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第9章:食堂『陽だまり亭』、堂々開店!
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レオンハルトが角煮の衝撃に打ちのめされてから、数日後のことだった。私の家に、辺境伯の城からの使者が訪れた。てっきり、また何か文句でも言いに来たのかと身構えていると、使者が差し出したのは一通の封筒だった。
中には、正式な営業許可証と、レオンハルトの直筆と思われる短い手紙が入っていた。
『その料理を、もっと多くの領民に食べさせてやってはくれないか。必要な支援は、私がしよう』
簡潔だが、力強い言葉だった。あの氷の騎士が、私の料理を認め、後押ししてくれている。その事実が、たまらなく嬉しかった。
「お嬢様! やりましたね!」
「ええ、エマ! ついに私たちのお店が持てるのよ!」
レオンハルトの支援は、言葉だけではなかった。彼は、私たちの家の隣にある空き家を改修し、食堂として使えるように手配してくれたのだ。大工たちが数日かけて作業を行い、そこには厨房設備が整った、こぢんまりとしながらも清潔で温かみのある空間が生まれた。
私たちは、店の入り口に、エマが刺繍してくれた可愛らしい看板を掲げた。
『食堂・陽だまり亭』
こうして、私たちの食堂は、辺境の町に正式にオープンすることになったのだ。
開店初日。店の前には、噂を聞きつけた人々が長蛇の列を作っていた。鉱山で働く屈強な男たち、子連れの母親たち、物珍しそうにこちらを覗く子供たち。みんな、期待に満ちた顔をしている。
「さあ、エマ! 今日もたくさんの人を笑顔にするわよ!」
「はい、お嬢様!」
陽だまり亭のメニューは、日替わりの定食のみ。今日のメインは、「ロックブルの生姜焼き」だ。薄切りにしたロックブルの肉を、醤油もどきとみりん風調味料、そして体を温める効果のある生姜をすりおろしたタレで香ばしく焼き上げる。付け合わせは、ふっくら炊いた白米、野菜たっぷりのスープ、そして箸休めのカブの浅漬け。栄養バランスも考えた、渾身の定食だ。
次々と入ってくるお客さんに、私たちはてきぱきと料理を提供していく。
「うめえ! なんだこの味! 飯が何杯でもいけるぜ!」
「生姜が効いてて、体がぽかぽかするわねぇ」
「スープも美味しい! お野菜がたくさん入ってて嬉しいわ」
店内のあちこちから、喜びの声が上がる。人々は、無我夢中で料理をかきこみ、食べ終わった後は、満ち足りた、幸せそうな顔で帰っていく。
その光景を見ているだけで、私の胸は温かいもので満たされていった。
王都にいた頃、私は公爵令嬢として、ただ贅沢を享受するだけの存在だった。誰かのために何かをすることも、誰かから心からの感謝を伝えられることもなかった。けれど、今は違う。自分の知識と腕で作り出した料理で、こんなにもたくさんの人を笑顔にできている。これほどの幸福感とやりがいを、私は今まで感じたことがなかった。
日が暮れ、最後のお客さんを見送った後、私たちは疲れ果てて椅子に座り込んだ。体はくたくただけど、心は羽のように軽い。
「お嬢様、私たち、やりましたね……」
「ええ。最高の開店初日だったわね、エマ」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
その時、店の入り口の扉が、静かに開いた。そこに立っていたのは、一日の仕事を終えたらしい、平服姿のレオンハルトだった。
「……まだ、何か食えるか」
彼は少しバツが悪そうに、そう言った。きっと、昼間の喧騒を避けて、わざわざこの時間に来たのだろう。
「もちろんですわ、辺境伯様。特等席へどうぞ」
私は笑顔で彼を迎え入れた。
食堂は毎日、たくさんの人々で満席になった。私の料理は、厳しい辺境での生活に疲れた人々の、心と体の活力となっていった。そして、夜の帳が下りる頃、決まって一人で訪れる無愛想な領主様のために、とっておきの夜食を用意する。それが、私の新しい日常となった。
中には、正式な営業許可証と、レオンハルトの直筆と思われる短い手紙が入っていた。
『その料理を、もっと多くの領民に食べさせてやってはくれないか。必要な支援は、私がしよう』
簡潔だが、力強い言葉だった。あの氷の騎士が、私の料理を認め、後押ししてくれている。その事実が、たまらなく嬉しかった。
「お嬢様! やりましたね!」
「ええ、エマ! ついに私たちのお店が持てるのよ!」
レオンハルトの支援は、言葉だけではなかった。彼は、私たちの家の隣にある空き家を改修し、食堂として使えるように手配してくれたのだ。大工たちが数日かけて作業を行い、そこには厨房設備が整った、こぢんまりとしながらも清潔で温かみのある空間が生まれた。
私たちは、店の入り口に、エマが刺繍してくれた可愛らしい看板を掲げた。
『食堂・陽だまり亭』
こうして、私たちの食堂は、辺境の町に正式にオープンすることになったのだ。
開店初日。店の前には、噂を聞きつけた人々が長蛇の列を作っていた。鉱山で働く屈強な男たち、子連れの母親たち、物珍しそうにこちらを覗く子供たち。みんな、期待に満ちた顔をしている。
「さあ、エマ! 今日もたくさんの人を笑顔にするわよ!」
「はい、お嬢様!」
陽だまり亭のメニューは、日替わりの定食のみ。今日のメインは、「ロックブルの生姜焼き」だ。薄切りにしたロックブルの肉を、醤油もどきとみりん風調味料、そして体を温める効果のある生姜をすりおろしたタレで香ばしく焼き上げる。付け合わせは、ふっくら炊いた白米、野菜たっぷりのスープ、そして箸休めのカブの浅漬け。栄養バランスも考えた、渾身の定食だ。
次々と入ってくるお客さんに、私たちはてきぱきと料理を提供していく。
「うめえ! なんだこの味! 飯が何杯でもいけるぜ!」
「生姜が効いてて、体がぽかぽかするわねぇ」
「スープも美味しい! お野菜がたくさん入ってて嬉しいわ」
店内のあちこちから、喜びの声が上がる。人々は、無我夢中で料理をかきこみ、食べ終わった後は、満ち足りた、幸せそうな顔で帰っていく。
その光景を見ているだけで、私の胸は温かいもので満たされていった。
王都にいた頃、私は公爵令嬢として、ただ贅沢を享受するだけの存在だった。誰かのために何かをすることも、誰かから心からの感謝を伝えられることもなかった。けれど、今は違う。自分の知識と腕で作り出した料理で、こんなにもたくさんの人を笑顔にできている。これほどの幸福感とやりがいを、私は今まで感じたことがなかった。
日が暮れ、最後のお客さんを見送った後、私たちは疲れ果てて椅子に座り込んだ。体はくたくただけど、心は羽のように軽い。
「お嬢様、私たち、やりましたね……」
「ええ。最高の開店初日だったわね、エマ」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
その時、店の入り口の扉が、静かに開いた。そこに立っていたのは、一日の仕事を終えたらしい、平服姿のレオンハルトだった。
「……まだ、何か食えるか」
彼は少しバツが悪そうに、そう言った。きっと、昼間の喧騒を避けて、わざわざこの時間に来たのだろう。
「もちろんですわ、辺境伯様。特等席へどうぞ」
私は笑顔で彼を迎え入れた。
食堂は毎日、たくさんの人々で満席になった。私の料理は、厳しい辺境での生活に疲れた人々の、心と体の活力となっていった。そして、夜の帳が下りる頃、決まって一人で訪れる無愛想な領主様のために、とっておきの夜食を用意する。それが、私の新しい日常となった。
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