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第8章:後悔の王子、決別の王女
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貴族会議での一件は、瞬く間に王都中の噂となった。
『追放された公爵令嬢、伝説の店の創業者として凱旋!』
『たった一つの料理で、頑固な貴族たちを黙らせた女傑!』
私の名は、もはや「悪役令嬢」としてではなく、「革命家」として人々の口にのぼるようになった。
この勢いを逃す手はない。私はすぐさま次の手を打った。王都の一等地に土地を買い取り、『カロル・バーガーズ 王都本店』の建設に着手したのだ。カロルの森の1号店をさらに洗練させた、三階建ての壮麗な店舗。完成前から、王都の人々の期待は最高潮に達していた。
そして、グランドオープンの日。
店は開店と同時に、かつてないほどの客で溢れかえった。人々は列をなし、私の作る新しい味に熱狂した。その喧騒を、店の二階にある私のオフィスから眺めていると、不意にドアがノックされた。
「レティシアさん、お客様が……その、あなたに会いたいと」
入ってきたミリィの表情は、どこか困惑している。いぶかしく思いながら「通してちょうだい」と告げると、入ってきた人物を見て、私はわずかに眉をひそめた。
そこに立っていたのは、私の元夫――王太子のクラヴィス殿下だった。
やつれた、という表現がしっくりくる。かつての自信に満ちた輝きは失せ、目の下には隈が浮かんでいた。
「……レティシア」
か細い声で、彼は私の名を呼んだ。私は表情を変えず、椅子に座ったまま応じる。
「クラヴィス殿下。このような平民の店に、一体どのようなご用件でしょうか」
「……やめてくれ。そんな他人行儀な呼び方は」
「では、元夫殿、とお呼びすればよろしいかしら?」
私の冷たい態度に、クラヴィスは苦痛に顔を歪めた。彼はゆっくりと私に歩み寄り、テーブルの前に立つ。
「君の噂は聞いている。貴族会議でのことも……。君が、これほどのことを成し遂げるとは、思ってもみなかった」
「そうですか。それは、あなたが私のことなど、何も見ていなかったというだけの話ですわ」
「……その通りだ。私は、愚かだった」
クラヴィスは、堰を切ったように話し始めた。私が追放された後、全てがうまくいかなくなったこと。私が言っていた通り、国庫の管理はずさんになり、義母である王妃とその一派が好き放題に私腹を肥やしていること。そして、彼が私の代わりに選んだあの平民の少女が、王妃教育から逃げ出してばかりで、全く妃としての役目を果たせていないこと。
「私は、君という存在がいかに大きかったか、いなくなって初めて気づいたんだ。君の的確な助言、国を思う心……その全てを、私は踏みにじった。すまなかった、レティシア。本当に、すまなかった」
彼は、深く、深く頭を下げた。王太子が、平民に身を落とした元妻に。
だが、私の心は少しも動かなかった。
「謝罪は受け取りましょう。ですが、それだけです。過去は変わりません」
「……頼む、レティシア。王宮に戻ってきてくれ。もう一度、私の妃として、この国を支えてはくれないか。君が必要なんだ!」
必死の形相で、彼は私に手を伸ばそうとする。
私は静かに立ち上がり、窓の外に広がる賑やかな街並みを指さした。店の前には、私のハンバーガーを求めて、たくさんの人々が笑顔で列をなしている。
「ご覧になって。あれが、今の私の全てです」
私はクラヴィスに向き直り、きっぱりと言い放った。
「今の私にふさわしいのは、王妃の座ではありません。この鉄板と、焼きたてのハンバーガーと、そして、私を信じてくれる仲間たちと共に作る、新しい未来です」
「レティシア……」
「お帰りください、殿下。あなたの後悔に付き合っているほど、私は暇ではないのです」
私の言葉に、クラヴィスは膝から崩れ落ちた。
「そんな……頼む、考え直してくれ……!」
彼は床に膝をつき、私に懇願した。王国の次期国王たる者が、一人の女性の前で、みっともなく泣き崩れている。
そして、その光景は、偶然にも階下へ向かう客たちによって目撃されてしまった。
王太子が、追放した元妻にひざまずいて復縁を迫り、無様に振られる。
この衝撃的なニュースは、王都本店の大成功という話題と相まって、燎原の火のごとく国中に広まった。
王室の威信は、地に落ちた。
