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第3話 聖ネチェロ孤児院
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それから3日間、ヒロトは喫茶店のいろはをたたき込まれた。マスターは客には優しかったが、仕事にプライドを持っていたので指導は想像以上に大変なものだった。
4日目の昼、ヒロトが厨房で一息ついているとマスターからお呼びがかかった。言われるままに店内に戻る。
マスターは窓際の席に座ってヒロトを手招きしていた。対面には一人のうら若い女性が座っている。
「ヒルダ婦人、こちらがヒロトです」
「ヒロト、こちらは聖ネチェロ孤児院を経営してらっしゃるヒルダ婦人だよ」
マスターはそう言って紹介をしてくれた。
ヒルダ婦人はきれいなピンク色のワンピースで着飾っていて美しい顔立ちをした人だった。
「そんなにじっと見られると、はずかしいわ」
婦人に気をとられていたヒロトははっとする。
「あ、ごめんなさい。きれいな人だと思ったので」
動揺してつい思ったことが口をついてでてしまう。だが、
「大丈夫よ。あなたがヒロトね」
ヒルダ婦人は落ち着いた笑みでフォローをしてくれた。
大人の余裕を見せられますます心に傷を負ったヒロトだったが、マスターがヒルダ婦人を紹介してくれた理由を考える。答えはすぐにわかった。
「僕を雇ってくださるんですか」
「ええ、そうよ。私たちの仕事は大変だけどとても楽しいわ。よろしくね」
そう言われて握手を求められる。
話ヒロトのいないところで話が、決まったようだが大丈夫なのだろうか。マスターのほうに目をやるとマスターはうなずいた。その目が大丈夫だと言っているような気がした。ヒロトはヒルダ婦人の方に向き直る。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
こうして、ヒロトの次の仕事が決まったのだった。
次の日、マスターはヒロトにコートを持たせてくれた。聞くに昔マスターが使っていたコートだそうだ。丈夫な革でできていて大雪が降っても暖かそうだった。
「お世話になりました」
そう言って、ヒロトは精一杯の気持ちを込めて深くお辞儀をした。短い間だったがこの街で最初にヒロトを助けてくれて、また気遣ってくれた人だった。正直不安が絶えなかったが、この人のもとで一生懸命に仕事をしたおかげで少しはこの街になれることができた。感謝の念は絶えない。
「私も楽しかった。また来なさい。いつでも相談に乗のでな」
そう言って、マスターは柔和な笑顔を浮かべた。互いにがしっと握手をする。
「では、行ってきます」
ヒロトはそう言って通りに出る。マスターはヒロトの姿が見えなくなるまで見守ってくれていたようだった。
ヒロトはヒルダさんからもらった紙切れを見て孤児院を探していた。
「トレロン区、4番街、ええっと、ウィンデルン通り?」
辺境から来た田舎者にとってはこの街は複雑だ。それはネルスが地上を一番街として地下5番街まで広がっているためである。マスターの喫茶店や神殿は地上の1番街だったので問題無かったが今はそうもいかない。階段が幾重にも重なり建物は立体交差をする。きちんと採光がされ整った街並みだが、平面的な土地に住んでいたヒロトはおおいに悩むのだった。
なんとか慣れてきた頃、商店街が見えてきた。地上の格式ある街並みと違いここでは露店が立ち並び人と熱気で溢れかえっている。煙がもうもうと立ち上り辺りは少し煙っていた。
「いらっしゃい!ゴエニアから直送の新鮮なトマトだよ」
「おっ、にいちゃんここは初めてかい?ちょっと見ててってくれよ」
「今日一番あがりのマスだよ。お安くしとくよ 」
ヒロトが歩くと商人の掛け声が高々と響く。ベテランの彼らにとってはヒロトが外からやってきたことは一目瞭然で、何も知らない無垢な目は良い金ヅルに見えるのだろう。実際、ヒロトも珍しい食べ物や怪しげな装飾品を見物するのに忙しかった。しかし、
「やばいっ、約束の時間になるっ」
近くの時計塔を見ると時間はヒロトを許してくれないようだ。名残惜しいが足早に商店街を突き抜ける。落ち着いたらまたくる機会もあるだろう。ヒロトはそう心に誓ってこの場を離れた。
「あれ、こっちであってるかな」
