8 / 14
第7章:食堂の開店と静かに深まる絆
しおりを挟む
辺境伯カイ様の絶大な協力のおかげで、私の夢は驚くべき速さで実現へと向かった。安定した食材供給ルートが確保できたことで、私は屋台を卒業し、ついに念願だった自分の店を構えることができたのだ。
場所は「狼のねぐら亭」の隣にあった空き家を、マルタさんが格安で譲ってくれた。レオや騎士団の仲間たち、市場で顔なじみになった人々までが、まるで自分たちのことのように喜んでくれて、店の改装や掃除をこぞって手伝ってくれた。
店の名前は、迷った末に「食堂ヴァインベルク」と名付けた。私を捨てた家の名前ではあるけれど、それでも私の半生を形作ってきたものであることに変わりはない。過去と決別するためではなく、過去を乗り越えて未来へ進むために、あえてこの名前を看板に掲げた。
開店初日、店は満員御礼の大盛況となった。看板メニューの「ヴィクトリー・ボウル」はもちろんのこと、前世の記憶を頼りに開発した新メニューも、客たちに大いに受け入れられた。
ブルートファングの薄切り肉を、醤油風調味料と生姜に似た香草で炒めた「ジンジャーポーク」。異世界の芋や野菜を、出汁と調味料で甘く煮込んだ「肉じゃがもどき」。どれも、この世界の人々にとっては初めて食べる味だったが、その素朴で温かい味わいは、荒々しい辺境の男たちの心を優しく満たしたようだった。
「アリア姉の飯は、腹だけじゃなくて心もいっぱいになるな!」
レオの言葉に、客たちがどっと頷く。私はカウンターの内側で、その光景を涙が出そうなほどの幸福感と共に眺めていた。
週に一度、私は約束通りカイ様の城を訪れ、厨房で料理指導を行うようになった。
最初は、城の料理人たちから冷たい視線を向けられた。「どこから来たとも知れない小娘に、何が教えられる」というわけだ。彼らは、代々城に仕えてきたというプライドを持っていた。
しかし、私が披露した調理法――肉を柔らかくする下ごしらえの技術や、出汁の旨味を最大限に引き出す方法、そして何より、完成した料理の圧倒的な美味しさの前に、彼らの態度は少しずつ変わっていった。
「お嬢さん、今の、もう一度見せてくれ!」
「その調味料の配合は、どうなっているんだ?」
やがて彼らは、私を「アリアンナ先生」と呼び、尊敬の念を抱いてくれるようになった。
そんな厨房に、カイ様がふらりと顔を出すのが常になった。多忙な執務の合間を縫ってやってきては、「試作品だ」と私が差し出す小皿の料理を、真剣な顔で味見していく。
「……美味い」
ぶっきらぼうな感想。けれど、彼の金色の瞳が、その一言が本心であることを雄弁に語っていた。
私たちは、料理を通じて、少しずつ言葉を交わすようになった。辺境の厳しい気候のこと、この土地で採れる珍しい食材のこと、そして、カイ様がどれだけこの土地と領民を愛しているかということ。私も、自分の過去を少しずつ打ち明けた。もちろん、前世の記憶のことは秘密のままだが。
彼が持つ無骨な優しさに、私の心は少しずつ惹かれていった。そして、カイ様もまた、私の作る料理だけでなく、逆境の中でも笑顔を忘れずに前を向く、私の芯の強さそのものに惹かれていることを、私はうっすらと感じ始めていた。
ある日の夜。その日も店は大繁盛で、最後の客を見送り、一人で後片付けをしていると、店の扉が静かに開いた。
そこに立っていたのは、カイ様だった。
「まだ、やっているか」
「カイ様! どうかなさいましたか?」
「いや……腹が、減った」
少し照れたようにそう言う彼に、私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ。でしたら、特製のヴィクトリー・ボウルをお作りしますね」
私は彼のために、特別なカツ丼を作った。いつもより少し厚切りの肉を、じっくりと丁寧に揚げて。
カウンター席に座ったカイ様は、黙々と、しかし本当に美味しそうにカツ丼を頬張った。その姿を見ているだけで、私の心は温かくなる。
食後、お茶を飲みながら、カイ様はぽつりぽつりと自分のことを語り始めた。狼の獣人の血を引くことで、王都の貴族たちから内心で蔑まれてきたこと。この厳しい辺境を守り抜くという、領主としての重責。
私も、自分の境遇を素直に話した。婚約者に裏切られ、両親にさえ見捨てられたこと。その孤独と絶望。
言葉を交わすうちに、私たちの間には、静かで、しかし確かな信頼関係が芽生え始めていた。
「……また来る」
帰りがけ、カイ様は短くそう告げた。その言葉と、去っていく大きな背中に、私は確かな温もりと、淡い恋心の始まりを感じているのだった。
