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第六章 真相

【五十一】出撃(お千代)

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最景上人の死後、長年過ごした寺を離れ現在の水月で暮らすようになった私は、くノ一時代に稼いだ金を元手にある事を始めた。それは親の都合でお金の為に茶屋へ売られてくる女子を引き取り、忍術と教育を施し自らの力で生きていく術を教えること。大抵の親は、お金さえ貰えるのならと言って、私の申し出を断ることはなかった。

突然、見知らぬ婆の所で生きることを告げられた女子達は、最初こそは戸惑ってはいたもののここには話のできる同じ境遇の仲間がいることや、満足な食事と教育を受けられるということが分かると、貧困を強いられていたこれまでの生活よりは過ごしやすいと思ってくれたのか比較的すぐに心を開いてくれた。

引き受けた女子達は、二十歳を迎えるまでここで学び水月から旅立っていく。勉学が得意だったものはその道に、くノ一としての才能があった者はその道に進む。様々な選択肢を用意する事で、女だからと諦めるのではなく、自らで考え稼ぐ力を身につけて欲しいと思った。

私の元で育った子供達は、気品があり怜悧さを兼ね備えていると評判を呼び、巣立った場所で上流階級の殿方に見初められる事も多々あった。そうした長年の娘達の努力の積み重ねで得た多方面との繋がりを次世代へと受け継いでいくことで、”お千代さんの所の子なら”と引き受けてくれる働き口も多々あり、自分がしてきたことが間違いじゃなかったと安堵した。

そんな生活を続けていたある日、水月に小太郎が現れた。この店を始めた頃には、何度か訪ねて来ることもあったが、小太郎が引退してからは全く会うこともなくなっていた。引退した小太郎がわざわざ出向いて来たということは余程の事があったのだろう。

小太郎には幼少期より本当に世話になっているというのに、まだまだ何も恩返し出来ていない。私が生きているうちに出来ることであれば何でもしよう、小太郎の力になりたいと思った。

そして告げられた暁国での出来事。
恐山での不穏な動きは前々から感じていた所為、私の方でも密かに動いていた。私の家族を惨殺したあの男だけは私の手で片をつけたいと思っていたからだ。そして、千鶴やお華といった私の子供達の中でも特に優秀なくノ一に事情を話し協力を仰いだのだった。

______


『お千代様、大変です!先程案内した佐助がお千代様を呼んでくれと申しております。ここは私に考えがある故、任せて頂けますか?』

血相を変えて待機所へと飛び込んできたお華。

お華は私の子供達の中で、唯一の男である。お華の家庭は裕福であった。小さい頃より家の跡取りとして大切に育てられていたお華だったが、物心ついた時から自分の性別に違和感を覚えており、その事を両親に知られてしまった。途方に暮れた両親から相談を受けた私が引き取り、男児の養子先を探していた別の依頼者をお華の家へ紹介する形でうちへとやってきたという、少し複雑な事情を持っている。心は女である事から立ち振る舞いは美しくかつ繊細であり、生まれながらに中性的な顔立ちをしていることから、お華を男だと疑うものはほとんどいない。

「お華よ、巻き込んでしまってすまぬ…奴は危険な男故、危ないと思ったらすぐに部屋を出るのだ、わかったな?一番大切なものは、お主の命である。それを肝に命じて行動するんじゃぞ?ワシは近くで待機しておるから心配はしなくてもよい。」

御意!と言って姿を消し、数分後に現れたお華は黒い衣装に身を包み男の忍びそのものとなっていた。

「お、お華、お主その姿は…」

『ふふふっ、お千代様、いかがですか?結構似合っていると思うんですけど!この姿で佐助を威嚇して参ります!』

そして、客室へと戻って行ったお華は数刻後得意げな顔をして戻ってきた。佐助の気配も消えた、何事もなく追い払う事ができたようだ…。

後は恐山、安倍晴明の元へと行っている千鶴が無事に戻る事を祈るばかりである。

さて、子供達にだけ危ない橋を渡らせるわけにはいかない。これがきっと生涯で最後の戦となるであろう。久しぶりに出撃の準備を始めようではないか。



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