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第1章:さようなら偽りの王子様、こんにちは本当の私
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「リナ・アーシェット公爵令嬢!貴様の悪逆非道、断じて許すことはできん!」
キンキンと響き渡る声が、王宮の謁見の間を満たしていた。声の主は、私の婚約者であるはずのこの国の第一王子、カイル・フォン・エルグランド。彼の金色の髪は、シャンデリアの光を浴びてキラキラと輝いているけれど、その美しい顔は憎悪に歪んでいた。
彼の隣には、か細い肩を震わせる少女、ユミが寄り添っている。平民出身でありながら、百年ぶりに現れた『聖女』として、今や王宮中の寵愛を一身に受けている子。彼女が涙ながらに訴えたのだ。「リナ様に階段から突き落とされそうになりました」と。
「違うわ、カイル様!私は何もしておりません!」
必死に否定の声を上げるけれど、私の言葉は誰の耳にも届かない。カイル様の瞳は、私ではなく、庇護欲をそそるように泣きじゃくるユミにだけ向けられている。周囲の貴族たちも、冷たい視線や、あるいは嘲るような視線を私に投げかけるだけ。私の味方は、この場に一人もいなかった。
「黙れ、悪女め!聖女であるユミを嫉妬心から害そうとするなど、貴族の、いや、人の風上にも置けぬわ!」
嫉妬?私が?この、どこからどう見ても凡庸な少女に?
あまりの言い掛かりに、怒りを通り越して呆れてしまう。けれど、何を言っても無駄なのだろう。カイル様はもう、結論を決めているのだから。
「よって、貴様との婚約は本日をもって破棄する!そして、その罪を償うため、辺境の『忘れられた谷』への追放を命じる!」
忘れられた谷。その名を聞いた瞬間、周囲から同情とも憐憫ともつかぬ囁きが漏れた。作物は育たず、冬は厳しく、かつては流刑地として使われていた痩せこけた土地。そこに、公爵令嬢であるこの私を追放する、と。
「……承知、いたしました」
もはや、抵抗する気力もなかった。プライドも、誇りも、何もかもが粉々に砕け散った。私は衛兵に両腕を掴まれ、まるで罪人のように引きずられていく。最後に見たカイル様の顔は、正義を成し遂げたとでも言いたげな、独りよがりな満足感に満ちていた。
追放用の粗末な馬車に放り込まれ、ガタガタと揺られる道中、私は絶望の底にいた。家族であるアーシェット公爵家も、王子の決定を覆すことはできなかったらしい。私は、たった一人で捨てられたのだ。
悲しみと屈辱で胸が張り裂けそうになり、熱いのか寒いのかも分からなくなった。意識が朦朧とする中、私の頭の中に、全く別の記憶が奔流のように流れ込んできた。
『……あー、今日の仕事も疲れたー。帰ったらベランダのミニトマト、収穫できるかな』
知らない風景。知らない自分。日本の東京という街で、私は「佐藤凛子」という名の、ごく普通のOLだった。満員電車に揺られ、上司に理不尽なことを言われ、それでもささやかな幸せを見つけて生きていた。その幸せとは、会社の屋上で始めた家庭菜園と、自宅のベランダで育てていたプランター野菜たち。
土をいじり、種を蒔き、水をやり、芽が出るのを待つ。小さな実が少しずつ色づいていくのを眺めるのが、何よりの癒やしだった。自分で育てた野菜で作る料理は、どんな高級レストランの食事よりも美味しかった。
そうだ、私は、リナ・アーシェットであると同時に、佐藤凛子でもあったのだ。高熱に浮かされた頭が、二つの人格を一つに溶かしていく。
『悪役令嬢……?ああ、そういう設定の乙女ゲーム、あったっけ。私がその悪役?冗談じゃない!』
ふつふつと、絶望の底から別の感情が湧き上がってくる。それは、怒りであり、そしてたくましい生存本能だった。
プライドの高い公爵令嬢リナ。現実的で打たれ強いOL凛子。二つの私が手を取り合った瞬間、目の前の霧が晴れていくようだった。
婚約破棄?追放?結構じゃない。
あんな自己中心的な王子、こっちから願い下げだ。豪華なドレスも、退屈な夜会も、もううんざり。
これからは、私の好きなように生きてやる。
前世で叶えられなかった、広い土地で思う存分、土いじりをするという夢。それを、この「忘れられた谷」で実現させてやる。
ガタン、と馬車が大きく揺れた。
ゆっくりと目を開けると、私の瞳にはもはや絶望の色はなかった。そこにあったのは、大地に根を張る雑草のような、力強い決意の光だった。
「見てなさいよ、カイル。あんたたちが捨てたこの場所で、私は最高に幸せになってやるんだから」
偽りの私にさようなら。ここから始まるのが、本当の私の人生だ。
キンキンと響き渡る声が、王宮の謁見の間を満たしていた。声の主は、私の婚約者であるはずのこの国の第一王子、カイル・フォン・エルグランド。彼の金色の髪は、シャンデリアの光を浴びてキラキラと輝いているけれど、その美しい顔は憎悪に歪んでいた。
彼の隣には、か細い肩を震わせる少女、ユミが寄り添っている。平民出身でありながら、百年ぶりに現れた『聖女』として、今や王宮中の寵愛を一身に受けている子。彼女が涙ながらに訴えたのだ。「リナ様に階段から突き落とされそうになりました」と。
「違うわ、カイル様!私は何もしておりません!」
必死に否定の声を上げるけれど、私の言葉は誰の耳にも届かない。カイル様の瞳は、私ではなく、庇護欲をそそるように泣きじゃくるユミにだけ向けられている。周囲の貴族たちも、冷たい視線や、あるいは嘲るような視線を私に投げかけるだけ。私の味方は、この場に一人もいなかった。
「黙れ、悪女め!聖女であるユミを嫉妬心から害そうとするなど、貴族の、いや、人の風上にも置けぬわ!」
嫉妬?私が?この、どこからどう見ても凡庸な少女に?
