悪役令嬢と罵られ追放された私、前世のパティシエ記憶で伝説のチョコレートタルトを作り、いつの間にか国を救うほど成り上がってしまいました

緋村ルナ

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第1章:仮面の令嬢、最後の円舞曲

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 王城の大広間は、眩いシャンデリアの光と、着飾った貴族たちの喧騒で満ちていた。その中心で、私は完璧な微笑みを顔に貼り付けていた。エインズワース侯爵家が誇る令嬢、セシリア・マリーベル・エインズワース。それが今の私の名前。
「セシリア!君との婚約を、今この場で破棄させてもらう!」
 金切り声のようなその宣言は、私の婚約者であるアルフォンス王太子殿下のものだった。音楽が止み、全ての視線が私に突き刺さる。殿下の隣には、小動物のように震える可憐な少女――平民上がりのマリア嬢が庇われるように立っていた。
「君はあまりに高慢で、思いやりがない!マリアのように心優しく、誰にでも寄り添える女性こそ、未来の王妃にふさわしいのだ!」
 ああ、またその言葉。
 私はいつからだろうか、「冷たい」「高慢」と評されるようになったのは。父である侯爵の教え通り、常に完璧であるよう努めてきた。感情を表に出さず、背筋を伸ばし、淀みなく話す。それが貴族の、そして未来の王妃の務めだと信じていたからだ。思ったことを口にするのは、嘘や取り繕いが嫌いだから。それも「相手を慮らない傲慢さ」だと断じられた。
 周囲がひそひそと囁き合う。「やはり、氷の令嬢は嫌われていたのだ」「マリア様の方がずっと魅力的だわ」。
 誰も、私のことなど見ていない。彼らが見ているのは、自分たちの頭の中で作り上げた“悪役令嬢セシリア”という虚像だけだ。
「……承知いたしました、殿下」
 私は静かに頭を下げた。涙など流さない。そんな無様な姿を、この人たちに見せる価値もない。
「君は王都から追放する!二度と私の前に姿を現すな!」
 殿下の言葉は、まるで芝居の台詞のように大げさに響いた。彼は満足げにマリア嬢の手を取り、勝ち誇ったように私を見下ろしている。ああ、なんて愚かな人。あなたが選んだその道が、本当にこの国の未来のためになると、本気で信じているのですね。
 私はゆっくりと踵を返し、その場を去る。背中に浴びせられる嘲笑や侮蔑の視線が、まるで物理的な痛みのように肌を刺す。それでも、私は振り返らない。ドレスの裾を翻し、一歩、また一歩と、光の世界から闇へと続く扉へ向かう。
 扉の前で一度だけ足を止め、心の中で呟いた。
「ここで終わる私なら、最初から選ばれていないわ」
 それは、誰に聞かせるでもない、私だけの宣誓。
 侯爵令嬢セシリアとしての人生が、今、終わった。ならば、これから始まるのは、ただの“私”の人生だ。それがどんなに茨の道であろうと、もう誰かのための仮面を被る必要はないのだから。
 扉を開けると、ひやりとした夜気が私を包んだ。もう、あの華やかな喧騒が聞こえることはなかった。
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