場所は「狼のねぐら亭」の隣にあった空き家を、マルタさんが格安で譲ってくれた。レオや騎士団の仲間たち、市場で顔なじみになった人々までが、まるで自分たちのことのように喜んでくれて、店の改装や掃除をこぞって手伝ってくれた。
店の名前は、迷った末に「食堂ヴァインベルク」と名付けた。私を捨てた家の名前ではあるけれど、それでも私の半生を形作ってきたものであることに変わりはない。過去と決別するためではなく、過去を乗り越えて未来へ進むために、あえてこの名前を看板に掲げた。
開店初日、店は満員御礼の大盛況となった。看板メニューの「ヴィクトリー・ボウル」はもちろんのこと、前世の記憶を頼りに開発した新メニューも、客たちに大いに受け入れられた。
ブルートファングの薄切り肉を、醤油風調味料と生姜に似た香草で炒めた「ジンジャーポーク」。異世界の芋や野菜を、出汁と調味料で甘く煮込んだ「肉じゃがもどき」。どれも、この世界の人々にとっては初めて食べる味だったが、その素朴で温かい味わいは、荒々しい辺境の男たちの心を優しく満たしたようだった。
「アリア姉の飯は、腹だけじゃなくて心もいっぱいになるな!」
レオの言葉に、客たちがどっと頷く。私はカウンターの内側で、その光景を涙が出そうなほどの幸福感と共に眺めていた。
週に一度、私は約束通りカイ様の城を訪れ、厨房で料理指導を行うようになった。
最初は、城の料理人たちから冷たい視線を向けられた。「どこから来たとも知れない小娘に、何が教えられる」というわけだ。彼らは、代々城に仕えてきたというプライドを持っていた。
しかし、私が披露した調理法――肉を柔らかくする下ごしらえの技術や、出汁の旨味を最大限に引き出す方法、そして何より、完成した料理の圧倒的な美味しさの前に、彼らの態度は少しずつ変わっていった。
「お嬢さん、今の、もう一度見せてくれ!」
「その調味料の配合は、どうなっているんだ?」
やがて彼らは、私を「アリアンナ先生」と呼び、尊敬の念を抱いてくれるようになった。
そんな厨房に、カイ様がふらりと顔を出すのが常になった。多忙な執務の合間を縫ってやってきては、「試作品だ」と私が差し出す小皿の料理を、真剣な顔で味見していく。
「……美味い」
ぶっきらぼうな感想。けれど、彼の金色の瞳が、その一言が本心であることを雄弁に語っていた。
私たちは、料理を通じて、少しずつ言葉を交わすようになった。辺境の厳しい気候のこと、この土地で採れる珍しい食材のこと、そして、カイ様がどれだけこの土地と領民を愛しているかということ。私も、自分の過去を少しずつ打ち明けた。もちろん、前世の記憶のことは秘密のままだが。
彼が持つ無骨な優しさに、私の心は少しずつ惹かれていった。そして、カイ様もまた、私の作る料理だけでなく、逆境の中でも笑顔を忘れずに前を向く、私の芯の強さそのものに惹かれていることを、私はうっすらと感じ始めていた。
ある日の夜。その日も店は大繁盛で、最後の客を見送り、一人で後片付けをしていると、店の扉が静かに開いた。
そこに立っていたのは、カイ様だった。
「まだ、やっているか」
「カイ様! どうかなさいましたか?」
「いや……腹が、減った」
少し照れたようにそう言う彼に、私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ。でしたら、特製のヴィクトリー・ボウルをお作りしますね」
私は彼のために、特別なカツ丼を作った。いつもより少し厚切りの肉を、じっくりと丁寧に揚げて。
カウンター席に座ったカイ様は、黙々と、しかし本当に美味しそうにカツ丼を頬張った。その姿を見ているだけで、私の心は温かくなる。
食後、お茶を飲みながら、カイ様はぽつりぽつりと自分のことを語り始めた。狼の獣人の血を引くことで、王都の貴族たちから内心で蔑まれてきたこと。この厳しい辺境を守り抜くという、領主としての重責。
私も、自分の境遇を素直に話した。婚約者に裏切られ、両親にさえ見捨てられたこと。その孤独と絶望。
言葉を交わすうちに、私たちの間には、静かで、しかし確かな信頼関係が芽生え始めていた。
「……また来る」
帰りがけ、カイ様は短くそう告げた。その言葉と、去っていく大きな背中に、私は確かな温もりと、淡い恋心の始まりを感じているのだった。
68
あなたにおすすめの小説
追放された地味令嬢、実は王国唯一の“魔力翻訳者”でした 〜役立たずと言われましたが、もう契約は終了です〜
あめとおと
恋愛
王太子から「魔法が何も起こらない役立たず」と断罪され、婚約破棄された伯爵令嬢リリア。
追放された彼女の能力は――
魔法の“意味”を読み解き、術式そのものを理解する力《魔力翻訳》。
辺境の魔導研究所でその才能を見出された彼女は、
三百年解読不能だった古代魔法を次々と再生させていく。
