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第11話「玲奈の警告」
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「危険なのは、その娘だ」
影山の低い声が、死を目の当たりにして静まり返った廊下に突き刺さった。その言葉は、生存者たちの間に新たな火種を投じた。恐怖は、わかりやすい標的を見つけると、憎悪と猜疑心へと姿を変える。
「やっぱりお前の仕業か!」
最初に動いたのは、またしても啓太だった。彼は半狂乱の形相で、廊下の隅に佇む玲奈に掴みかかろうとする。
「やめろ!」
悠真が啓太の腕を掴んで制止する。もみ合いになる二人。
「離せ!こいつが仲間を殺したんだ!」
「証拠でもあるのか!今は冷静になる時だ!」
パニックが連鎖する中、当の玲奈は、ただじっと、その様子を見ていた。まるで、自分とは無関係な演劇を鑑賞しているかのように。やがて彼女は、怯える大人たちに向かって、小さく首を傾げた。
「みんな、死んじゃった人に会いたくないの?」
その声は、悪意もなければ善意もない、ただ純粋な問いかけだった。
「翔くんも、さっきのおばさんも、優奈ちゃんも、会いたかった人に会えたんだよ。だから、あんなに嬉しそうだった」
彼女はにっこりと、無邪気に笑った。
「もうすぐ、みんなも会えるよ。自分の番が来ればね」
その言葉は、どんな暴力よりも恐ろしかった。それは、これまでの三つの死――翔の絶望、真由美の狂喜、優奈の恍惚――その全てを繋ぎ合わせる、呪いのような宣告だった。
「貴様……!」
啓太が再び激昂する。その時だった。
「お前……やはり、あの時の……」
震える声を発したのは、元教師の石川清一だった。彼の視線は、玲奈ではなく、彼女の前に立つ影山に向けられていた。
「二十年前の事故で、ただ一人だけ行方がわからなかった……あの若者か」
清一の顔からは血の気が失せ、その目は隠しようのない恐怖に揺れていた。
影山は、ゆっくりと清一の方を向いた。その顔には、深い憎しみが刻まれている。
「……思い出したか、石川先生。あんたが、俺たちをこの地獄に突き落としたんだ」
二人の間に、二十年という時を凝縮したような、殺意にも似た緊張が走る。
この二人は、ただの乗客ではない。二十年前の事件の当事者なのだ。
玲奈は、二人の対立には興味がないとでも言うように、ふと、啓太が落としたデジタルカメラに目をやった。
「わあ、すごい。これ、『デジカメ』ってやつ?チョーかっこいい」
「チョー……?」
美咲が、その古風な響きのスラングに眉をひそめた。二十年以上前に流行った言葉だ。
玲奈は、さらに不可解な言葉を続ける。
「私のお父さんも、昔『写ルンです』で撮ってくれたんだよ。駅前のサクライカメラで現像するの、いつも楽しみで……」
「サクライカメラ…?」
悠真は首を傾げた。
「そんな店、駅前にあったか?」
悠真の記憶では、駅前にあるのは大手チェーンの写真屋だけだ。
小さな違和感が、積み重なっていく。この少女は、一体何者なんだ。
悠真は、これ以上この危険な廊下にとどまるべきではないと判断した。
「もういい!とにかく、ここから移動するぞ!もっと見通しのいい、バリケードを作れる部屋を探すんだ!」
悠真の提案に、皆、異論はなかった。優奈の亡骸をその場に残していくことに罪悪感を覚えながらも、今は自分たちが生き残ることが最優先だった。
一行は、二階にある一番大きな特別室を目指すことにした。扉が頑丈で、中から鍵もかかる。
部屋の中は、他の場所と同様に埃っぽかったが、ロビーよりは遥かにマシだった。彩花は隅のベッドに優奈を失ったショックで未だ放心状態の優奈を、いや、優奈の死にショックを受けている彩花は、未だ放心状態の優奈を失ったショックから立ち直れていない。
悠真は、部屋の隅にあるクローゼットに目が留まった。念のため、誰かが隠れていないか確認しておく必要がある。
ゆっくりと扉を開ける。中は空っぽだったが、その奥の壁板が少しだけずれていることに気づいた。
「……隠しスペースか?」
壁板をこじ開けると、そこには小さな空間があり、一冊の古びた日記帳が置かれていた。湿気でページはよれよれになり、インクは滲んでいる。
それは、二十年前にここで失踪した、ある宿泊客が遺したものらしかった。
悠真は、懐中電灯の光で、かろうじて読める最後のページを照らし出した。そこには、恐怖に震える手で書かれたような、走り書きの文字が並んでいた。
『もう逃げられない。鬼が来る。儀式は失敗した。どうか、この呪いが、次の十一人に引き継がれませんように』
そして、その最後。
インクの染みが、絶望的な一文を記していた。
『特に、昨日生まれたばかりの、私の娘にだけは、この宿命を背負わせたくない。あの子の名前は――』
その下に書かれた名前に、悠真の隣で日記を覗き込んでいた美咲が、息を呑んだ。
彼女は自分の目を疑うように、何度もその名前と自分の名前を、見比べた。
