廃ホテルの十一人 ―鬼守の血統―

猫森満月

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第21話「口封じ」

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「儀式の邪魔は、させん…」

 石川清一の呟きは、祭壇の間に響く死刑宣告のようだった。その手には、鈍い銀色の光を放つ折り畳みナイフ。刃先は、憎悪と恐怖に燃え、真っ直ぐに影山の背中に向けられていた。

「石川さん!正気に戻れ!」 
 悠真が叫ぶが、その声は清一の耳には届いていなかった。彼の目は虚ろで、焦点が合っていない。まるで、二十年前の悪夢に囚われたままのようだ。

「あんた、何を言ってるんだ!あんたが儀式をめちゃくちゃにしたんじゃなかったのか!」
 岡田が怒鳴る。 

「そうだ……」
 清一は、壊れたレコードのように繰り返した。

「だからこそ、今度こそ成功させなければならんのだ。正しい『生贄』を捧げて、鬼を鎮め、この呪いを終わらせるのだ!」

 彼の視線が、一瞬、悠真と、そして玲奈に向けられた。 正しい生贄。その言葉の意味を悟り、悠真は背筋が凍るのを感じた。

「そのためには、まずお前からだ、影山!」

 清一は、狂気の叫びと共に、影山に襲いかかった。 だが、影山は冷静だった。彼はナイフを振りかざして突進してくる清一の腕をいなし、体を回転させてその背後に回り込む。あっという間に体勢が入れ替わり、影山が清一の首に腕を回して動きを封じた。

「ぐっ…!」 
「無駄なことを。あんたが俺に勝てるわけがないだろう」 

 影山の声は、氷のように冷たかった。

 だが、清一は諦めていなかった。 

「ひっ、ひひ…」
 彼は、喉を押さえつけられながら、不気味な笑い声を上げた。

「お前は、まだ気づいていないようだな、影山…」 
「何…?」 
「二十年間、この呪われた場所から逃げ出したお前と、この呪いを隠蔽し続けた俺と……どちらがより深く、このホテルの呪いに染まっていると、思う…?」

 その言葉の意味を、影山が理解するよりも早く、異変は起こった。 清一の体が、ありえない力で膨張し始めた。スーツの生地がはち切れんばかりに筋肉が盛り上がり、その瞳が、どす黒い赤色に染まっていく。

「なっ…!?」 
 影山が驚きに体勢を崩した、その一瞬の隙。 清一は拘束から逃れると、人間離れした速度で反転し、その手に握られたナイフを、影山の喉元へと突き立てた。

 ザシュッ、という生々しい音。 影山の喉から、鮮血が噴水のように噴き出した。

「か……はっ……」 
 影山は、信じられないという顔で自分の喉元を見つめ、ゆっくりと膝から崩れ落ちていった。

「影山さん!」 
 悠真と美咲が駆け寄る。だが、もう手遅れだった。喉を深く切り裂かれ、気管まで損傷しているのは明らかだった。彼は、ごぼごぼと血の泡を吹きながら、最後の力を振り絞って、床を指差した。 そして、自分の血で、何かを書き始めた。

「儀式ヲ…トメ……」

 そこで、影山の指の動きは止まった。 その体から、完全に力が抜けていく。 二十年の時を経て、復讐と贖罪のためにこの場所へ戻ってきた男は、その目的を果たすことなく、絶命した。

「ひ、ひひひ……あはははははは!」 
 影山を見下ろし、清一は甲高い笑い声を上げた。その姿は、もはや悠真たちが知る老教師のものではなかった。体は一回りも二回りも大きくなり、その目には、人間ではない何かの光が宿っている。 

「これで、邪魔者はいなくなった…」

 清一は、血に濡れたナイフを握りしめ、ゆっくりと悠真と玲奈の方を向いた。 

「さあ、儀式を始めようじゃないか。新しい『器』と、二十年ものの『案内人』を、この祭壇に捧げてな…!」

 鬼に魅入られた男が、新たな生贄を求めて、ゆっくりと歩みを進めてくる。 その一歩一歩が、残された生存者たちの命の終わりを告げる、カウントダウンのように響いていた。
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