだけ。
今はそれでもいい。他の誰よりもベンの肌が安心するという状態で。
このまま、育ててみせる。
ベンはルイスの体をいつものようにすっぽりと抱きしめた。
ふわふわした髪に顔を寄せ、唇を押し付ける。
「離さねえから」
そう低く呟かれて、ルイスは今までと違う、胸の奥でずくりと湧き上がるものを感じた。
戸惑いはするが、決して嫌ではない。
今まで全く意識していなかっただけに、本当にどうしていいかわからない。
ルイスは寝返りを打ってベンに背を向けた。
今まで落ち着くばかりだったベンの胸の上が、初めて少し落ち着かない気がした。
だが離れてしまうと寂しい。
戻ろうかどうか思案していると、ベンに後ろから抱きしめられた。
抱き枕のように絡みつかれる、よくあるいつもの体制だ。
「目が覚めちゃった……」
「明日の朝また言ってやるよ」
ルイスはドキドキして、胸を押さえた。
ベンの顔を見てなくて良かったと思う。
嬉しくて、落ち着かない。
新しく何かを見つけた時みたいだ。好きな本を見つけた時より、もっと心躍るような。
「僕、嬉しい。すごく嬉しい」
言葉にするとベンはふっと静かに笑った。
「そうか。じゃあ、これからは毎朝これで起こしてやろうか」
「うん」
ルイスはベンに言われた台詞を頭の中で何度も繰り返した。
ふわふわした感じ。ユリアが幸せそうにヘルマンに身を委ねていたのは、こんな感じなんだろうか。
ベンへの気持ちはまだよく分からないし照れ臭いけど。好きと言われるのがこんなに温かくなるなんて。
外側より、内側から温めてもらえるようだ。
お腹に回されたベンの太い腕をギュッと握った。
「ベン、ありがと」
「ああ」
「ずっと一緒なんだよね」
もう一回聞きたくて確認してみる。
ベンは何度でも言ってやる、というようにゆっくりとルイスの耳元で囁いた。
「ずっとそばにいる。お前から離れない」
何もせず過ごす、と公言した通り、ルイスは本当に部屋から出てこなかった。
ユリアは実はルイスがかなり自堕落な生活をしていたのを知らない。ユリアが寮に戻ってきている時にはそれなりに取り繕って心配させまいとしていたから。
顔を見ないまま引きこもって翌々日の夕方、ユリアは流石にちょっと心配になった。
食事を取りに来たベンを見かけて声をかけた。
「あー、まだ寝てます。たまに起きてますけど、本読んだり、ぼーっとしたり」
それもベッドの上だ。
「疲れちゃったのかな。……大丈夫そう?」
「よくあんなに寝て体が痛くならないもんだなと思いますね。ベッドはやらかいけど」
「具合が悪いわけじゃないよね」
医師でも呼びそうな勢いだ。
「予定では今夜起きるって言ってましたけど、用事がないなら延長したいって言ってました。手の届くところにいるもん全部おいて、めっちゃ幸せそうですけど。顔見に来ますか?」
「そ、そうなの?」
ごろごろ寝て過ごしたことがないユリアには思いもよらない過ごし方のようだ。
「元気なら、いいんだ。ごめんね、すごくお世話してもらっちゃって。甘やかさなくていいからね」
ベンが持つ食事のトレイを見てユリアが言った。
「でもあいつ、ここのとこすげー頑張ってたんで。気が済むまで甘やかしてやってもいいかなって」
「ベン君……」
ルイスの世話がものすごく手慣れている。
思い返してみれば、ベンはこうやっていつも世話を焼いていたような気がする。
「ベン君がいてよかった。本当にありがとうね」
「いや、今別にすることもないんで」
「今回だけじゃなくて。小さい時からルイスを連れてあちこち行ってくれて、ずっと面倒見てくれてたよね。ベン君がずっとルイスを支えてくれてたんだって気づいて。――本当に感謝しかない」
「俺……なんもしてないです」
「ルイスの心に寄り添ってくれて、ありがとうございます」
ユリアは改まって頭を下げた。
「いや、俺、楽しくてつるんでただけなんで」
ベンは照れたように言った。
「これからも。一緒にいたいからいるだけなんで」
「うん。ありがとう」
ユリアが見せた笑顔はルイスとよく似ていた。
部屋に入るとベッドの下にゴミが落ちていた。お菓子の包み紙だ。
テーブルに夕食を置いてそれを拾いながらゴミ箱に入れ、ベッドをみると、シーツにくるまった丸い塊がもぞもぞと動いた。
「起きてるか?晩飯持ってきたけど」
「起きてる。……でも起きたくない」
「四十八時間経ったぞ」
「あっという間だったな……」
心底残念そうにため息をつく。
「フェルナンド様が、明日も特に予定はないって言ってたけど」
「あー、悪魔が囁いてる」
「じゃあ起きて食べろよ、こっち来て」
ルイスはもぞもぞと動くだけで、ミノムシのように丸まったまま出てくる気配はない。
