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第8章:王都の影と聖女の焦燥
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辺境の町フォルティスに生まれた「食堂ヴァインベルク」の評判は、行商人たちの口伝えによって、やがて王都にまで届き始めていた。
「北の辺境に、食べると力が湧いてくる奇跡の料理があるらしい」
「その名は『ヴィクトリー・ボウル』。なんでも、元気をなくした者もたちまち笑顔になる魔法の飯だとか」
そんな、尾ひれがついた噂話。それが、王太子エドワードと、聖女リリアの耳にも入るのは、時間の問題だった。
その頃、王都では不穏な空気が流れ始めていた。鳴り物入りでエドワード殿下の隣に収まった聖女リリアの評判が、日に日に地に落ちていたのだ。
彼女が「聖なる力」で実現すると豪語していた政策は、ことごとく失敗に終わっていた。豊作を祈れば日照りが続き、疫病の治癒を祈っても病は広がるばかり。民衆の間では、「あの聖女様は、本当に力をお持ちなのだろうか?」「ただ王太子殿下に取り入っただけの、可愛いだけの小娘なのでは?」という疑念の声が、ささやかれ始めていた。
リリアは焦っていた。自分のメッキが剥がれ始めていることを、彼女自身が一番よく分かっていたからだ。そして、彼女を盲目的に庇い続けるエドワード殿下の権威もまた、それに伴って揺らぎ始めていた。民衆の不満と疑念。それを逸らすための、新たな「手柄」が、彼らにはどうしても必要だった。
「辺境の、奇跡の料理……?」
エドワード殿下は、その噂に飛びついた。民衆の心を掴むには、食は最も手っ取り早い手段の一つだ。
「すぐにその料理について、詳しく調べるのだ!」
王太子の命令一下、密偵が辺境へと送られた。そして、もたらされた報告書に目を通したエドワード殿下は、衝撃に目を見開いた。
「なんだと……? その料理を開発したのは、アリアンナだと!?」
追放したはずの、憎き悪役令嬢。彼女が、辺境で成功を収め、民に慕われている。その事実は、エドワード殿下のプライドを酷く傷つけた。
そして、その報告を隣で聞いていたリリアの可憐な顔は、嫉妬と焦りで歪んでいた。
(あんな女が、私より評判になるなんて……! 許せない!)
リリアは即座に、得意の嘘を組み立てた。彼女はエドワード殿下に涙ながらに訴えかける。
「エドワード様……実は、あの料理は……もともと私が、可哀想なアリアンナ様のために考案して差し上げたものなのです。彼女が、私のアイデアを盗んで、自分の手柄にしてしまうなんて……ひどすぎますわ」
「なに、本当かリリア!?」
「はい……。ヴィクトリー・ボウルという名前も、私がエドワード様の『勝利』を願って考えたものなのです」
なんと浅はかで、信じやすい男だろうか。エドワード殿下は、リリアの言葉をいとも簡単に鵜呑みにした。彼にとって、アリアンナは悪で、リリアは善。その構図は、決して揺らぐことがないのだ。
「許せん! アリアンナめ、どこまでも性根の腐った女だ!」
エドワード殿下は激昂し、アリアンナの功績を全て横取りし、自分たち――いや、聖女リリアの手柄にすることを画策し始めた。
「よし、使者を辺境に送る! アリアンナからレシピを召し上げ、王家の管理下に置くのだ! そして、聖女リリア様が考案された奇跡の料理として、王都の民に広めるのだ!」
その決定は、あまりにも身勝手で、独善的だった。
フォルティスでようやく掴んだ私のささやかな幸せに、王都から伸びる不穏な影が、すぐそこまで忍び寄ってきていた。
「北の辺境に、食べると力が湧いてくる奇跡の料理があるらしい」
「その名は『ヴィクトリー・ボウル』。なんでも、元気をなくした者もたちまち笑顔になる魔法の飯だとか」
そんな、尾ひれがついた噂話。それが、王太子エドワードと、聖女リリアの耳にも入るのは、時間の問題だった。
その頃、王都では不穏な空気が流れ始めていた。鳴り物入りでエドワード殿下の隣に収まった聖女リリアの評判が、日に日に地に落ちていたのだ。
彼女が「聖なる力」で実現すると豪語していた政策は、ことごとく失敗に終わっていた。豊作を祈れば日照りが続き、疫病の治癒を祈っても病は広がるばかり。民衆の間では、「あの聖女様は、本当に力をお持ちなのだろうか?」「ただ王太子殿下に取り入っただけの、可愛いだけの小娘なのでは?」という疑念の声が、ささやかれ始めていた。
リリアは焦っていた。自分のメッキが剥がれ始めていることを、彼女自身が一番よく分かっていたからだ。そして、彼女を盲目的に庇い続けるエドワード殿下の権威もまた、それに伴って揺らぎ始めていた。民衆の不満と疑念。それを逸らすための、新たな「手柄」が、彼らにはどうしても必要だった。
「辺境の、奇跡の料理……?」
エドワード殿下は、その噂に飛びついた。民衆の心を掴むには、食は最も手っ取り早い手段の一つだ。
「すぐにその料理について、詳しく調べるのだ!」
王太子の命令一下、密偵が辺境へと送られた。そして、もたらされた報告書に目を通したエドワード殿下は、衝撃に目を見開いた。
「なんだと……? その料理を開発したのは、アリアンナだと!?」
追放したはずの、憎き悪役令嬢。彼女が、辺境で成功を収め、民に慕われている。その事実は、エドワード殿下のプライドを酷く傷つけた。
そして、その報告を隣で聞いていたリリアの可憐な顔は、嫉妬と焦りで歪んでいた。
(あんな女が、私より評判になるなんて……! 許せない!)
リリアは即座に、得意の嘘を組み立てた。彼女はエドワード殿下に涙ながらに訴えかける。
「エドワード様……実は、あの料理は……もともと私が、可哀想なアリアンナ様のために考案して差し上げたものなのです。彼女が、私のアイデアを盗んで、自分の手柄にしてしまうなんて……ひどすぎますわ」
「なに、本当かリリア!?」
「はい……。ヴィクトリー・ボウルという名前も、私がエドワード様の『勝利』を願って考えたものなのです」
なんと浅はかで、信じやすい男だろうか。エドワード殿下は、リリアの言葉をいとも簡単に鵜呑みにした。彼にとって、アリアンナは悪で、リリアは善。その構図は、決して揺らぐことがないのだ。
「許せん! アリアンナめ、どこまでも性根の腐った女だ!」
エドワード殿下は激昂し、アリアンナの功績を全て横取りし、自分たち――いや、聖女リリアの手柄にすることを画策し始めた。
「よし、使者を辺境に送る! アリアンナからレシピを召し上げ、王家の管理下に置くのだ! そして、聖女リリア様が考案された奇跡の料理として、王都の民に広めるのだ!」
その決定は、あまりにも身勝手で、独善的だった。
フォルティスでようやく掴んだ私のささやかな幸せに、王都から伸びる不穏な影が、すぐそこまで忍び寄ってきていた。
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