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第6章:平民と貴族、交差する食卓
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カロル・バーガーズの名声は、ついに領主の街を越え、王都にまで届き始めていた。
最初は、「辺境の地で流行っている、物珍しい平民の食べ物」という程度の認識だった。しかし、王都と地方を行き来する商人たちが持ち帰る土産話は、次第に熱を帯びていく。
「カロル・バーガーズとかいう店の料理、あれは本物だ。美食家の俺が言うんだから間違いない」
「店の作りも素晴らしい。王都の一流レストランにも引けを取らん」
そんな噂を耳にした、好奇心旺盛な若い貴族の子息たちが、お忍びでカロルの森まで足を運ぶようになった。彼らは、生まれてこの方、決められた作法に則ったフルコース料理しか口にしたことがない。手で掴んで食べる、などということは行儀が悪いと固く禁じられてきた。
初めてカロルバーガーを口にした貴族の若様の反応は、面白いほど皆同じだった。
最初は戸惑いながら、おそるおそる一口。そして、衝撃に目を見開き、あとは我を忘れて夢中でかぶりつく。行儀も作法もかなぐり捨てて。
「こ、こんな……こんな暴力的なほど直接的な美味は、初めてだ……!」
「ナイフとフォークがなくても、これほど満足できる食事があったとは!」
彼らが王都に帰ると、その体験談は瞬く間にサロンの話題を独占した。
「あのグレイストーン伯爵のご子息が、手掴みで飯を食ったらしいぞ」
「しかも、それがとんでもなく美味いと触れ回っている」
最初は「下品だ」「貴族の風上にも置けない」と眉をひそめていた他の貴族たちも、そのあまりの評判に、次第に興味を抑えきれなくなっていく。やがて、カロル・バーガーズに足を運ぶことが、貴族の間で一種のステータス、最先端の流行となっていった。
店の客席は、不思議な光景に包まれるようになった。
屈強な冒険者と、質素だが清潔な身なりの村人。そして、その隣のテーブルでは、仕立ての良い服を着た貴族たちが、同じようにバーガーを頬張っている。普段なら決して交わることのない階級の人々が、同じ空間で、同じものを食べ、同じように「美味しい」と微笑んでいるのだ。
これは、静かな、しかし確実な革命だった。
この国では、食文化にも厳然たる階級が存在した。貴族は高価で手間のかかった料理を、時間をかけて味わう。平民は安価で腹を満たすための、粗末な食事を摂る。その常識が、ハンバーガーという一つの料理によって、根底から覆されようとしていた。
「美味しい」の前では、身分も階級も関係ない。
この単純な事実が、人々の心に少しずつ変化をもたらし始めていた。
もちろん、この状況を苦々しく思う者たちもいた。
王都の一流レストランの料理長たちや、伝統と格式を重んじる美食家たちだ。彼らにとって、カロル・バーガーズの台頭は、自らの権威と存在価値を脅かすものに他ならなかった。
「あのような、手掴みで食べる下賤な料理がもてはやされるなど、嘆かわしい」
「食材の繊細な味を殺す、ただただ濃厚なだけの味付け。あれは料理ではなく、ただの餌だ」
彼らはカロルバーガーをこき下ろし、その流行を一過性のものだと断じた。
しかし、その批判の声は、日に日に大きくなる賞賛の波にかき消されていった。むしろ、批判すればするほど、人々の興味を煽る結果となった。
ある日、店にやってきたのは、なんと王宮で料理長を務めるという壮年の男性だった。彼は客を装ってチーズカロルバーガーを注文し、一口食べると、顔色を変えて呟いた。
「……ありえん。肉、パン、野菜、そしてこの乳製品……全てのパーツが高いレベルで完成され、一つの料理として完璧に調和している。しかも、これを驚くべき速さで提供しているだと……? これは……我々の脅威だ」
彼はそう言うと、残りのバーガーをナプキンに包み、足早に店を去っていった。
その背中を見送りながら、私は静かに微笑んだ。
腐敗した貴族社会の構造は、一枚岩ではない。その頂点にいる者ほど、本質を見抜く目を持っている。そして、本物だからこそ、危機感を覚えるのだ。
カロルバーガーは、もはや辺境のローカルフードではない。