あまりの言い掛かりに、怒りを通り越して呆れてしまう。けれど、何を言っても無駄なのだろう。カイル様はもう、結論を決めているのだから。
「よって、貴様との婚約は本日をもって破棄する!そして、その罪を償うため、辺境の『忘れられた谷』への追放を命じる!」
忘れられた谷。その名を聞いた瞬間、周囲から同情とも憐憫ともつかぬ囁きが漏れた。作物は育たず、冬は厳しく、かつては流刑地として使われていた痩せこけた土地。そこに、公爵令嬢であるこの私を追放する、と。
「……承知、いたしました」
もはや、抵抗する気力もなかった。プライドも、誇りも、何もかもが粉々に砕け散った。私は衛兵に両腕を掴まれ、まるで罪人のように引きずられていく。最後に見たカイル様の顔は、正義を成し遂げたとでも言いたげな、独りよがりな満足感に満ちていた。
追放用の粗末な馬車に放り込まれ、ガタガタと揺られる道中、私は絶望の底にいた。家族であるアーシェット公爵家も、王子の決定を覆すことはできなかったらしい。私は、たった一人で捨てられたのだ。
悲しみと屈辱で胸が張り裂けそうになり、熱いのか寒いのかも分からなくなった。意識が朦朧とする中、私の頭の中に、全く別の記憶が奔流のように流れ込んできた。
『……あー、今日の仕事も疲れたー。帰ったらベランダのミニトマト、収穫できるかな』
知らない風景。知らない自分。日本の東京という街で、私は「佐藤凛子」という名の、ごく普通のOLだった。満員電車に揺られ、上司に理不尽なことを言われ、それでもささやかな幸せを見つけて生きていた。その幸せとは、会社の屋上で始めた家庭菜園と、自宅のベランダで育てていたプランター野菜たち。
土をいじり、種を蒔き、水をやり、芽が出るのを待つ。小さな実が少しずつ色づいていくのを眺めるのが、何よりの癒やしだった。自分で育てた野菜で作る料理は、どんな高級レストランの食事よりも美味しかった。
そうだ、私は、リナ・アーシェットであると同時に、佐藤凛子でもあったのだ。高熱に浮かされた頭が、二つの人格を一つに溶かしていく。
『悪役令嬢……?ああ、そういう設定の乙女ゲーム、あったっけ。私がその悪役?冗談じゃない!』
ふつふつと、絶望の底から別の感情が湧き上がってくる。それは、怒りであり、そしてたくましい生存本能だった。
プライドの高い公爵令嬢リナ。現実的で打たれ強いOL凛子。二つの私が手を取り合った瞬間、目の前の霧が晴れていくようだった。
婚約破棄?追放?結構じゃない。
あんな自己中心的な王子、こっちから願い下げだ。豪華なドレスも、退屈な夜会も、もううんざり。
これからは、私の好きなように生きてやる。
前世で叶えられなかった、広い土地で思う存分、土いじりをするという夢。それを、この「忘れられた谷」で実現させてやる。
ガタン、と馬車が大きく揺れた。
ゆっくりと目を開けると、私の瞳にはもはや絶望の色はなかった。そこにあったのは、大地に根を張る雑草のような、力強い決意の光だった。
「見てなさいよ、カイル。あんたたちが捨てたこの場所で、私は最高に幸せになってやるんだから」
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