「お前、ほんとベッド好きだな」
「うん、好き。大好き。ずっとここにいたい」
「ユリアさん心配してたぞ」
「えっ……」
ルイスの顔が初めて出た。
「ナマケモノのくせに猫被るからだ。幸せそうに寝てるって言っといた」
「あー……そうだよね……いい加減起きないとね……」
みんな仕事を再開している。ヘルマンもベンも一日も欠かさず鍛錬している。
せめて外に出て体を動かさないといけないだろう。
「みんな働き者だな……」
はあ、とまた大きくため息をついて上体を起こした。
「ああ、久しぶりに起きたら……ふらふらする」
ベンが呆れたようにため息をついて、ベッドまで来て腰掛けた。マットが傾き、それにもたれるようにしてしばらくルイスは目を閉じる。
「――ルイス、寝るなよ」
「んー……」
ベンが手を伸ばして机を引き寄せた。
「とりあえず食べて、今日はもう寝れば?」
「うん……収まってきた」
ルイスは首だけ起こして、のろのろと食事に手を伸ばす。
身体はまだ密着したままで支えにされていた。
「スープ冷めてる」
「はいはい。温めて来ようか?」
目覚めた時に食べるから冷製のものばかり運んでいたら、温かいスープも欲しいと言われたので持ってきたのだが。それでも部屋に入った時にはまだ湯気が立っていたのに。
文句を言いながらもルイスは完食した。
「あー、おいしかった。ありがと。なんで動いてないのにおなか減るんだろうね」
「そうだな。俺も不思議だわ」
食べ終わった食器を片付けて立ち上がる。ルイスは再びシーツにくるまっていた。
「風呂入れば?」
「――臭う?」
ルイスはくんくんと自分の服を臭った。
「臭わねえけど、そろそろ髪が絡まりそう」
ずっとゴロゴロしすぎて、猫のようなルイスの毛は下手をするとフェルトが出来上がってしまう。
「そうだね……そろそろ人間に戻る準備をするか……」
「じゃあ俺これ片付けて来るから」
「うん。ベンは?」
「俺は訓練後済ませた」
「じゃあベッドあっためといて」
人を温石代わりにしようとしている。
ベンはハイハイと言って食器を片付けに行った。
途中侍従を捕まえてルイスが風呂に入ることを伝える。平民として長く暮らしていたルイスを気遣い、用事を言われるまで極力干渉しないスタイルで仕えてくれるベテランの侍従だった。
それだけ言えば、着替えを用意してベッドを新しく整えてくれる。
ようやくルイスが動き出したとわかって、彼もホッとしたようだった。根でも生えるんじゃないかと思われていたようだ。
ルイスが動き出したついでに散らかった本やらを片付けていると、ルイスが入浴を終えて戻ってきた。
「あー!ベッドに入っててっていったのに」
「ルイスが早いんだよ」
温かいシーツに入るのが幸せなのに、とぶつぶつ文句を言っている。
手に持っていた本を本棚に置いて、ベンはベッドに飛び込んだルイスの頭を掴んだ。
「濡れてる」
「拭いてくれない?」
乾かさずに寝ると翌朝大変なことになるで、そこは一応乾かさねばと思っているようだ。
明日から本当に活動を開始するつもりなんだなと思う。
体重をすっかり預けてくるルイスを上体で支えつつ、髪を拭いてやる。ルイスは目を閉じてされるままになっていた。
「あー、気持ちいい。筋肉増えて、体温上がったよね」
「そうか?」
「うん、今から夏が心配」
「今までも大概暑かったけどな」
拭き終わってタオルを投げ、そのまま二人でベッドに横になった。
「――あんだけ寝てたら、眠くないだろ」
「全然、寝れそう。このぬくもりと、ベンの心臓の音聞いてると……」
そう言ってベンの胸の上に頭を乗せて、はあ、と気の抜けた息を吐く。
「しあわせ……」
それはルイスにとってベッドにいるのと同じような、快不快だけの意味なんだろうが。
自分の身体に抱き着いてそう言われると、たまらないものがあった。
「ルイス」
「ん」
「俺、お前の事、好きだ」
ルイスがベンを見上げた。至近距離で、金の瞳とぶつかる。引き込まれそうに輝いている、いつも目が離せない色だ。
「僕も好きだよ」
いつものように屈託のない様子で言われると、それで流してしまおうかという気になる。
その瞬間、アーチの顔がよぎった。
「一生お前を好きだと思う」
「え……うん……」
少し戸惑うように返事をして、ルイスが頭を起こした。
改まった言い方に、どうしたのだろうとベンを見る。
ベンはルイスの頬に手を当てて、言い聞かせるようにゆっくりと続けた。
「深い意味で。一生大切にしたいと思ってる」
「深い、って……」
「愛してる」
ルイスは目を見開いた。
思いもよらない言葉だったらしい。
ベンはその顔を見て、おかしくて笑ってしまった。
「――え、冗談?」