王国の食文化、ひいては社会構造そのものに、大きな亀裂を入れる存在となっていた。そして、その亀裂は、やがて王都の心臓部へと達することになる。
最初は、「辺境の地で流行っている、物珍しい平民の食べ物」という程度の認識だった。しかし、王都と地方を行き来する商人たちが持ち帰る土産話は、次第に熱を帯びていく。
「カロル・バーガーズとかいう店の料理、あれは本物だ。美食家の俺が言うんだから間違いない」
「店の作りも素晴らしい。王都の一流レストランにも引けを取らん」
そんな噂を耳にした、好奇心旺盛な若い貴族の子息たちが、お忍びでカロルの森まで足を運ぶようになった。彼らは、生まれてこの方、決められた作法に則ったフルコース料理しか口にしたことがない。手で掴んで食べる、などということは行儀が悪いと固く禁じられてきた。
初めてカロルバーガーを口にした貴族の若様の反応は、面白いほど皆同じだった。
最初は戸惑いながら、おそるおそる一口。そして、衝撃に目を見開き、あとは我を忘れて夢中でかぶりつく。行儀も作法もかなぐり捨てて。
「こ、こんな……こんな暴力的なほど直接的な美味は、初めてだ……!」
「ナイフとフォークがなくても、これほど満足できる食事があったとは!」
彼らが王都に帰ると、その体験談は瞬く間にサロンの話題を独占した。
「あのグレイストーン伯爵のご子息が、手掴みで飯を食ったらしいぞ」
「しかも、それがとんでもなく美味いと触れ回っている」
最初は「下品だ」「貴族の風上にも置けない」と眉をひそめていた他の貴族たちも、そのあまりの評判に、次第に興味を抑えきれなくなっていく。やがて、カロル・バーガーズに足を運ぶことが、貴族の間で一種のステータス、最先端の流行となっていった。
店の客席は、不思議な光景に包まれるようになった。
屈強な冒険者と、質素だが清潔な身なりの村人。そして、その隣のテーブルでは、仕立ての良い服を着た貴族たちが、同じようにバーガーを頬張っている。普段なら決して交わることのない階級の人々が、同じ空間で、同じものを食べ、同じように「美味しい」と微笑んでいるのだ。
これは、静かな、しかし確実な革命だった。
この国では、食文化にも厳然たる階級が存在した。貴族は高価で手間のかかった料理を、時間をかけて味わう。平民は安価で腹を満たすための、粗末な食事を摂る。その常識が、ハンバーガーという一つの料理によって、根底から覆されようとしていた。
「美味しい」の前では、身分も階級も関係ない。
この単純な事実が、人々の心に少しずつ変化をもたらし始めていた。
もちろん、この状況を苦々しく思う者たちもいた。
王都の一流レストランの料理長たちや、伝統と格式を重んじる美食家たちだ。彼らにとって、カロル・バーガーズの台頭は、自らの権威と存在価値を脅かすものに他ならなかった。
「あのような、手掴みで食べる下賤な料理がもてはやされるなど、嘆かわしい」
「食材の繊細な味を殺す、ただただ濃厚なだけの味付け。あれは料理ではなく、ただの餌だ」
彼らはカロルバーガーをこき下ろし、その流行を一過性のものだと断じた。
しかし、その批判の声は、日に日に大きくなる賞賛の波にかき消されていった。むしろ、批判すればするほど、人々の興味を煽る結果となった。
ある日、店にやってきたのは、なんと王宮で料理長を務めるという壮年の男性だった。彼は客を装ってチーズカロルバーガーを注文し、一口食べると、顔色を変えて呟いた。
「……ありえん。肉、パン、野菜、そしてこの乳製品……全てのパーツが高いレベルで完成され、一つの料理として完璧に調和している。しかも、これを驚くべき速さで提供しているだと……? これは……我々の脅威だ」
彼はそう言うと、残りのバーガーをナプキンに包み、足早に店を去っていった。
その背中を見送りながら、私は静かに微笑んだ。
腐敗した貴族社会の構造は、一枚岩ではない。その頂点にいる者ほど、本質を見抜く目を持っている。そして、本物だからこそ、危機感を覚えるのだ。
カロルバーガーは、もはや辺境のローカルフードではない。
王国の食文化、ひいては社会構造そのものに、大きな亀裂を入れる存在となっていた。そして、その亀裂は、やがて王都の心臓部へと達することになる。
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