追放された悪役令嬢は、極寒の辺境で料理の腕を振るう〜醤油とみりんを開発したら、氷の辺境伯様と領民の胃袋を掴んでしまいました〜

緋村ルナ

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第5章:私たちの食卓革命、始めます!

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 辺境での生活にも少しずつ慣れてきたが、一つだけ、どうしても我慢ならないことがあった。それは、食事だ。
 このベルク辺境伯領の食生活は、前世で美食を楽しんでいた日本のOL、そして公爵令嬢として上質な料理を口にしてきた私にとって、あまりにも貧しく、過酷なものだった。
 主食は、石のように固くて酸っぱい黒パン。おかずは、やたらと塩辛いだけの干し肉か、水で煮ただけの味気ない野菜スープ。たまに市場で手に入るチーズも、保存性を重視しているためか、塩気が強すぎてたくさんは食べられない。
「エマ、ごめんなさい。今日もこんな食事で……」
「い、いえ! お嬢様が作ってくださるだけで、私は幸せです!」
 エマは健気にそう言ってくれるが、彼女の顔色が優れないのは明らかだった。栄養が偏り、何より食事の楽しみがない生活は、人の心と体を確実に蝕んでいく。
(このままじゃダメだわ……!)
 私は決意を新たにした。こうなったら、私がこの辺境の地に、食の革命を起こしてみせる。
「エマ、ちょっと市場へ行くわよ! 徹底的に食材を調査するの!」
「は、はい!」
 私たちは再び市場へ向かい、今度は隅から隅までじっくりと見て回った。野菜はカブやジャガイモに似た根菜類が中心。葉物野菜はほとんど見かけない。けれど、中には見たことのない不思議な形をしたキノコや、山で採れたらしい木の実なども売られている。
 そして、私の目を釘付けにしたものが二つあった。
 一つは、大豆によく似た、少し大きめの黒い豆。「魔力豆(マナ・ビーン)」という名前で売られており、店主曰く、栄養価は高いが、独特の青臭さがあって調理が難しく、家畜の飼料にされることが多いのだという。
(これ……もしかして、使えるんじゃない?)
 前世の記憶が、私の頭の中で警鐘を鳴らす。大豆。そう、日本の食卓に欠かせない、あの万能食材だ。
 そしてもう一つ。肉屋の店先で売られていた、巨大な角を持つ牛のような家畜の肉。店主はそれを「ロックブル」と呼んだ。岩のように頑丈な体を持つことからその名がついたらしい。肉質は硬く、主に塩漬けや干し肉に加工されるという。
「このロックブルのお肉、塊で少し分けていただけますか?」
「お嬢ちゃん、やめときな。こいつの肉は煮ても焼いても硬いままだぜ」
 肉屋の主人は親切心からそう言ってくれたが、私の決意は変わらない。
(硬い肉なら、柔らかくすればいい。青臭い豆なら、美味しく加工すればいい。やり方は、私の頭の中にある!)
 私は黒豆とロックブルの肉、そしてパン作りに使われるという麹、さらに大きな岩塩の塊を買い込んだ。不思議そうな顔をするエマを連れて、意気揚々と我が家へ戻る。
「お嬢様、こんなにたくさんの黒豆と硬いお肉……どうなさるおつもりですか?」
「ふふふ。エマ、見ていて。これから、私たちの食卓革命を始めるわ!」
 私はキッチンの片隅に作業台を設け、買ってきた材料を並べる。
「まずは、全ての料理の基本となる、魔法の調味料を作るのよ」
「魔法の、調味料……ですか?」
「ええ。前世の私の故郷では、これを『醤油』と呼んでいたわ。そして、甘みを加える『みりん』も必要ね」
 醤油。みりん。エマにとっては、聞いたこともない言葉だろう。彼女は首を傾げている。
 でも、私には確信があった。この二つの調味料さえあれば、この辺境の貧しい食卓は、劇的に変わるはずだ。黒パンと塩漬け肉だけの毎日から、彩り豊かで、心も体も温まる美味しい食卓へ。
 それは、私とエマのささやかな幸せのためであり、いずれはこの厳しい土地で暮らす人々を笑顔にするための、壮大な計画の第一歩だった。
 私は袖をまくり、まずは醤油もどきの開発に取り掛かる。失敗するかもしれない。でも、挑戦する価値は十分にある。私の胸は、未知なる調味料開発への期待で、高鳴っていた。
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