廃ホテルの十一人 ―鬼守の血統―

猫森満月

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第2話「十一人目」

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 悠真の指差す先、吹き抜けの階段の闇に、皆の視線が突き刺さる。そこにいた。古い洋画に出てくる人形のように、小さな少女が微動だにせず立っている。いつから。どうやって。誰一人として、彼女がそこに至るまでの気配を感じ取れていなかった。

「……誰?」

 美咲が絞り出した声は、乾いた唇に張り付いてか細く響いた。
 少女は質問には答えず、ゆっくりと階段を数段下りてくる。かろうじて懐中電灯の光が届く範囲まで姿を現した。年は十四、五歳だろうか。切りそろえられた黒髪に、大きな瞳。だが、その瞳には年齢にそぐわない、底の知れない静けさが湛えられていた。

「あなたはバスに乗ってた?」
 運転手の岡田が問い詰めるが、少女は小さく首を横に振るだけだ。

「じゃあ、一体どこから……」
 岡田の言葉を遮り、少女は初めて口を開いた。その声は鈴の音のように澄んでいながら、氷のような冷たさを帯びていた。

「鬼が来るから、静かにして」

 その言葉は、冷たい霧のようにロビーに広がり、乗客たちの肌を粟立たせる。ただでさえ張り詰めていた空気が、少女の一言で刃物のような緊張感に変わった。

「暗くて気味が悪い……。灯りはつかないのか」
 カメラマンの啓太が、懐中電灯の光で周囲を苛立たしげに照らしながら言った。


 その言葉に、悠真ははっとした。
「廃墟でも、完全に電気が死んでるとは限りません。大元のブレーカーが落ちてるだけかも」
 ホラーライターという職業柄、悠真はこれまで幾度となく廃墟の取材に足を運んでいた。管理事務所か、地下の機械室。そういう場所の構造には、ある程度の勘が働く。

「俺、見てきます。この暗闇じゃ、精神的にも参ってしまう」
「私も行きます!」

 悠真が立ち上がると同時に、美咲も懐中電-灯を握りしめて隣に立った。

「さっすが、高木さん!頼りになりますね!」
 不安な状況下でも、彼女の明るい声は一筋の光のように感じられた。

 悠真の予想通り、従業員用のバックヤードと思われる扉の先に、地下へと続く階段があった。カビと湿気の匂いが一層濃くなる。二人で慎重に階段を下りると、壁際に古びた配電盤が鎮座しているのが見えた。

「これですね……でも、どれがどこのスイッチか……」
 美咲が言う通り、ブレーカーのスイッチに貼られたシールの文字は、経年劣化でほとんどが掠れて読めない。

「ええい、ままよ!」
 悠真は一番大きなメインブレーカーと思われるスイッチを掴み、力任せに押し上げた。

 ガツン、という硬い手応え。
 一瞬の静寂の後、頭上で蛍光灯が数回点滅し、ジーッという音を立てて頼りない光を灯した。

 ロビーに戻ると、天井のシャンデリアや壁のランプが、ぼんやりとオレンジ色の光を放っていた。完全ではないが、闇の中にいるよりは遥かにマシだった。

「おお、ついたぞ!」
「高木さん、すごいじゃないか!」

 乗客たちから安堵の声が上がる。

 灯りがついたことで、人々の表情も少し和らいだ。そんな中、悠真は隅のソファに座る翔と優奈に目をやった。優奈はまだ小刻みに震えており、翔はそんな彼女の肩をぶっきらぼうに抱き寄せ、低い声で何かを囁いている。その横顔は、先ほどまでの刺々しい雰囲気が嘘のように穏やかだった。

「あの田中くん、見た目はちょっと怖いですけど、本当は優しいんですね」

 美咲が悠真の耳元でそっと囁いた。

「見た目より良い子っぽいですよ、きっと」

 その言葉に悠真が頷きかけた、その時だった。
 翔がゆっくりと立ち上がった。その目は、怯える恋人を守ろうとする決意に満ちていた。

「優奈、こんなジメジメした所にいられるかよ。もっとマシな部屋があるはずだ」

 彼は周囲にではなく、ただ優奈一人に向かって宣言した。

「俺が探してきてやる。お前のためだ」
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