追放された悪役令嬢が前世の記憶とカツ丼で辺境の救世主に!?~無骨な辺境伯様と胃袋掴んで幸せになります~

緋村ルナ

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第9章:王都からの圧力とカイの誓い

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 穏やかな昼下がり。「食堂ヴァインベルク」は、いつものように昼食をとる客たちで賑わっていた。その平和な空気を切り裂くように、店の前に数頭の馬が止まった。馬から降りてきたのは、王家の紋章を付けた豪奢な服を着た文官と、物々しい鎧に身を包んだ騎士たちだった。
 彼らは辺境の小さな食堂には不釣り合いな威圧感を放ちながら、ずかずかと店の中に入ってきた。
 先頭に立つ使節団長らしき小太りの文官は、店内を見渡し、カウンターの中にいる私を値踏みするような目で見ると、尊大な態度で言い放った。
「貴様がアリアンナか。王太子殿下からの勅令である! 聖女リリア様が考案された『ヴィクトリー・ボウル』のレシピを、速やかに王家に献上せよ!」
 その理不尽な言葉に、店内の空気が一瞬で凍り付いた。客たちは何事かと、成り行きを固唾を飲んで見守っている。
 私は怒りで震える手をカウンターの下で強く握りしめ、毅然として顔を上げた。
「お言葉ですが、その料理は聖女様が考案されたものではありません。この私が、ゼロから作り上げたものです」
「ほう、王太子殿下と聖女様に嘘を申すか。この罪人が」
 使節団長は、鼻で笑った。彼らは、初めから私の話など聞くつもりはないのだ。ただ、レシピを力ずくで奪いに来たに過ぎない。
「ぐだぐだ言わずに、さっさとレシピを渡せ! さもなくば、王命に背いたとして、ただでは済まさんぞ!」
 騎士の一人が脅すように剣の柄に手をかけた。その時だった。
「待った!」
 店の客席から、勢いよく立ち上がった者がいた。レオだ。
「あんたたち、アリア姉に何を言ってるんだ! この料理は、アリア姉が俺たちのために作ってくれたもんだ! 誰にも渡さねえ!」
 レオに同調するように、店にいた他の騎士や冒険者たちも、じりじりと使節団との距離を詰める。店の空気は、一触即発の険悪なものとなった。
 しかし、相手は王家の使者。いくら屈強な冒険者でも、公然と逆らうことはできない。使節団長は、余裕の表情を崩さなかった。
「ほう、辺境の田舎騎士が、王命に逆らうと申すか。面白い」
 その緊張を破ったのは、店の入り口から響いた、低く、威厳のある声だった。
「私の領地で、私の民に、何をしている」
 そこに立っていたのは、辺境伯カイ・ヴォルフガング様だった。彼は冷静な、しかし燃えるような怒りを宿した金色の瞳で、使節団を睨みつけていた。
「へ、辺境伯殿……!」
 使節団長の顔が、さっと青ざめる。たとえ王家の使者であろうと、辺境伯の統治権を無視して事を起こすのは、明らかな越権行為だ。
 カイ様はゆっくりと店の中に入ってくると、私の前に立つようにして、使節団と対峙した。
「アリアンナは、我が辺境伯が庇護する料理人である。いかなる不当な要求も、このカイ・ヴォルフガングが退ける。お引き取り願おうか」
 その言葉には、絶対に揺るがないという強い意志が込められていた。辺境伯自らの宣言に、使節団はもはや何も言えず、悔しそうに顔を歪めながら、すごすごと店から出ていくしかなかった。
 嵐が去った後、カイ様は私に向き直った。そして、私の肩にそっと手を置くと、真っ直ぐに私の目を見て言った。
「……すまない、怖い思いをさせた」
「い、いえ……! カイ様が来てくださって、助かりました」
「アリアンナ」
 カイ様は、真剣な声で私の名を呼んだ。
「君が元公爵令嬢であろうと、追放された罪人であろうと、そんなことはどうでもいい。君は、この町の、そして私の、大切な人間だ。私が必ず君を守る」
 その力強く、温かい言葉。それは、ただの領主が領民にかける言葉ではなかった。私という一人の女性に向けられた、彼の偽らざる誓いだった。
 私の胸は、トクンと大きく高鳴った。ああ、私は、この人が好きだ。彼への想いが、恋心なのだと、この瞬間に、はっきりと自覚した。
 しかし、この一件で王都側が諦めるはずもなかった。彼らは、辺境での直接的な強奪が失敗したと知るや、もっと陰湿な手で私を貶めようとし始めた。
 王都に、「元祖ヴィクトリー・ボウル」を名乗る偽の店を大々的に開店させたのだ。そして、「辺境のものは偽物だ」という情報を国中に流し始めた。
 さらに、事態はもっと複雑な様相を呈していく。この混乱に乗じて、リリアの背後で糸を引いていた隣国のスパイが、アルストリア王国の弱体化と辺境の支配権を奪うため、本格的に暗躍を開始したのだ。
 私とカイ様の戦いは、まだ始まったばかりだった。
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