そこに書かれていたのは、紛れもなく。
『佐藤 美咲』
という、五つの文字だった。
影山の低い声が、死を目の当たりにして静まり返った廊下に突き刺さった。その言葉は、生存者たちの間に新たな火種を投じた。恐怖は、わかりやすい標的を見つけると、憎悪と猜疑心へと姿を変える。
「やっぱりお前の仕業か!」
最初に動いたのは、またしても啓太だった。彼は半狂乱の形相で、廊下の隅に佇む玲奈に掴みかかろうとする。
「やめろ!」
悠真が啓太の腕を掴んで制止する。もみ合いになる二人。
「離せ!こいつが仲間を殺したんだ!」
「証拠でもあるのか!今は冷静になる時だ!」
パニックが連鎖する中、当の玲奈は、ただじっと、その様子を見ていた。まるで、自分とは無関係な演劇を鑑賞しているかのように。やがて彼女は、怯える大人たちに向かって、小さく首を傾げた。
「みんな、死んじゃった人に会いたくないの?」
その声は、悪意もなければ善意もない、ただ純粋な問いかけだった。
「翔くんも、さっきのおばさんも、優奈ちゃんも、会いたかった人に会えたんだよ。だから、あんなに嬉しそうだった」
彼女はにっこりと、無邪気に笑った。
「もうすぐ、みんなも会えるよ。自分の番が来ればね」
その言葉は、どんな暴力よりも恐ろしかった。それは、これまでの三つの死――翔の絶望、真由美の狂喜、優奈の恍惚――その全てを繋ぎ合わせる、呪いのような宣告だった。
「貴様……!」
啓太が再び激昂する。その時だった。
「お前……やはり、あの時の……」
震える声を発したのは、元教師の石川清一だった。彼の視線は、玲奈ではなく、彼女の前に立つ影山に向けられていた。
「二十年前の事故で、ただ一人だけ行方がわからなかった……あの若者か」
清一の顔からは血の気が失せ、その目は隠しようのない恐怖に揺れていた。
影山は、ゆっくりと清一の方を向いた。その顔には、深い憎しみが刻まれている。
「……思い出したか、石川先生。あんたが、俺たちをこの地獄に突き落としたんだ」
二人の間に、二十年という時を凝縮したような、殺意にも似た緊張が走る。
この二人は、ただの乗客ではない。二十年前の事件の当事者なのだ。
玲奈は、二人の対立には興味がないとでも言うように、ふと、啓太が落としたデジタルカメラに目をやった。
「わあ、すごい。これ、『デジカメ』ってやつ?チョーかっこいい」
「チョー……?」
美咲が、その古風な響きのスラングに眉をひそめた。二十年以上前に流行った言葉だ。
玲奈は、さらに不可解な言葉を続ける。
「私のお父さんも、昔『写ルンです』で撮ってくれたんだよ。駅前のサクライカメラで現像するの、いつも楽しみで……」
「サクライカメラ…?」
悠真は首を傾げた。
「そんな店、駅前にあったか?」
悠真の記憶では、駅前にあるのは大手チェーンの写真屋だけだ。
小さな違和感が、積み重なっていく。この少女は、一体何者なんだ。
悠真は、これ以上この危険な廊下にとどまるべきではないと判断した。
「もういい!とにかく、ここから移動するぞ!もっと見通しのいい、バリケードを作れる部屋を探すんだ!」
悠真の提案に、皆、異論はなかった。優奈の亡骸をその場に残していくことに罪悪感を覚えながらも、今は自分たちが生き残ることが最優先だった。
一行は、二階にある一番大きな特別室を目指すことにした。扉が頑丈で、中から鍵もかかる。
部屋の中は、他の場所と同様に埃っぽかったが、ロビーよりは遥かにマシだった。彩花は隅のベッドに優奈を失ったショックで未だ放心状態の優奈を、いや、優奈の死にショックを受けている彩花は、未だ放心状態の優奈を失ったショックから立ち直れていない。
悠真は、部屋の隅にあるクローゼットに目が留まった。念のため、誰かが隠れていないか確認しておく必要がある。
ゆっくりと扉を開ける。中は空っぽだったが、その奥の壁板が少しだけずれていることに気づいた。
「……隠しスペースか?」
壁板をこじ開けると、そこには小さな空間があり、一冊の古びた日記帳が置かれていた。湿気でページはよれよれになり、インクは滲んでいる。
それは、二十年前にここで失踪した、ある宿泊客が遺したものらしかった。
悠真は、懐中電灯の光で、かろうじて読める最後のページを照らし出した。そこには、恐怖に震える手で書かれたような、走り書きの文字が並んでいた。
『もう逃げられない。鬼が来る。儀式は失敗した。どうか、この呪いが、次の十一人に引き継がれませんように』
そして、その最後。
インクの染みが、絶望的な一文を記していた。
『特に、昨日生まれたばかりの、私の娘にだけは、この宿命を背負わせたくない。あの子の名前は――』
その下に書かれた名前に、悠真の隣で日記を覗き込んでいた美咲が、息を呑んだ。
彼女は自分の目を疑うように、何度もその名前と自分の名前を、見比べた。
そこに書かれていたのは、紛れもなく。
『佐藤 美咲』
という、五つの文字だった。
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