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第四章 内偵

【三十一】開始(左京)

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佐助殿がお目付け役として連れてきたのは、目元以外を布で覆われたくノ一だった。てっきり、普通の忍が来るものと思っていた俺は少し動揺した。

『左京、こちらは冥国忍部隊在籍の”千鶴”です。下手な忍の男共よりもこの方には随分と助けられましてね。女性ならではの観察眼は勿論、身体能力も貴殿に勝るとも劣らない程の実力。姫捜索にもってこいの人材ですよ。』

いつもの調子で淡々と話をしている佐助殿だが、明らかに疑いの目を向けられている。
先程、弥助の話を聞き、近くに佐助殿がいたと考えるともしかすると俺の姿も見ていたのではないのか?…まさか本当は才蔵師匠が生きていることを知っているのに知らぬ振りをしているのではないか?と疑心暗鬼になる心を抑えることに必死な俺の心を弄ぶように楽しそうに話を続ける佐助殿。

「そうですか、それは頼もしゅうございます。時間が惜しいのでそろそろ出発してもよろしいでしょうか?」

きっと、これ以上佐助殿の近くに居ると俺の小さな変化に気づかれるかもしれない。そう思い任務に出る許可を受けようと声をかけた。

『そうですね、左京これから
どこへ向かうつもりですか?』

「一度暁城へと戻り、小屋をもう一度調べてから川沿いを捜索し、恐山麓の大集落まで行こうかと思っております。」

『なるほど、わかりました。こちらも何か情報を掴んだらそちらへと使者を送るように手配しましょう。貴殿達も、何か掴んだら報告を怠らぬように。』

何とか佐助殿と別れ、暁城へとひた走る。
かなりの速度で走っているつもりだが、千鶴はピタリとついてきており、疲れた様子を見せることも無い。味方だとしたら心強いが、敵とあらば相当厄介だな…。途中で少しだけ休憩をとったものの、ほとんど走りっぱなしで小屋へと到着した。
前回小屋を調べた時は夜が明けたばかりだったが、今回はまだ明るい日中。埃臭い床などを調べていると姫と思しき足跡をみつけた。足跡はやはり外へと続いている。隙を見て逃げ出したのだろう。

「これから川を下って、城下町へと向かおうかと思っているが、何か気になることはあったか?」

佐助殿のところから、ほとんど会話をすることもなくここまで移動してきたが、四六時中監視されているとなると、才蔵師匠に文を残しに行くこともままならないかもしれない。とにかく二人で行動するのだから、少しは相手のことを知っておかないといけないと思った。

『異論はありませぬ。』

感情を表さず人形のような、くノ一に少し違和感を覚える。ペラペラと喋られるよりはいいが、このおなごの事を深く知ることもできないと思った。

「城下町へと向かう前に少し寄りたい所があるのだが、行ってもかまわぬか?」

『異論はありませぬ。』

何を尋ねてもこの言葉で返ってくることに少し苛立ちを覚えるが、変に詮索されて否定されるよりは動きやすくもある。色々と気になるところではあるが今は聞かないことにしよう。

そして小屋を出発し、城の見渡せる丘へと到着。数日前まで雄大に聳えていた城は黒い瓦礫へと姿を変え、ここを出発した時に燻っていた煙も消えていた。

こんな所にきて不審がられるか?とも思っていたがこの場所へと到着する前に、”周囲を偵察してくる”と言い残して何処かへと行ってしまった千鶴。俺の監視役ではないのか?とも思ったがこちらにとっては好都合。見つからぬよう、予め記しておいた紙を、墓を触るフリをしてそっと忍ばせた。

その後、才蔵師匠への報告の為、幾度となくこの地へ来ることになるのだがその度に千鶴は何処かへと向かい、この場所に近寄ることはなかった。
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