教えられた場所に近づくにつれて辺りは閑散としてきて人通りも少なくなった。ふと曲がり角を覗くと向こうの窓の外で雲が流れているのが分かる。刻限が迫っていることをしばし忘れてしまったヒロトは窓に駆け寄ってみた。どうやらちょうど崖をぶち抜くようにして通気口が設けられているらしい。
「うわぁ、すごいなぁ」
顔を出して下を見てみると体の毛穴という毛穴がぎゅっと閉まったのがわかった。見えたのは底の知れない蒼穹の深淵。一体この青がどこまで続いているのかヒロトには分からない。いや、この世の何人たりとも真実を知っているものは居ないのだろう。そんなことを考えると突然不安に襲われる。もし何かの拍子にここから落ちたら。ヒロトは誰も知らない世界へたった一人で落ちて行くのだ。どこまでもどこまでもーーーー。
突然、びゅうと風が頰を撫でる。はっと我に帰ったヒロトは急いで孤児院探しに戻るのだった。
「ようこそ、聖ネチェロへ」
ぎりぎり間に合ったヒロトはヒルダ夫人の歓迎を受けていた。孤児院は4番街の裏路地を少し下ったところにある。ほのかに暗くてあまり子供を育てるには良いと言えないが、竹垣の向こうからは元気な声が聞こえてきた。
「ここには11人の子どもたちがいるの。この子たちのほとんどは親がいないのよ」
ヒルダさんは人差し指を振りながら説明する。
「職員は私を含めて3人。ニックとレティシアって言う女の子がいるわ。今は、そうね、二人とも出払ってるし私も用事があるから案内は院の誰かに頼もうかしら」
「ついてきて」
そう言ってヒルダ夫人は垣根の扉を抜け中に入っていく。ヒロトもそれに続いた。
「お邪魔しまーす」
敷地の中には芝生の敷かれた小さな庭があった。木も何本が生えている。子どもたちが騒ぎながら走り回っていた。縁側には本を読んでいる子や折り紙を折っている子もいる。
「みんなー集まって!」
ヒルダさんが一声かけると子どもたちがわらわらと集まってきた。
「みんなに紹介したい人がいるの。こちら、新しくみんなのお世話をしてくれるヒロトさんよ。じゃあ歓迎の意を込めてご挨拶しましょう!」
「せーの、、ようこそヒロトお兄ちゃん」
「よろしくー!」
「院長に変なことしちゃダメだぞ」
「ねえ、何して遊ぶ?」
なんだか色んな声がぐわんぐわんと聞こえてきたが、概ね歓迎されているようだ。何よりみんな元気があって幸せそうなところがこの施設の実態を物語っている。
「よろしく、みんな!」
4日目の昼、ヒロトが厨房で一息ついているとマスターからお呼びがかかった。言われるままに店内に戻る。
マスターは窓際の席に座ってヒロトを手招きしていた。対面には一人のうら若い女性が座っている。
「ヒルダ婦人、こちらがヒロトです」
「ヒロト、こちらは聖ネチェロ孤児院を経営してらっしゃるヒルダ婦人だよ」
マスターはそう言って紹介をしてくれた。
ヒルダ婦人はきれいなピンク色のワンピースで着飾っていて美しい顔立ちをした人だった。
「そんなにじっと見られると、はずかしいわ」
婦人に気をとられていたヒロトははっとする。
「あ、ごめんなさい。きれいな人だと思ったので」
動揺してつい思ったことが口をついてでてしまう。だが、
「大丈夫よ。あなたがヒロトね」
ヒルダ婦人は落ち着いた笑みでフォローをしてくれた。
大人の余裕を見せられますます心に傷を負ったヒロトだったが、マスターがヒルダ婦人を紹介してくれた理由を考える。答えはすぐにわかった。
「僕を雇ってくださるんですか」
「ええ、そうよ。私たちの仕事は大変だけどとても楽しいわ。よろしくね」
そう言われて握手を求められる。
話ヒロトのいないところで話が、決まったようだが大丈夫なのだろうか。マスターのほうに目をやるとマスターはうなずいた。その目が大丈夫だと言っているような気がした。ヒロトはヒルダ婦人の方に向き直る。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
こうして、ヒロトの次の仕事が決まったのだった。
次の日、マスターはヒロトにコートを持たせてくれた。聞くに昔マスターが使っていたコートだそうだ。丈夫な革でできていて大雪が降っても暖かそうだった。
「お世話になりました」
そう言って、ヒロトは精一杯の気持ちを込めて深くお辞儀をした。短い間だったがこの街で最初にヒロトを助けてくれて、また気遣ってくれた人だった。正直不安が絶えなかったが、この人のもとで一生懸命に仕事をしたおかげで少しはこの街になれることができた。感謝の念は絶えない。