一方、彼女を失った王都では魔法事故が連鎖。
国家結界すら崩壊寸前に――。
「戻ってきてほしい」
そう告げられても、もう遅い。
私を必要としてくれる場所は、
すでに別にあるのだから。
これは、役立たずと呼ばれた令嬢が
本当の居場所と理解者を見つける物語。
追放された悪役令嬢ですが、前世の知識で辺境を最強の農業特区にしてみせます!〜毒で人間不信の王子を美味しい野菜で餌付け中〜
黒崎隼人
恋愛
前世で農学部だった記憶を持つ侯爵令嬢ルシアナ。
彼女は王太子からいわれのない罪で婚約破棄され、辺境の地へと追放されてしまいます。
しかし、ドレスを汚すことを禁じられていた彼女にとって、自由に土いじりができる辺境はまさに夢のような天国でした!
前世の知識を活かして荒れ地を開墾し、美味しい野菜を次々と育てていくルシアナ。
ある日、彼女の自慢の畑の前で、一人の美しい青年が行き倒れていました。
彼の名はアルト。隣国の王子でありながら、政争で毒を盛られたトラウマから食事ができなくなっていたのです。
ルシアナが差し出したもぎたての甘酸っぱいトマトが、彼の凍りついた心を優しく溶かしていき……。
王都の食糧難もなんのその、最強の農業特区を作り上げるルシアナと、彼女を溺愛する王子が織りなす、温かくて美味しいスローライフ・ラブストーリー、ここに開幕です!
悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~
黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」
皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。
悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。
――最高の農業パラダイスじゃない!
前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる!
美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!?
なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど!
「離婚から始まる、最高に輝く人生!」
農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
婚約破棄された宰相です。 正直、婚約者も宰相も辞めたかったので丁度よかったです
鍛高譚
恋愛
内容紹介
「婚約破棄だ! そして宰相もクビだ!」
王宮の舞踏会で突然そう宣言したのは、女性問題を繰り返す問題王太子ユリウス。
婚約者であり王国宰相でもあるレティシアは、静かに答えた。
「かしこまりました」
――正直、本当に辞めたかったので。
これまで王太子の女性問題の後始末、慰謝料交渉、教会対応、社交界の火消し……
すべて押し付けられていたレティシアは、婚約も宰相職もあっさり辞任。
そしてその瞬間――
王宮が止まった。
料理人が動かない。
書類が処理されない。
伝令がいない。
ついにはトイレの汚物回収まで止まり、王宮は大混乱。
さらに王太子の新たな女性問題が発覚し、教会は激怒。
噂は王都中に広がり、王宮は完全に統治不能に。
そしてついに――
教会・貴族・王家が下した決断は、
「王太子廃嫡」
そして。
「レティシア、女王即位」
婚約破棄して宰相をクビにした結果、
王宮を止めてしまった元王太子の末路とは――?
これは、婚約破棄された宰相が女王になるまでの
完全自業自得ざまぁ物語。
追放された悪役令嬢、辺境で植物魔法に目覚める。銀狼領主の溺愛と精霊の加護で幸せスローライフ!〜真の聖女は私でした〜
黒崎隼人
恋愛
「王国の害悪」として婚約破棄され、魔物が棲む最果ての地『魔狼の森』へ追放された悪役令嬢リリア。
しかし、彼女には前世の記憶と、ゲーム知識、そして植物を癒やし育てる不思議な力があった!
不毛の地をハーブ園に変え、精霊と友達になり、スローライフを満喫しようとするリリア。
そんな彼女を待っていたのは、冷徹と噂される銀狼の獣人領主・カイルとの出会いだった。
「お前は、俺の宝だ」
寡黙なカイルの不器用な優しさと、とろけるような溺愛に包まれて、リリアは本当の幸せを見つけていく。
一方、リリアを追放した王子と偽聖女には、破滅の足音が迫っていて……?
植物魔法で辺境を開拓し、獣人領主に愛される、大逆転ハッピーエンドストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる