推しはそのスジの中の人

おおらぎ

文字の大きさ
3 / 17
1.バ美肉やくざ

しおりを挟む
 ゲーム実況、雑談、歌、ASMR、教育など、動画配信の分野は多岐にわたる。 
 その中で「鳥籠ユメミ」が選んだのは“雑談”だった。
 あまりにも人と話す機会がない環境に長く置かれていたせいで、社会性や言語感覚が衰えているのではないかという不安があったからだ。
 アバターは染谷自身の手によるものだった。
 もともとIT系に進んだのは、学生時代から生成AIを使ってライティングやイラスト、動画制作、プログラミングなど、オタク的な趣味に没頭していたからだ。最初はAIに命令を出して結果を受け取るだけだったが、出力されたものを分析し、そこから技術を吸収して自分のスキルとして身につけていった。 
 そうした試行錯誤の末に生まれたのが、「鳥籠ユメミ」という存在だった。
 基本は雑談配信なので、特別な見どころがあるわけではない。時折ゲーム実況のようなこともするが、視聴者からの質問やお悩みに答える程度の内容だ。配信初期は、使用している機材や“中の人”についての話題が多かった。

「こんばんわ!」

 画面に「おとうふさん」からのコメントが表示される。投げ銭の金額は5000円からだった。

「わー。こんばんわ、おとうふさん。今夜は仕事で参加できないって言ってたのに。嬉しい」
「だるい会議がサクッと終わったからね」
「よかったぁ。久しぶりに一人漫談しなきゃならないかと思って不安だったんですよね。よろしくお願いします」

 染谷は、ユメミの声を通して返事をした。 
 このリスナーが現れてから、チャンネルの方向性が少しずつ変わってきた。 相手が男性か女性かはわからないが、どうやら染谷と同じ“界隈”の人間らしく、話題の内容がかなり際どい。染谷にとっては日常会話の延長のようなやり取りだが、それが他のリスナーには新鮮で面白く映るらしい。まるでラジオ番組のパーソナリティとアシスタントのような掛け合いに、視聴者がコメントで参加するスタイルが定着し、運よく登録者数も増えていった。
 染谷の属する世界は、社会の表には出てこない裏側だ。ニュースでは語られない暴露話や裏事情に触れることもある。また、染谷自身の社会に対する独特な感性も、「おとうふさん」をはじめとする多くのリスナーの心に響いたようだった。
 配信が盛り上がると、投げ銭の金額もどんどん跳ね上がる。「おとうふさん」以外にもユメミを推すリスナーは多く、スパチャ合戦になることも珍しくなかった。
 その結果、黒部への上納金の大部分は、この配信による収益でまかなえるようになっていた。
 配信時間はいつも17時から19時までと決めている。20時を過ぎると、その日の実績確認のために黒部がやってくるからだ。 染谷はちらりと時計を見た。すでに19時を少し過ぎていた。

「あっと……ごめんねぇ。そろそろ終わりにしなきゃ」
『彼氏?』(1万円)
『旦那だ!』(3万円)
『子供のお迎えとか?』(3000円)
「うふふふ。ご主人様♡ それじゃあまた、明日ね~。おやすみなさ~い」

 配信ソフトをやや急ぎ気味に終了させ、再び時計を確認する。

 まずい。 早く機材を片付けなければ、黒部の兄貴が来てしまう。

 PCをはじめ、機材一式とそのアップデート分も含め、すべて組の経費で購入していた。
 もちろん名目上はモザイク加工に必要なものということになっているが、実際には動画配信用の機材もこっそり混ぜている。幸い、組の人間はIT機器に疎く、マイクやカメラが何に使われるかなど想像もつかない。明細に型番だけが記載されていれば、なおさら気づかれにくい。 
 とはいえ、現物を見られれば業務外の支出だと疑われるのは確実だった。それだけは避けたかった。

「これで……大丈夫、っかな?」

 デスク周りを見回し、機材を鍵付きの引き出しにしまい、施錠する。 その瞬間、玄関のインターホンが鳴った。

「はい」
『俺だ。あけろ』
「あ、すぐに」

 ドアホンの小さな画面には、黒いスーツを着た四十代の男が、染谷を鋭く睨みつけていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

親友と一緒に異世界転生したら俺だけ神獣だった件 ~伝説の召喚術師になったあいつの溺愛が物理的に重すぎます~

たら昆布
BL
親友と異世界転生したら召喚獣になっていた話 一部完結

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

処理中です...