狂喜なあなた達

生獣屋 芽怠

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待ち時間

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 その男はただひたすらと待っている。

 突き当たりが存在しないとの錯覚に陥りそうな廊下の端に並べられたパイプイス、そにはその数だけ人が座っている、おおよそ五十はいるだろうか。
 微かに浮かぶ廊下の果てには真っ白で飾り気もないドアがあるのみだ。

 某所のとある施設に設けられたこの並びは、端からは面接を待っている人々に感じられるかもしれない。

「緊張しますね」

 不意にドア側の方向に座った隣りの女性、つまり私より順番が早く訪れる即席の隣人たる彼女が話し掛けて来た。

「そうですね、ドキドキしていますよ。えっとあなたはお若い様ですが……」

「あはは、私、今年で二十歳になります」

 背中にまで延びた長い黒髪が特長の、まだあどけなさが残る女性だ。
 二十にしては大分若い印象を持つ、高校生ならしっくり来るだろう。

「若いですね、私は四十ですよ」

 自己紹介を交わしたその時だった、白いドアが開き、軋みを廊下に木霊させた。

 その途端、イスに座る者は一斉に音の発生源へと集中する。
 そこから現れたのは小さな男の子、髪は坊主、Tシャツに半ズボン。とても可愛らしい。

「やったよ、やったんだ! わーーい!」

 男の子は喜び狂う。

 その行動を目撃した我々は当たり前にこう言った。

「おめでとう」

 みんなで拍手をおくり、そこはもう、拍手の音で支配していた。

「やったよ! やったあ!」

 スキップしながら男の子は去っていった。

 男の子が帰った後、再びドアが開き先頭の人が中へと招かれた。
 席が空いたので全員で詰めて座る。
 人数が多いので大移動だ。

「あの子、よかったですね! ……本当によかった」

 女性は笑顔を咲かせた。

「あの、お名前は……あ、ごめんなさい、私から言うのが礼儀ですね、私はカナコです」

「カナコさんか、いい名前ですね。私なんか在来りですよ、太郎と言います」

「あはは、可愛い名前ですね、おじさま!」

 カナコさんは私の名前を可愛いと言う。
 可愛いと言われたのは生まれて初めての経験だった。

「可愛いですか?」

「はい! 可愛いです! ……それにしてもまだまだ順番が来ませんよね?」

 その考えを持つ者はまだ大勢いる、帰りは夜中になるかもな。

「おじさまはどんな仕事してたんですか?」

「うん? 私はね、鉄鋼業関係の会社でね、部長なんだよ」

「あはっ、部長もう一件行きましょ! って感じですか?」

 酔っ払いのふりをして体を揺すっている。その行為が可愛らしい。
 なんだか私の娘にそっくりだ。

「あはは! うまいね、似てるよ、あははははは!」

 声の反響に応える様にまたドアが開く。

 中から出て来たのはもういい年のおばあさんだ。

「うふふ、ゆっくりと、ジワジワと、やりました」

「おめでとう」

 また拍手が世界を覆う。おばあさんは機嫌よく笑いながらこの場より消える。

「そっか、ジワジワを選んだんだ」

 彼女は嬉しそうにそう呟いた。
 さて、私は“何にするか”考えておかないとな。

「あ、おじさま、お腹減ってませんか?」

 そう言いながらグミを差し出した。私はありがとうと言って受け取り、食べた。
 味はグレープ、ふむ、最近のお菓子は美味しいな。

「カナコさんはお菓子が好きなのかい?」

「はい! 私、グミが大好きです!」

 彼女は満面の笑顔をしている。あはは、本当に可愛いな。こんなに笑ったのは久し振りだ。
 この子となら待ち時間は退屈しないだろう。


 