「いや、その顔がおかしくて笑っただけ。本気」
ルイスは少し赤くなった。
意味は伝わったようだ。
自分の評価が限りなく低いから、誰かが自分に好意を寄せるなんて全く思っていないんだろう。ベンから見ればたくさんの人間がルイスをそういう意味で好きになっているのに。
だからルイスが他人からの愛を知るのは、ベンが初めてだ。
そう思うとそれだけで言った価値があると、満足感があった。
「だってさ、僕、めんどくさいでしょ?」
「そうだな」
「毎晩こうやってたら、夜出かけられないし」
「どこも行かない」
「――僕、これからもずっとベンにわがまま言っちゃうと思うけど」
「だろうな」
「遠慮がないから、つい甘えちゃうし」
「ああ。すげー甘やかしてやる」
ルイスはぎゅっとベンの服を握りしめた。
「ベンがいつか離れて行くって、思わなくていいの……?」
「ああ。ずっと一緒にいる」
覚悟していた。いつか別れる時が来ると。心の準備はしないといけないと、言い聞かせていた。少なくとも成人したら、もう大丈夫だなって言ってどこか行くんじゃないかと思っていた。
ずっと一緒にいる、その言葉が、欠けていた体の一部を埋めていくような感じがした。
「ずっと?」
「ああ。俺はずっといるからって、いつも言ってるだろ?」
ルイスの頬をベンのかさついた手が撫でた。
「側にいたいって思ってるから」
ルイスは少しの間止まっていた。顔は赤いままで、どう答えていいのわからない様子だった。
「困ってるか?」
「え、いや……びっくりしてる」
「そっか」
「でも、嬉しい……かな」
「ああ」
ベンは顔を起こし、ルイスの頬に軽く口づけた。
驚くルイスににやりと笑う。
「こういうことしたいって思ってる」
「ちょっとそれは……恥ずかしいね」
「だよな」
ルイスの戸惑いにベンは笑って離れた。
ルイスの好きは、まだそこまでじゃない。
体の距離は近くても、本当に純粋に温もりを求めているだけ。
今はそれでもいい。他の誰よりもベンの肌が安心するという状態で。
このまま、育ててみせる。
ベンはルイスの体をいつものようにすっぽりと抱きしめた。
ふわふわした髪に顔を寄せ、唇を押し付ける。
「離さねえから」
そう低く呟かれて、ルイスは今までと違う、胸の奥でずくりと湧き上がるものを感じた。
戸惑いはするが、決して嫌ではない。
今まで全く意識していなかっただけに、本当にどうしていいかわからない。
ルイスは寝返りを打ってベンに背を向けた。
今まで落ち着くばかりだったベンの胸の上が、初めて少し落ち着かない気がした。
だが離れてしまうと寂しい。
戻ろうかどうか思案していると、ベンに後ろから抱きしめられた。
抱き枕のように絡みつかれる、よくあるいつもの体制だ。
「目が覚めちゃった……」
「明日の朝また言ってやるよ」
ルイスはドキドキして、胸を押さえた。
ベンの顔を見てなくて良かったと思う。
嬉しくて、落ち着かない。
新しく何かを見つけた時みたいだ。好きな本を見つけた時より、もっと心躍るような。
「僕、嬉しい。すごく嬉しい」
言葉にするとベンはふっと静かに笑った。
「そうか。じゃあ、これからは毎朝これで起こしてやろうか」
「うん」
ルイスはベンに言われた台詞を頭の中で何度も繰り返した。
ふわふわした感じ。ユリアが幸せそうにヘルマンに身を委ねていたのは、こんな感じなんだろうか。
ベンへの気持ちはまだよく分からないし照れ臭いけど。好きと言われるのがこんなに温かくなるなんて。
外側より、内側から温めてもらえるようだ。
お腹に回されたベンの太い腕をギュッと握った。
「ベン、ありがと」
「ああ」
「ずっと一緒なんだよね」
もう一回聞きたくて確認してみる。
ベンは何度でも言ってやる、というようにゆっくりとルイスの耳元で囁いた。
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ご感想ありがとうございます!!
いつものようにニヤニヤして読みました笑
ユリアが朝起きてこないことにもはや誰もつっこまないんですよね。
ƪ(˘⌣˘)ʃ
引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。
ご感想ありがとうございます!
鋭い考察にドキドキしております…
(;゙゚'ω゚'):
そして何回も読んじゃう。ありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。
ご感想ありがとうございます!!
ニヤニヤしながら何回も読んでしまいます。
ちょっと成長した登場人物たちを楽しんでいただけたらと思います。
よろしくお願いします🙇