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第一章 喪失

【二】解放(灘姫)

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私を抱えて走っているこの男は確か、城の忍衆の中心にいたはず。名前は、そう左京だ。何故このような事態になっているのか考えても答えはでない。しかし、一つだけはっきりとわかること…それは突然城内へと攻め入ってきた敵により、城は焼かれ父上も母上もいなくなり、私はどこかに連れて行かれようとしているということ。つい半日前まではいつもの平和な日常を過ごしていたというのに…。代わり映えのしない毎日に、あー退屈だわ?と文句を言っていたりもしたが、この様な事態に巻き込まれようやく、いつもの日常の有り難さに気づくことになるとは…
目隠しをされている為、どこに向かっているのかは全く検討もつかないが、城の焼け落ちるパチパチという火花のような音や瓦礫と化した木材が崩れ落ちる音はもう聞こえなくなっていた。

城から半刻ほど移動しただろうか…突然私は硬い床らしき場所に体を降ろされた。人の気配は、左京以外には感じない。

「…ここは、どこなのですか?」

問いかけてみるも返事はないが、突然手を縛っていた縄がほどかれる感触がした。手が自由になった安堵はあったが、それよりも遥かに強い恐怖と緊張の念を抑え、自分の置かれている場を確かめる為、恐る恐る手を動かし目を覆っていた布を外す。灯りもない暗闇ではあったが、ずっと目隠しをされ闇に慣れていた所為、微かではあるがここが見知らぬ場所であるという事は確認できた。板の隙間から雑草が生い茂る今にも壊れそうな古い小屋の中のようだ。灯りの無い暗い室内で、表情は確認できないが、左京は窓の傍に立ち外の様子をしきりに気にしている。私の視線に気づいたのか、左京は何も言わずに右手の人差し指を立てて自分の口の前へと移動させた。きっと声を出すなと言いたいのだろう。

暫く様子を見ていると男は突然、頭を抱えて苦しみだした。

「…左京どうしました?大丈夫なのですか?」

『…俺は、俺は何てことをして
しまったのだ……う、うわぁー!!』

左京は叫び声をあげるとそのまま一人で外へと飛び出してしまった。何が起こったのか…?あまりにも突然の出来事に呆気に取られる私。これは?逃げていいのか?いや、罠があるかもしれない…それにここから逃げることは出来そうだが、住んでいた城に家族までも失われた今、一体どこへ向かえばいいのだろうか…。
かといって、この場所に留まっておくのも危険、とにかくここから離れないとまたあいつが戻ってくるかもしれない。足場の悪い室内を手探りで入口まで移動して外の様子を確認する。時刻は暁の頃だろうか、今まで静まりかえっていた森の中に鳥のさえずりが聴こえ始め新たな一日が幕を開けようとしていた。

小屋を出て耳を澄ますと、川のせせらぎのような音が微かに聞こえてきた。城の裏山から確か麓に向かって小川が流れていたはず。上流に向かうのはきっと危険、追っ手がくるかもしれないし。よし下流へ進もう。
徐々に明るくなりつつある木々の間を歩もうとするも、慣れない獣道に足をとられ中々先に進むことができない。途中にあった、川縁の大岩に腰を掛けて少し休もうかと考えていると突然、川の上流のほうから水がバシャバシャとする音が聴こえてきた。

まさか…左京?いや…もしかして、違う敵が私を追いかけてきたのかもしれない…。急いで大岩の間に身を潜め息を殺して何者かが通りすぎるのを待つことにする。話し声は聴こえない為、おそらく一人であると考える…。その足音の主は水から上がったらしく、木々を踏みつける音が段々と近づいてきた。

口を両手で抑え、荒い呼吸を懸命に抑える。もうすぐそこだ…意を決して隙間から様子を伺うと頭上を人影が飛び越えて行くのが見えた。

あれは…?
私はその姿に見覚えがあった。
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