民衆の心は、もはや国王や王太子ではなく、自らの手で未来を切り開く一人の女性――レティシア・アルディナ・グレイスに向けられ始めていた。それは、王室の求心力が、決定的に揺らいだ瞬間だった。
『追放された公爵令嬢、伝説の店の創業者として凱旋!』
『たった一つの料理で、頑固な貴族たちを黙らせた女傑!』
私の名は、もはや「悪役令嬢」としてではなく、「革命家」として人々の口にのぼるようになった。
この勢いを逃す手はない。私はすぐさま次の手を打った。王都の一等地に土地を買い取り、『カロル・バーガーズ 王都本店』の建設に着手したのだ。カロルの森の1号店をさらに洗練させた、三階建ての壮麗な店舗。完成前から、王都の人々の期待は最高潮に達していた。
そして、グランドオープンの日。
店は開店と同時に、かつてないほどの客で溢れかえった。人々は列をなし、私の作る新しい味に熱狂した。その喧騒を、店の二階にある私のオフィスから眺めていると、不意にドアがノックされた。
「レティシアさん、お客様が……その、あなたに会いたいと」
入ってきたミリィの表情は、どこか困惑している。いぶかしく思いながら「通してちょうだい」と告げると、入ってきた人物を見て、私はわずかに眉をひそめた。
そこに立っていたのは、私の元夫――王太子のクラヴィス殿下だった。
やつれた、という表現がしっくりくる。かつての自信に満ちた輝きは失せ、目の下には隈が浮かんでいた。
「……レティシア」
か細い声で、彼は私の名を呼んだ。私は表情を変えず、椅子に座ったまま応じる。
「クラヴィス殿下。このような平民の店に、一体どのようなご用件でしょうか」
「……やめてくれ。そんな他人行儀な呼び方は」
「では、元夫殿、とお呼びすればよろしいかしら?」
私の冷たい態度に、クラヴィスは苦痛に顔を歪めた。彼はゆっくりと私に歩み寄り、テーブルの前に立つ。
「君の噂は聞いている。貴族会議でのことも……。君が、これほどのことを成し遂げるとは、思ってもみなかった」
「そうですか。それは、あなたが私のことなど、何も見ていなかったというだけの話ですわ」
「……その通りだ。私は、愚かだった」
クラヴィスは、堰を切ったように話し始めた。私が追放された後、全てがうまくいかなくなったこと。私が言っていた通り、国庫の管理はずさんになり、義母である王妃とその一派が好き放題に私腹を肥やしていること。そして、彼が私の代わりに選んだあの平民の少女が、王妃教育から逃げ出してばかりで、全く妃としての役目を果たせていないこと。
「私は、君という存在がいかに大きかったか、いなくなって初めて気づいたんだ。君の的確な助言、国を思う心……その全てを、私は踏みにじった。すまなかった、レティシア。本当に、すまなかった」
彼は、深く、深く頭を下げた。王太子が、平民に身を落とした元妻に。
だが、私の心は少しも動かなかった。
「謝罪は受け取りましょう。ですが、それだけです。過去は変わりません」
「……頼む、レティシア。王宮に戻ってきてくれ。もう一度、私の妃として、この国を支えてはくれないか。君が必要なんだ!」
必死の形相で、彼は私に手を伸ばそうとする。
私は静かに立ち上がり、窓の外に広がる賑やかな街並みを指さした。店の前には、私のハンバーガーを求めて、たくさんの人々が笑顔で列をなしている。
「ご覧になって。あれが、今の私の全てです」
私はクラヴィスに向き直り、きっぱりと言い放った。
「今の私にふさわしいのは、王妃の座ではありません。この鉄板と、焼きたてのハンバーガーと、そして、私を信じてくれる仲間たちと共に作る、新しい未来です」
「レティシア……」
「お帰りください、殿下。あなたの後悔に付き合っているほど、私は暇ではないのです」
私の言葉に、クラヴィスは膝から崩れ落ちた。
「そんな……頼む、考え直してくれ……!」
彼は床に膝をつき、私に懇願した。王国の次期国王たる者が、一人の女性の前で、みっともなく泣き崩れている。
そして、その光景は、偶然にも階下へ向かう客たちによって目撃されてしまった。
王太子が、追放した元妻にひざまずいて復縁を迫り、無様に振られる。
この衝撃的なニュースは、王都本店の大成功という話題と相まって、燎原の火のごとく国中に広まった。
王室の威信は、地に落ちた。
民衆の心は、もはや国王や王太子ではなく、自らの手で未来を切り開く一人の女性――レティシア・アルディナ・グレイスに向けられ始めていた。それは、王室の求心力が、決定的に揺らいだ瞬間だった。
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