推しはそのスジの中の人

おおらぎ

文字の大きさ
9 / 17
3.中の人攻防戦

しおりを挟む
 染谷は黒部が背後で見ている前で、PCを立ち上げる。まず一番最初に自動的に立ち上がるのはモザイク処理用動画編集ソフトだ。
 本日の最終作業はケツに刺さった馬のナニ。
 二人で無言になってしまい、染谷はすぐにソフトを終了させる。

「初めて見た。あんなもんまであるんだな」 
「アブノーマルは金になるんで。スナッフもいい稼ぎになりますけど、どっちか選ぶなら、獣ちんこですよね。内臓系は苦手です」

 次に立ち上げたのはオンラインの生成AIサービスと、染谷が自分のサーバーに構築したローカル生成AIソフトだ。
 そこにそれぞれ簡単な指示を出してやる。一分もかからずにそれぞれが生成物を出力してくる。
 染谷のPCはRAMを死ぬほど積んだ自作機なのでオンラインよりも生成は早い。ただし処理が複雑になってくれば来るほど、膨大な情報モデルに対応しているオンラインサーバーの方が安定かつ高速という感じを得る。
「仕事の関係はベース情報が外に漏れると情報漏洩に繋がることがあるので、基本ローカルですべてが完結するようにしてます。経理のチェックとかもこれで。オンライン版は仕事で使うなら検索とか、メールの文章とかですかね。あとは株式系」 
「株、やってんのか?」 
「副業のメインといってもいいです」 
「面倒なことはするなよ。お前には店の売掛がまだ残ってる。自己破産なんてされたらかなわねえ」 
「AIに任せてデイトレードさせてるんですが、今のところは安定しているみたいです」

 と言いながら、染谷は心の中で舌を出す。半分嘘だけど、と。
 株による営業外収益分はかなり大きいが、メインというわけではなかった。ユメミのスパチャに比べれば半分以下である。

「だが、それだけじゃねえだろ? ドージンシってのは?」 
「ああ、あれは……あんまり稼ぎらしい稼ぎにはなりませんけどね」

 と、これも嘘だった。普通のサラリーマンが月給でもらってる程度には稼いでいる。
 染谷はもともと創作経験ゼロの人間ではない。
 生成AIが無かったころから手描きの同人誌は作って売っていた側の人間だ。制作と販売のノウハウは知っている。
 その上で、時給ゼロのアシスタントとして生成AIを利用している。作業効率と原価が下がるのだから、質をある程度保ったまま、量を作り出すことが可能だ。
 あとはその中から「売れそうなもの」を精選して、磨きをかけてやればいい。
 この手順は製造業では当たり前の工程作業だった。

「ファンサイっていうのは同人誌販売サイトですよ。生成AIは売れる市場が限られてくるんですけど、そこはAIですってちゃんと申告したら販売してもいいそうで。ただ素材についてはオンライン生成AIを使いません。あれは自分が個人的にお遊びで使う程度ならいいですけど、元になる情報はほとんど著作権がついてるものをインターネット上からとってきてるんで、それを商用利用するとトラぶる可能性が高い」 
「じゃあどこから学習モデルとやらを?」 
「自分のこれまでのデータが多いですね。ちゃんと情報産業の法律やモラルに敏感な人じゃないと、ヤクザ仕事なんて到底任せられませんよ。ただでさえ警察が枝張ってるんですから」 
「初期費用が掛かる上に、使う人間の質が重要か。その点じゃあ、お前は掘り出しもんだったな」
 「ありがとうございます」

 染谷は口元に笑みを見せる。それでこの話は終わりにしたかった。

「で、どんなもんを出してんだ?」

 なのに黒部が興味津々でさらに聞いてくる。染谷は微かに笑顔をひきつらせて心の内であ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛と呟いていた。
 隠したいのは、売れ筋が「ユメミ×中年ヤクザ」のBL本だからである。ユメミは男の娘という裏設定があるのだ。
 他にも高校生、ショタ・ロリ、熟女等々シチュエーションも様々あるが、一番の売れ筋はこのBL本だ。もちろん中年ヤクザのモデルは黒部だ。
 黒部を犯してみたい。
 ユメミの同人誌はそんな染谷のささやかな雄の欲望を形にした姿である。黒部から叩き込まれたえげつない性技でユメミちゃんが黒部に似た40歳ヤクザをオンナノコにしてしまう内容だ。バラすわけにはいかない。
 染谷はファンサイトのサイトではなく、そこへ上げるためにまとめた他の同人誌データフォルダーを開ける。わかりやすいように表示形式は大アイコンにしていた。

「ぁ……っ」

 小さく口の中で呟いて染谷は手早く流れるように差しさわりのないフォルダーに切り替える。
 うっかりしていた。そのフォルダーの中にユメミを作るために材料としたプロトタイプの素材をいくつか残していた。

「こんな感じ……ですかね」

 と、熟女エロ本を特大アイコンで提示する。黒部は興味があるようでないような顔つきでそれを眺めていた。

 あっぶねー……。

 染谷は心の中でつぶやく。
 一瞬だから見られているはずはない。そう自分に言い聞かせて冷静を保とうとするが、心臓がバクバク音を立てていた。

「なぁ」 
「はい?」 
「さっきユメミちゃんっぽいのなかったか?」

 ギャー! アウトぉ~!!

