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第7話 初日
しおりを挟むうず高く商品が積まれた倉庫から必要な分だけ持ち出し、2人は孤児院に戻る。子供達はヒルダさんから算術を習っている最中だった。
「これはククというの。物の数を考える時にとても便利なのよ」
ヒロトもじいちゃんに習ったことがある。もうだいぶ前の話なので忘れかけているが。みんなと一緒に習った方がいいだろうか?
そんなことを考えていると、教室の中の一人の少女に目が止まった。
「あの子、金髪の女の子はなんて名前?」
ククを全員が覚えたら一番街まで遠足に行こうと言い出したヒルダさんを尻目にその少女は話を聞かずに本を読んでいた。
「ああ、あの子はルナリア」
そう言ってニックは耳打ちしてくる。
「ここだけの話、彼女は孤児じゃなくてメノルイン家の隠し子なんだ」
「隠し子!?」
ニックはうなずく。彼の話によると1年前くらいにヒルダ婦人がふらりと「拾ってきた」そうだ。しかし、ある時彼が洗濯をしていると彼女の物の中から家紋の入ったハンカチが出てきた。不思議に思って調べてみると、その家紋は一番街の貴族街に屋敷を構えるメノルイン家のものであることが分かったのだ。
なるほど多少推測の域を出ないが、彼女がただの「孤児」ではないことは確かだ。
持って帰った物のうちいくつかは倉庫に保管して残りは作業部屋に移した。後でみんなで仕事をするという。
「ヒロト、あなたは料理が出来るの?」
ニックと別れたヒロトは、次なる仕事を求めて調理場にやって来ていた。時刻は十一の刻。レティシアが昼食を作っている最中だった。
「僕もここにくる前は一人で生活してたから。一応料理も出来るよ」
「じゃあ、そこの玉ねぎの皮を剥いてくれない?」
「了解、シェフ」
ヒロトは近くにあった流しの中で手際よく皮を剥いていく。途中、横で料理をしているレティシアを見るのも忘れない。今の彼女は黄色のエプロンを着けていて背中まで届く髪は一つに纏めていた。巷ではポニィテイルと言うらしい。
「その髪の色、綺麗だね」
出会った時から思っていたことだが彼女のような髪色の人に出会ったことがない。オロフを立ってラルスの孤児院に来るまでずっとだ。
「あ、ありがと」
ヒロトは褒めたつもりだったがレティシアには微妙な顔をされた。
「レティシアはここに来てからどれくらいなの?」
「10年、くらいかな」
「へぇ、結構長く居るんだね」
「うん、その時は職員としてではなかったけど15歳の誕生日から正式にここで雇ってもらっているの」
「そっか」
きっとレティシアもここに来るまでに辛い過去を通ってきたのだろう。そもそも、ヒロト自身もそうであり、ここに来る子供達はみんな訳ありだ。
だけど、とヒロトは考える。それぞれの過去がどうあろうとも過去は過去に過ぎない。むしろ大切なのは「今」と「これから」のことだ。傷口に触れないということではなく、今の時間、これからの時間をみんなで楽しく過ごそうという意識でこれから頑張っていきたいと素直に思う。思ったが、、
「ねぇヒロト、私の話は良いんだけどその玉ねぎどこまで剥くつもりなの?」
「えっ?」
言われて見ると玉ねぎが親指くらいの大きさになっていた。
「あっ」
「全くもう…」
ついつい考え事に耽り、意気込んだ挙句空回りしてしまったらしい。恥ずかしながら。
まあでも過ぎたことだ。気にしない気にしない。
レティシアは流しに捨てられた玉ねぎの食べられるところを念入りに洗って自分が番をしていた鍋の中に放り込む。ヒロトは今度こそ剥きすぎないように気をつけながら次の玉ねぎに取り掛かるのだった。
作ったカレイで食卓を囲んだ後は仕事の時間だった。5、6人でグループを作って畑仕事と衣服の修繕をやっていく。いづれも今朝商会から運んできたものだ。ヒルダさんの方針で特に男女で分けずに仕事を振る。将来の選択肢を出来るだけ多くするためだそうだ。
ヒロトは農作業ならお手のものだったので畑組の監督に着いた。畑は孤児院の裏手の方にあるらしい。皆慣れた様子で鍬やスコプ、水桶を持ち出して一同畑へ向かった。
「なかなか良い土だね」
「お兄ちゃんわかるの?」
見上げると今朝ヒロトを起こしに来た少女、確か、アイシャという名前だったはず。
「ああ、前いた所でやってたからね。それにしても良く手入れをしているね」
「うん!」
畑には色とりどりの野菜が植わっていた。この辺りだけでもキャベジにキューリー、トマト、モロコシなど多くの野菜が作られているのが分かる。高度に都市化されたネルスでは、畑が作りにくく新鮮な野菜は近隣から早馬で輸送するか細々と零細農業をするかしかない。孤児院の畑は敷地4、5区画分を取り壊して畑にしたのか、比較的広い土地で農業が出来ている為これだけの種類と量が生産出来るのだろう。
「じゃあ、取り敢えずみんなで耕そうか」
ヒロトの指揮のもと種まきが始まった。
その後は皆でわいわいと作業に勤しんだ。途中、ロトがヒロトのポケットにミミズを突っ込もうとしたり、それを見て怯えたルナリアが反動でロトを突き飛ばしたりといろいろハプニングもあったが結果的に種を蒔き終えるところまで終わった。任務完了。あとは欠かさずに水やりをしてやれば秋頃には実がつくらしい。みんなで育てた野菜はきっと美味しいだろう。
「疲れたって顔に書いてあるわよ」
そう言ってヒルダ婦人がレモネードの入ったグラスを置いた。夕食後の席だ。院の子供達は今ニックが寝かせに行っている。
「お疲れ様、どうだった?今日一日働いてみて」
同席していたレティシアが聞いてくる。
「想像はしていたけどやっぱりくたくただよ。でも、こんなにみんなと何かをした事は島では無かったことだから楽しかったな」
「そう、なら良かったわ。初めてって何でも大変なのよ。でもそのうち慣れてくると思うから、その時は期待しているわよ」
「そりゃあもう、頑張りますよ」
ヒロトは拳を固めて意気込みを示す。
ヒルダ婦人の期待とあらば応えないといけない。この場所は早くもヒロトにとって居心地のいい場所となりつつあるし、事実この大都市での唯一のヒロトの食い扶持とも言える。頑張らないでどうしようというのか。
ともあれ、まだまだ分からない事だらけなので、今晩は院の子供達の名前を覚えるところから2人に教えてもらうことにした。
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