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2.無自覚なご主人様
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かつん。
伝統的だけれどもこじんまりとした日本庭園で、鹿威しが水音を響かせて鳴った。そこは庭に面した20畳ほどの和室だ。外界とを隔てる障子越しの昼の光が、畳の上に淡い影を落としている。また、かつん、と鹿威しの音が鳴る。それが黒部玲司の耳にはいやにビリビリと響いた。
「今月もよくやった。ノルマを達成できたのはお前1人や」
渋い色の和装を身に纏ったその人は、静寂を纏う古木のようにどっしりと胡坐をかき、部屋の上座で手にした帳簿を見ながら低く言った。肩書は西国マネジメントグループの代表取締役社長。しかしその会社は組のフロント企業に過ぎない。実際の肩書は五代目組長である。
黒部は彼から畳二枚分離れたところで、まっすぐ背筋を伸ばして正座していた。
「ありがとうございます」
黒部は深々と頭を下げる。彼らの周りには組の直系や二次団体、三次団体の組長や若頭がずらっと揃っていた。いずれもヤクザであるが、この場で『営業会議』をやるときは西国マネジメントグループの支店役員扱いだ。その場合の黒部の立場はコンサルタントで、会社組織としての組は人材派遣業の体をとる。やることと言ったら、女の子の派遣と管理、および傘下の風俗店の経営管理だった。
ヤクザ世界も一般社会も、会社と名がつけばやることは同じだ。利益の追求。ただそれ一点しかない。その利益が株主という親分に差配されるのか、組長という親分に差配されるのか、そこが違うだけ。組長に差配された利益のことを、界隈では上納金と言った。ノルマとは、その定められた上納金の額を指す。
「部屋からは一人では一歩も出しておりませんので、全てネットを利用していたものかと思われます」
「ネットか……。そういえば、もともとアイテー関係で働いとったらしいな」
「はい。うちの組で何かPCを使う用があるときは、奴に任せておりまして」
「会計もか?」
「会計はうちの経理事務が主で、奴にはダブルチェックを」
「そらけっこうや。金のことは一人に任せたらあかん。碌な事あらへん。せやけど、やつがなんのシノギでここまで稼いどるんかは興味があるところやな。他でもできそうやったらやらせてみてもええし。一回会うてみたいわ」
組長は隣に座る秘書兼本家若頭に同意を求めて笑いかける。それを頭を低くしたまま睨めあげるように見つめる黒部は、小さくちっと舌打ちした。
冗談ではない。
染谷は黒部が見出した金の卵だ。組長はそれを本家へ横取りしようとしているに違いない。そういう男なのだ。
人のものばかり欲しがりやがる。
今の地位だってそうだ。もともとは黒部の頭が有力視されていた。それを現組長があちこちに根回しをして、気が付いたときには黒部の頭は五代目の椅子をかっさらわれていた。黒部はその時まだ若く、一連の流れは把握していたものの、立場的にも経験的にも何もできないまま指を咥えて見ているしかなかった。
以来、黒部の組からは誰も会議に出てこない。しかしそれでは難癖つけられて足下をすくわれる恐れがあるので、若頭補佐である黒部が出向いている次第だった。当然、黒部も今の組長を警戒しているし、信用はしていない。
染谷は自分の駒だ。あいつが稼ぐなら、それは自分の稼ぎである。誰にも渡さない。
黒部は畳の目を数えることで気を落ち着かせようとしたが、組長宅を出るまで胸糞悪くて胃のあたりがずっとむかむかしたままだった。
伝統的だけれどもこじんまりとした日本庭園で、鹿威しが水音を響かせて鳴った。そこは庭に面した20畳ほどの和室だ。外界とを隔てる障子越しの昼の光が、畳の上に淡い影を落としている。また、かつん、と鹿威しの音が鳴る。それが黒部玲司の耳にはいやにビリビリと響いた。
「今月もよくやった。ノルマを達成できたのはお前1人や」
渋い色の和装を身に纏ったその人は、静寂を纏う古木のようにどっしりと胡坐をかき、部屋の上座で手にした帳簿を見ながら低く言った。肩書は西国マネジメントグループの代表取締役社長。しかしその会社は組のフロント企業に過ぎない。実際の肩書は五代目組長である。
黒部は彼から畳二枚分離れたところで、まっすぐ背筋を伸ばして正座していた。
「ありがとうございます」
黒部は深々と頭を下げる。彼らの周りには組の直系や二次団体、三次団体の組長や若頭がずらっと揃っていた。いずれもヤクザであるが、この場で『営業会議』をやるときは西国マネジメントグループの支店役員扱いだ。その場合の黒部の立場はコンサルタントで、会社組織としての組は人材派遣業の体をとる。やることと言ったら、女の子の派遣と管理、および傘下の風俗店の経営管理だった。
ヤクザ世界も一般社会も、会社と名がつけばやることは同じだ。利益の追求。ただそれ一点しかない。その利益が株主という親分に差配されるのか、組長という親分に差配されるのか、そこが違うだけ。組長に差配された利益のことを、界隈では上納金と言った。ノルマとは、その定められた上納金の額を指す。
「部屋からは一人では一歩も出しておりませんので、全てネットを利用していたものかと思われます」
「ネットか……。そういえば、もともとアイテー関係で働いとったらしいな」
「はい。うちの組で何かPCを使う用があるときは、奴に任せておりまして」
「会計もか?」
「会計はうちの経理事務が主で、奴にはダブルチェックを」
「そらけっこうや。金のことは一人に任せたらあかん。碌な事あらへん。せやけど、やつがなんのシノギでここまで稼いどるんかは興味があるところやな。他でもできそうやったらやらせてみてもええし。一回会うてみたいわ」
組長は隣に座る秘書兼本家若頭に同意を求めて笑いかける。それを頭を低くしたまま睨めあげるように見つめる黒部は、小さくちっと舌打ちした。
冗談ではない。
染谷は黒部が見出した金の卵だ。組長はそれを本家へ横取りしようとしているに違いない。そういう男なのだ。
人のものばかり欲しがりやがる。
今の地位だってそうだ。もともとは黒部の頭が有力視されていた。それを現組長があちこちに根回しをして、気が付いたときには黒部の頭は五代目の椅子をかっさらわれていた。黒部はその時まだ若く、一連の流れは把握していたものの、立場的にも経験的にも何もできないまま指を咥えて見ているしかなかった。
以来、黒部の組からは誰も会議に出てこない。しかしそれでは難癖つけられて足下をすくわれる恐れがあるので、若頭補佐である黒部が出向いている次第だった。当然、黒部も今の組長を警戒しているし、信用はしていない。
染谷は自分の駒だ。あいつが稼ぐなら、それは自分の稼ぎである。誰にも渡さない。
黒部は畳の目を数えることで気を落ち着かせようとしたが、組長宅を出るまで胸糞悪くて胃のあたりがずっとむかむかしたままだった。
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