「私も楽しかった。また来なさい。いつでも相談に乗のでな」
そう言って、マスターは柔和な笑顔を浮かべた。互いにがしっと握手をする。
「では、行ってきます」
ヒロトはそう言って通りに出る。マスターはヒロトの姿が見えなくなるまで見守ってくれていたようだった。
ヒロトはヒルダさんからもらった紙切れを見て孤児院を探していた。
「トレロン区、4番街、ええっと、ウィンデルン通り?」
辺境から来た田舎者にとってはこの街は複雑だ。それはネルスが地上を一番街として地下5番街まで広がっているためである。マスターの喫茶店や神殿は地上の1番街だったので問題無かったが今はそうもいかない。階段が幾重にも重なり建物は立体交差をする。きちんと採光がされ整った街並みだが、平面的な土地に住んでいたヒロトはおおいに悩むのだった。
なんとか慣れてきた頃、商店街が見えてきた。地上の格式ある街並みと違いここでは露店が立ち並び人と熱気で溢れかえっている。煙がもうもうと立ち上り辺りは少し煙っていた。
「いらっしゃい!ゴエニアから直送の新鮮なトマトだよ」
「おっ、にいちゃんここは初めてかい?ちょっと見ててってくれよ」
「今日一番あがりのマスだよ。お安くしとくよ 」
ヒロトが歩くと商人の掛け声が高々と響く。ベテランの彼らにとってはヒロトが外からやってきたことは一目瞭然で、何も知らない無垢な目は良い金ヅルに見えるのだろう。実際、ヒロトも珍しい食べ物や怪しげな装飾品を見物するのに忙しかった。しかし、
「やばいっ、約束の時間になるっ」
近くの時計塔を見ると時間はヒロトを許してくれないようだ。名残惜しいが足早に商店街を突き抜ける。落ち着いたらまたくる機会もあるだろう。ヒロトはそう心に誓ってこの場を離れた。
「あれ、こっちであってるかな」
教えられた場所に近づくにつれて辺りは閑散としてきて人通りも少なくなった。ふと曲がり角を覗くと向こうの窓の外で雲が流れているのが分かる。刻限が迫っていることをしばし忘れてしまったヒロトは窓に駆け寄ってみた。どうやらちょうど崖をぶち抜くようにして通気口が設けられているらしい。
「うわぁ、すごいなぁ」
顔を出して下を見てみると体の毛穴という毛穴がぎゅっと閉まったのがわかった。見えたのは底の知れない蒼穹の深淵。一体この青がどこまで続いているのかヒロトには分からない。いや、この世の何人たりとも真実を知っているものは居ないのだろう。そんなことを考えると突然不安に襲われる。もし何かの拍子にここから落ちたら。ヒロトは誰も知らない世界へたった一人で落ちて行くのだ。どこまでもどこまでもーーーー。
突然、びゅうと風が頰を撫でる。はっと我に帰ったヒロトは急いで孤児院探しに戻るのだった。
「ようこそ、聖ネチェロへ」
ぎりぎり間に合ったヒロトはヒルダ夫人の歓迎を受けていた。孤児院は4番街の裏路地を少し下ったところにある。ほのかに暗くてあまり子供を育てるには良いと言えないが、竹垣の向こうからは元気な声が聞こえてきた。
「ここには11人の子どもたちがいるの。この子たちのほとんどは親がいないのよ」
ヒルダさんは人差し指を振りながら説明する。
「職員は私を含めて3人。ニックとレティシアって言う女の子がいるわ。今は、そうね、二人とも出払ってるし私も用事があるから案内は院の誰かに頼もうかしら」
「ついてきて」
そう言ってヒルダ夫人は垣根の扉を抜け中に入っていく。ヒロトもそれに続いた。
「お邪魔しまーす」
敷地の中には芝生の敷かれた小さな庭があった。木も何本が生えている。子どもたちが騒ぎながら走り回っていた。縁側には本を読んでいる子や折り紙を折っている子もいる。
「みんなー集まって!」
ヒルダさんが一声かけると子どもたちがわらわらと集まってきた。
「みんなに紹介したい人がいるの。こちら、新しくみんなのお世話をしてくれるヒロトさんよ。じゃあ歓迎の意を込めてご挨拶しましょう!」
「せーの、、ようこそヒロトお兄ちゃん」
「よろしくー!」
「院長に変なことしちゃダメだぞ」
「ねえ、何して遊ぶ?」
なんだか色んな声がぐわんぐわんと聞こえてきたが、概ね歓迎されているようだ。何よりみんな元気があって幸せそうなところがこの施設の実態を物語っている。
「よろしく、みんな!」
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