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第6章:初めての対面と領主の申し出
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屋台の売り上げは驚くほど順調で、私の小さな革袋は少しずつ重みを増していた。このお金を貯めて、いつかは屋台ではなく、ちゃんと座って食べられる小さな店舗を構えたい。そんな夢を描き始めていたが、同時に新たな課題も見えてきていた。
一番の悩みは、食材の安定供給だ。特に、カツ丼の要であるブルートファングの肉が、最近品薄になりがちだった。私の屋台の人気が出たせいで需要が急増し、猟師たちが獲ってくる量では追いつかなくなってしまったのだ。
「うーん、どうしたものかしら……」
一人で頭を悩ませていた、そんなある日のこと。騎士のレオが慌てた様子で私の元へ駆け込んできた。
「アリア姉、大変だ! 辺境伯様がお呼びだ!」
「へ、辺境伯様が?」
辺境伯。このフォルティスを治める、最高権力者。まさか、私が追放された元公爵令嬢であることがバレて、何か罰せられるのでは……。一気に血の気が引いていく。貴族社会から逃れてきたつもりが、結局は逃げ切れなかったのだろうか。
不安で胸をいっぱいにしながら、私はレオに連れられて、町の小高い丘の上にそびえる質実剛健な城へと向かった。
通されたのは、華美な装飾こそないが、重厚な調度品が置かれた執務室だった。そして、そこに待っていたのは――。
「……あなたが、先日のお客様」
そこにいたのは、先日屋台に現れた、フードの男だった。フードを取った彼の姿は、息をのむほどに美しかった。陽光を弾く銀色の髪に、狼の獣性を感じさせる鋭い金色の瞳。高く通った鼻筋と、引き結ばれた唇は、彼の厳格な性格を表しているかのようだ。
「いかにも。私がこの地を治める、カイ・ヴォルフガングだ」
低く、よく通る声。やはり、この人が辺境伯だったのだ。
私は緊張のあまり、その場で貴族式のカーテシーをしようとして、自分が粗末な服を着ていることを思い出して慌ててやめた。
「座るがいい」
カイ様の前に立つと、彼の長身が一層際立つ。私は促されるまま、硬い椅子にそっと腰を下ろした。心臓が早鐘のように鳴っている。
「単刀直入に聞こう。君は、ヴァインベルク公爵家の令嬢、アリアンナだな?」
彼の金色の瞳が、真っ直ぐに私を見据える。もう隠し通すことはできない。私は観念して、小さく頷いた。
「……はい。ですが、今はただのアリアンナです」
「王都を追放された経緯も、聞いている」
カイ様の言葉に、私はぎゅっと拳を握りしめた。やはり、罰せられるのだ。エドワード殿下が、追放した私をさらに貶めるために、何か手を回したのかもしれない。
しかし、カイ様の口から出たのは、予想とは全く違う言葉だった。
「君を咎めるつもりはない。むしろ、礼を言いたい」
「……え?」
「君の作る『ヴィクトリー・ボウル』は、この町に活気をもたらした。猟師や農民は潤い、騎士たちの士気も上がっている。君は、この町の功労者だ」
思いがけない言葉に、私はただ目を瞬かせるばかりだった。
カイ様は、エドワード殿下とは違う。噂や家柄ではなく、自分の目で見て、物事の本質を判断する人なのだ。彼が元婚約者と旧知の間柄でありながら、そのやり方に反発している、という噂は本当だったのかもしれない。
「そこで、君に提案がある」
カイ様は、一枚の羊皮紙を私の前に差し出した。
「辺境伯家が管理する特別な猟場と農場がある。そこから、ブルートファングの肉やシルキーライスを、君に安定して供給することを約束しよう」
「本当ですか!?」
それは、私が今一番悩んでいた問題に対する、完璧な解決策だった。しかし、そんなうまい話があるだろうか。
「……代わりの、条件は?」
私が尋ねると、カイ様は少しだけ口元を緩めた。それは、彼の厳格な表情からは想像もできない、穏やかな笑みだった。
「城の厨房で働く料理人たちに、君の料理を教えてやってほしい。ここの食事は、栄養はあるが味気ない。兵たちの士気のためにも、改善が必要だ」
それは、私にとって願ってもない申し出だった。
「はい……! 喜んで、お受けいたします!」
私は、感謝の気持ちを込めて、深く頭を下げた。
この出会いが、私の、そしてカイ様の運命を、これから大きく動かしていくことになる。