 染谷は心の中で叫んだ。
 しっかり黒部に見られていたのだ。どう誤魔化すべきか、頭の中をフル回転させる。背中に冷たい汗がだらだらと流れていくのを感じた。

「え、その、ユメミちゃんって?」 
「鳥籠《とりかご》ユメミ。雑談系の動画配信者。知ってるか?」 
「あ、う、うん……知ってる、かな。見たことは、ありますよ」

 知っているも何も染谷はその中の人である。
 逆に黒部が彼女を知っているということの方が驚きで、先ほどの驚愕とはまた違う緊張で、心臓が高鳴っていた。

「黒部さん、ユメミちゃん知ってるんですか?」 
「おおよ。配信がおもしろくてな。ここへ来る前はそれ聞いてから来るんだ」

 言われて染谷はいつもここへ来る時間がタイミングよく配信が終わった直後である理由を理解する。染谷が黒部のやってくる時間にあわせているつもりだったが、黒部の方が配信を中心に動いていたのだ。

「え、リスナー? もしかしてスパチャとか投げてる?」 
「投げ銭のことか? まあ、小遣い程度だがな」

 ユメミの配信では「おとうふさん」がスパチャの金額平均を底上げするせいで、割と投げ銭するアカウントが決まっている。少ない数ではないが、いつも配信を見ている面子を染谷は覚えていた。

「え、え。アカウント名は?」

 聞き出そうとすると、黒部が渋い顔をする。恥ずかしそうでもあり、自分のプライベートに踏み込まれることを拒むようでもあった。フェチいアバター少女に熱を上げている姿を、黒部は見せられないのだろうと染谷には思われた。

「なんだよ、お前も聞いてるのか」 
「え、うん、まあ……時々だけどね」 
「じゃあ教えねえ。恥ずかしいしな」

 そう言って、ふいっと黒部はPCから離れる。
 染谷は胸をなでおろす。もっと画像を見せろとか言われたらどうしようかと思っていたからだ。
 だが今度は逆に染谷の方が黒部のアカウントについて気になってくる。
 リスナーの中に何人か多分『界隈の人』がいるのは間違いない。その中で投げ銭をくれて、毎回配信を欠かさず見てくれている人というとかなり限られる。

―――――本家の親父が興味を持ち出してな。あいつは割と狭量な人間だ。儲かるとわかれば自分の縄張りに引き込もうとしやがる。

 ふと、ここで黒部の言葉を思い出す。
 似たようなことを言っていた人がリスナーにもいなかっただろうか。

―――――今の頭が割と狭量な人間らしいからな。
 
 そうコメントしたのは誰だったか。

「……おとうふ、さん……?」

 シャットダウンした黒い画面に向かって、染谷は口の中でぽそりと呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の大学院生は、俺の癒しでした。

結衣可
BL
仕事に追われ、残業ばかりの日々を送るサラリーマン・斎藤悠真(32)。 感情を表に出すことも減り、「今日も誰ともしゃべらなかったな」と思いながら帰宅する毎日。 そんなある夜、隣の部屋から漂ってきたカレーの香りとともに、インターホンが鳴る。 「作りすぎちゃって……よかったらどうぞ」 そう微笑んで皿を差し出したのは、隣に住む大学院生・風間緒人(25)。 栄養学を学びながら料理好きの緒人は、気づけば週に一度は“おすそ分け”をするようになる。 最初は戸惑いながら受け取っていた悠真だったが、温かい食事と緒人のさりげない気遣いに、 長い間感じたことのなかった「人の温もり」に心が揺らいでいく。 雨の日に差し出されるタオルや、疲れた体に沁みる味噌汁。 やがて二人で食卓を囲む夜、体調を崩したときの看病……。 少しずつ距離が近づくたびに、悠真は自分でも驚くほど笑顔を見せ、心を許してしまう。 逃げ腰のサラリーマンと、世話焼きの年下院生。 すれ違いと優しさの間で揺れる二人の関係は、いつしか「癒し」から「恋」へと変わっていく――。

親友と一緒に異世界転生したら俺だけ神獣だった件 ~伝説の召喚術師になったあいつの溺愛が物理的に重すぎます~

たら昆布
BL
親友と異世界転生したら召喚獣になっていた話 一部完結

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

追放された『無能』オメガ、実は最強の薬師でした。~辺境でSSS級冒険者に溺愛され、実家の薬屋をざまぁします~

水凪しおん
BL
「お前のようなフェロモンの薄い無能オメガは、我が家には不要だ!」 実家の名門薬店『白龍堂』を追放された白蓮華(ハク・レンカ)。 しかし彼には、植物の「声」が聞こえるという秘密の能力があった。 傷心のまま辿り着いた辺境の村で、蓮華は小さな薬屋を開業する。 そこで倒れていた瀕死の男を助けたことが、彼の運命を大きく変えることに――。 その男は、国最強と謳われるSSS級冒険者(アルファ)、蒼龍牙(ソウ・リュウガ)だった! 「俺の古傷を治せるのは、お前の薬だけだ」 無自覚な天才薬師(オメガ)×強面スパダリ冒険者(アルファ)。 辺境でのんびり薬屋を営むはずが、いつの間にか国中から注目され、実家を見返す大逆転劇へ発展!?

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...