 そして彼女の番を待つまで時間が流れていた。
 彼女は緊張した様子だ。

「あはは、緊張しちゃうな」

「カナコさんなら大丈夫ですよ」

「はい、頑張ります!」

 両手でガッツポーズする。それと同時に扉が開いた。

 出て来たのは若い青年、眼鏡を掛けていかにも勉学が得意そうな風貌だ。

「はぁっ、はぁっ、ううっ……うう……」

 彼は泣くばかりだ。

「おめでとう」

 拍手を贈る。だが、彼はおぼつさない足取りでフラフラと帰った。

「大丈夫かな……私の番だ、行って来ます!」

「いってらっしゃい」

 カナコさんはドアの向こうへ。

 さて、次はいよいよ私の番だ。頑張るしかないな。
 
 それから長い時間が流れた、なかなか終わらないな、カナコさん大丈夫だったろうか?
 退屈に欠伸をしたらドアが開き、彼女が戻った。

 その姿は赤い血が全身に塗られ、ぼたぼたとその液体を床に飲ませていた。
 髪も、顔も、服も、赤でベトベトだ。
 せっかくのきれいな髪が赤く犯されている。

「ちくしょう……」

 さっきまでの彼女とは思えない、鬼の様な形相をし、汚らしい言葉を吐いている。

「ちくしょう、あれぐらいじゃ足りない! くそ! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!」

 おめでとうが言えなかった。

「ちくしょう、ばか野郎! はぁ、はぁ、……おじさま」

「……なんだい?」

「おじさまはちゃんとやるんだよ?」

「ああ、分かったよ」

「うん……バイバイ」

 彼女は赤い軌跡を残して去る。

 さて、いよいよだ。

 白いドアを開け、様々な思いを携えて入室した。

 その部屋は灰色の壁が支配する部屋、真ん中に男が立っている。その男は上下真っ黒のスーツをし、髪を七三に分けた若い青年だ。

「太郎さんですね? それでは説明させていただきます。まずご存じの通り、この国にある法律が出来ました」

 この国は狂い始めた。

「まあ簡単に言えば家族を理不尽に殺された人は敵討ちが出来るという法律です。なぜこの法律が出来たのかは聞かないでくださいね、って言うか私も知りません。ですがあるのも事実です。ただ、これを受けますと……子供は免除ですが、今ある財産、地位を没収になりますが……どうします?」

 言うまでもない。

「分かりました。方法は簡単、バットで殴るなり、ナイフで刺すなり、毒を盛ってジワジワと……とにかく何でもいいんです。ま、取りあえず犯人が死ぬまでやり続けてください」

 ああ、分かってるよ。

「それでは隣りの部屋へ、犯人はあなたを待ってますよ。あ、武器は中にありますし、犯人はイスに縛り付けてるので心配ないですよ!」

 分かった。

 私は隣りへ向かう。

 中へ入るとそこは周りがタイルで覆われている部屋、辺りに返り血がこびりついている。
 色が黒く変色して、ここで何人もの犯人が仕返しされた事を物語っている。
 部屋の真ん中にぽつんとイスがある。
 そこを凝視して見つける。あいつがいた。
 奴は目隠しと猿轡をされ、イスに座り、体を紐で結ばれ束縛されている。

「んんっ! むぐぅ!」

 何かを叫んで涙を流している。
 なんだ? 今ごろになって後悔しているのか?

「この野郎、お前が泣くなんて、こんな男が……俺の家族を!」

 この野郎は私の妻と娘を殺したのだ。
 強盗殺人だった。
 妻とはこんな年だが、愛し合っていた。
 娘は当時、まだたったの十歳だったんだ。

「貴様が、貴様が……」

 私は入口の横にある武器の山からナイフを取り出し、男の右太股にぶすりと刺す。

「ふぐーーーー!」

 男は悶え狂う。

「痛いか? まだだ、妻は、娘は、こんなものじゃナカッタハズダ!」

 刺したナイフをそのまま上へ移動させる。その度に肉が切れ、悲鳴が鳴り響く。

「あははははは!」

 次に私は釘とトンカチを持った。奴の目に釘をあて、その釘にトンカチが落ちて来る。

「ふぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「貴様、娘は……娘は、まだ十年しか生きてなかったんだ!」

 貫かれた釘を引き抜き、もう一つの目に同じ事をしてやる。

「ふはははははははははははははははははははははは! まだだ! キサマダケハユルサナイ……」

 私はドリルを取り、奴のあごに穴を開けてやった。ゴリゴリと言う音がキモチイイ。次はノコギリだ! 両手両足切り刻んでやる。次は腹を裂いて中身を引っ張り出してやる。次はこれだ! 次はあれだ! 次は……。



 あれからどれだけたったか、奴だったカスはもう人間ではない。

 人の形をしていなかった。

「あはははははははははははははははははははははははははは!」

 やったぞ、妻よ!

 やったぞ、娘よ!

「あははははは……」

 でも、

 なぜ、

 満たされない?






 すべてが終わり、私はドア開け、見慣れた光景を眺める。

「おめでとう」

「ありがとうございます……」

 私は廊下を歩いていく。

 これからは何もない、何もない日々が続くのだ。

 

 すきま風が止まない……。


 
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