私はこの時、彼の領主としての真摯な姿に、エドワード殿下には欠片もなかった本物の魅力を感じ始めていた。そして、カイ様もまた、逆境に屈せず自分の力で道を切り拓こうとする私という存在に、強い興味と、まだ名前のつかない温かい感情を抱き始めていることを、お互いにまだ知らなかった。
一番の悩みは、食材の安定供給だ。特に、カツ丼の要であるブルートファングの肉が、最近品薄になりがちだった。私の屋台の人気が出たせいで需要が急増し、猟師たちが獲ってくる量では追いつかなくなってしまったのだ。
「うーん、どうしたものかしら……」
一人で頭を悩ませていた、そんなある日のこと。騎士のレオが慌てた様子で私の元へ駆け込んできた。
「アリア姉、大変だ! 辺境伯様がお呼びだ!」
「へ、辺境伯様が?」
辺境伯。このフォルティスを治める、最高権力者。まさか、私が追放された元公爵令嬢であることがバレて、何か罰せられるのでは……。一気に血の気が引いていく。貴族社会から逃れてきたつもりが、結局は逃げ切れなかったのだろうか。
不安で胸をいっぱいにしながら、私はレオに連れられて、町の小高い丘の上にそびえる質実剛健な城へと向かった。
通されたのは、華美な装飾こそないが、重厚な調度品が置かれた執務室だった。そして、そこに待っていたのは――。
「……あなたが、先日のお客様」
そこにいたのは、先日屋台に現れた、フードの男だった。フードを取った彼の姿は、息をのむほどに美しかった。陽光を弾く銀色の髪に、狼の獣性を感じさせる鋭い金色の瞳。高く通った鼻筋と、引き結ばれた唇は、彼の厳格な性格を表しているかのようだ。
「いかにも。私がこの地を治める、カイ・ヴォルフガングだ」
低く、よく通る声。やはり、この人が辺境伯だったのだ。
私は緊張のあまり、その場で貴族式のカーテシーをしようとして、自分が粗末な服を着ていることを思い出して慌ててやめた。
「座るがいい」
カイ様の前に立つと、彼の長身が一層際立つ。私は促されるまま、硬い椅子にそっと腰を下ろした。心臓が早鐘のように鳴っている。
「単刀直入に聞こう。君は、ヴァインベルク公爵家の令嬢、アリアンナだな?」
彼の金色の瞳が、真っ直ぐに私を見据える。もう隠し通すことはできない。私は観念して、小さく頷いた。
「……はい。ですが、今はただのアリアンナです」
「王都を追放された経緯も、聞いている」
カイ様の言葉に、私はぎゅっと拳を握りしめた。やはり、罰せられるのだ。エドワード殿下が、追放した私をさらに貶めるために、何か手を回したのかもしれない。
しかし、カイ様の口から出たのは、予想とは全く違う言葉だった。
「君を咎めるつもりはない。むしろ、礼を言いたい」
「……え?」
「君の作る『ヴィクトリー・ボウル』は、この町に活気をもたらした。猟師や農民は潤い、騎士たちの士気も上がっている。君は、この町の功労者だ」
思いがけない言葉に、私はただ目を瞬かせるばかりだった。
カイ様は、エドワード殿下とは違う。噂や家柄ではなく、自分の目で見て、物事の本質を判断する人なのだ。彼が元婚約者と旧知の間柄でありながら、そのやり方に反発している、という噂は本当だったのかもしれない。
「そこで、君に提案がある」
カイ様は、一枚の羊皮紙を私の前に差し出した。
「辺境伯家が管理する特別な猟場と農場がある。そこから、ブルートファングの肉やシルキーライスを、君に安定して供給することを約束しよう」
「本当ですか!?」
それは、私が今一番悩んでいた問題に対する、完璧な解決策だった。しかし、そんなうまい話があるだろうか。
「……代わりの、条件は?」
私が尋ねると、カイ様は少しだけ口元を緩めた。それは、彼の厳格な表情からは想像もできない、穏やかな笑みだった。
「城の厨房で働く料理人たちに、君の料理を教えてやってほしい。ここの食事は、栄養はあるが味気ない。兵たちの士気のためにも、改善が必要だ」
それは、私にとって願ってもない申し出だった。
「はい……! 喜んで、お受けいたします!」
私は、感謝の気持ちを込めて、深く頭を下げた。
この出会いが、私の、そしてカイ様の運命を、これから大きく動かしていくことになる。
私はこの時、彼の領主としての真摯な姿に、エドワード殿下には欠片もなかった本物の魅力を感じ始めていた。そして、カイ様もまた、逆境に屈せず自分の力で道を切り拓こうとする私という存在に、強い興味と、まだ名前のつかない温かい感情を抱き始めていることを、お互いにまだ知らなかった。
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