推しはそのスジの中の人

おおらぎ

文字の大きさ
16 / 17
5.全て世は大団円

しおりを挟む
 かつん。

 庭に面した二十畳ほどの和室から眺める日本庭園で、鹿威しが水音を響かせて鳴った。 開け放たれた障子戸から麗らかな初春の光が差し込む。幸いに風はなく、冷えた空気があたりに漂っていた。 再びカツン、と鹿威しの音が鳴る。

「君が……染谷君か」

 今日は渋い灰銀のスーツを着た本家組長は、畳三枚分を挟んで正座する染谷を舐めるように見た。対する染谷は神妙に、少し俯き加減でじっとしている。 いつもずらりと並ぶ若頭や組長衆はそこにいない。染谷の近くに控えているのは黒部一人で、組長の傍らには若頭が座していた。

「でかい男やのう」

 組長がにやにやと笑う。
 基本的には、明確な問いがあったとき以外は答えるな、と黒部には言い含められていた。まるで妖怪に対する扱いのようだ。しかし、何も返さないのも組長の機嫌を損ねるだろうか、と染谷は軽く頭を下げた。 
 きれいに撫でつけられた前髪が、サラリと一房額にかかる。ろくに外に出ることもないせいで伸びっぱなしだった髪は、何年かぶりに散髪店で整えられていた。その散髪店は、本家の組長や若頭もよく利用するところで、店主の親父は本家組長の好み・・をよく知っているらしい。その髪型で、長い手足によく似合う黒いスーツを着こなしていた。
 組長の視線には好色な興味が湧きたち、隣に座る若頭からの殺気に満ちた視線が染谷に向けられた。その若頭に対して、黒部の牽制する睨みが向けられている。三竦みならぬ四竦みの状態に、染谷は居心地の悪さから胃が痛くなってきた。

「アイテー使つこうてるて聞いとるけど、儲かるんかいな?」
「使い方によっては」 
「具体的には?」 
「株とか……動画配信、とか……創作とか……」 
「今、どこに住んどるん?」 
「黒部の兄貴の持ってるマンションで暮らしてます」 
「贅沢させてもろとるか?」 
「それなり、には……」 
「それなり、か。どや、不動産とかに興味はないか?」 
「は?」 
「管理が必要な物件がいくつかある。そこに住みながら、そのアイテーいうのを使つこうて、本家うちの管財をしてほしいんや」 
「それは……」

 染谷はちらっと黒部を見る。前評判通りの展開に、黒部はギリッと歯を食いしばっていた。 

 断れば、組長の機嫌を損ねる。
 受ければ、若頭の嫌がらせを受ける。
 どちらにしても地獄しかない。

 どうするか。

 染谷が返答を迷う、その時だった。

「若頭……ッ!!」

 外廊下を黒服の組員が足早に入ってくる。彼は鋭く若頭に声をかけると、恐れと命令による心理的規制を踏み越えて彼に近づき、何かを耳打ちした。

 ニヤリ……。

 誰にも気づかれないように少々俯いた染谷は、いやらしい笑みを浮かべる。 
 すぐに無遠慮な足音が近づいてきた。それを押しとどめようとする一団の怒号と、それを押しのけようとする一団の怒号がぶつかり合う。どちらかが、いわゆるマル暴とか刑事課なんて呼ばれる国家権力機関警察であるはずだが、言葉遣いだけを聞いていると、どちらがどちらなのか染谷にはわからなかった。 
 その一団の中から、一番貫禄がある男が飛び出してくる。

「おどれ! 誰の前に立っとると思とるんや!」

 組長が恫喝するが、男は目もくれない。胸元から取り出した令状を若頭の前に広げ、彼を逮捕しに来た旨を告げた。 

 罪状は『ラーメン店店主殺害の容疑』だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の大学院生は、俺の癒しでした。

結衣可
BL
仕事に追われ、残業ばかりの日々を送るサラリーマン・斎藤悠真(32)。 感情を表に出すことも減り、「今日も誰ともしゃべらなかったな」と思いながら帰宅する毎日。 そんなある夜、隣の部屋から漂ってきたカレーの香りとともに、インターホンが鳴る。 「作りすぎちゃって……よかったらどうぞ」 そう微笑んで皿を差し出したのは、隣に住む大学院生・風間緒人(25)。 栄養学を学びながら料理好きの緒人は、気づけば週に一度は“おすそ分け”をするようになる。 最初は戸惑いながら受け取っていた悠真だったが、温かい食事と緒人のさりげない気遣いに、 長い間感じたことのなかった「人の温もり」に心が揺らいでいく。 雨の日に差し出されるタオルや、疲れた体に沁みる味噌汁。 やがて二人で食卓を囲む夜、体調を崩したときの看病……。 少しずつ距離が近づくたびに、悠真は自分でも驚くほど笑顔を見せ、心を許してしまう。 逃げ腰のサラリーマンと、世話焼きの年下院生。 すれ違いと優しさの間で揺れる二人の関係は、いつしか「癒し」から「恋」へと変わっていく――。

親友と一緒に異世界転生したら俺だけ神獣だった件 ~伝説の召喚術師になったあいつの溺愛が物理的に重すぎます~

たら昆布
BL
親友と異世界転生したら召喚獣になっていた話 一部完結

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

追放された『無能』オメガ、実は最強の薬師でした。~辺境でSSS級冒険者に溺愛され、実家の薬屋をざまぁします~

水凪しおん
BL
「お前のようなフェロモンの薄い無能オメガは、我が家には不要だ!」 実家の名門薬店『白龍堂』を追放された白蓮華(ハク・レンカ)。 しかし彼には、植物の「声」が聞こえるという秘密の能力があった。 傷心のまま辿り着いた辺境の村で、蓮華は小さな薬屋を開業する。 そこで倒れていた瀕死の男を助けたことが、彼の運命を大きく変えることに――。 その男は、国最強と謳われるSSS級冒険者(アルファ)、蒼龍牙(ソウ・リュウガ)だった! 「俺の古傷を治せるのは、お前の薬だけだ」 無自覚な天才薬師(オメガ)×強面スパダリ冒険者(アルファ)。 辺境でのんびり薬屋を営むはずが、いつの間にか国中から注目され、実家を見返す大逆転劇へ発展!?

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...