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本編
友達ってなんだろう?
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「顔面作画で殴られちゃったんだが……ラスボス教師の作画ヤバすぎて、ぼくってば泣いちゃうかと思った。顔が良……良……はわわわ……」
「ねー!戦闘シーンも凄かったよね」
「ただでさえ教職キャラに弱いのに……こんなん推し……語彙が……ご、語彙が……どうしたの?ちょっと待って欲しい、ガチ恋勢になっちゃう……流石にキャパオーバー」
「ふーん、神戸さんは先生キャラが好きなの?」
「教員キャラは推しになりやすい。マザコン発言するとぼくのお母さんが教師だったからかな。馴染みがあるのかもしれん」
「そうなんだ、お義母さんが」
ちょっと待って!そのルビっておかしくない?……などと思いつつ、口には出さなかった。
賢いぼくは脳内で片腕を突き出し、黄色い笛をぴぴぴーと鳴らすだけに留める。おおっと、メタいメタい。
ドーナツショップの目立たない隅のテーブルに腰を据え、ぼくと園原さんは映画の感想を共有していた。
言語化したいことは沢山あって、心臓はドキドキで、興奮はいまだ冷めやらない。
乾いた喉を潤すようにカルピスを飲んで、思わずテーブルの上に伸びてしまう。
舌にまとわりつく甘さと冷たさに、些か気分が落ち着いた。
「神戸さんって、やっぱり良い子だよね」
園原さんはこともなげに言って、ココナッツがトッピングされたチョコレートドーナツに桜貝を思わせる爪のついた指先を伸ばす。
それだけの動作なのに、名作映画のワンシーンみたいだと思った。
なんというか、やはり園原さんは雰囲気がある。
その他大勢の中に居ても見つけられるような、価値がある人物としての特殊な香りがするのだ。
現に今日も、人の流れに乗って移動していただけなのに、すれ違った何人かは園原さんを直視したり、横目で盗み見したり、何気なしに眼をやるとそそくさと顔をそむけたりしていた。
平凡な生き方をしていても、人目を引いてしまう。そういう才能がある。
「園原さんは学校、楽しかった?」
ふと口から滑り出た疑問だった。なぜそんなことが気になったのか、よく分からない。
指についたココナッツを舐めながら、園原さんは左上に視線を向ける。
「どうだろう。でも、是枝(これえだ)ちゃん達と一緒にいて楽しくないわけじゃないよ。二人とじゃないと出来ないノリってあるし。自分の話よりも相手の話を面白くして、ちょっと我慢して空気を合わせるの。わたしはずっとそういう方法でしかコミュニケーションが分からないし、全部が馬鹿馬鹿しく見えて、嫌になることもあるけど、そんな我儘は黙ってたら済むんだからね」
怒ってはいない。いつも通りの可愛い顔をして、黒目がちの瞳を光らせて、素のままでいた。
素で、シニカルな言葉を吐いている。きっと本心なのだと思う。
園原さんの言葉を聞きながら、オールドファッションドーナツにかぶりつく。
ぼくは学校で常に三人グループで行動していた園原さんを思い出した。
中学生ともなれば、クラス内で派閥だって生まれるし、人間関係で当たり前に社交性を要求されるようになる。
会話で雰囲気を読む技術は重要になるし、異端として排他されない為にも、グループに所属して居場所を作って、適当に折り合いをつけて現状維持を選ぶのは、自然で普通のことなのだ。
それに友達と一緒にいると一人で居るよりも心強くて安心するし、遊ぶのだって楽しかったりする。
でも、友達だって理解しきれないことが沢山あるのは当たり前で、いくら話しても知らないことは一杯あって、たまにやるせなくなったり、ちょっと嫌いになることだってあるのだ。
それは特別なことじゃないし、決して悪いことじゃない。
「友達ってなんだろうね」
「わかんない。でも、ぼくは園原さんのことを友人だと思ってるよ」
注文したドーナツを平らげてからも、他愛のない日常会話を繰り広げて、ぼくらがドーナツショップを出る頃には、辺りは暗くなっていた。
多少、空気が肌寒く感じられる時間帯になっている。
園原さんは寒さから逃れるようにジャンパーのチャックを首元まで上げると、白魚のような手で前髪を整えるように撫でつけた。
今の園原さんは何も持ってない。
至って気安そうに空っぽの腕を揺らして、鼻歌交じりにぼくの隣を歩いている。
二人分の映画パンフレットに、UFOキャッチャーで取った配られたカードで勝負するきゃっないナルシストな犬のぬいぐるみの入ったビニール袋に左手を塞がれ、教科書入りのスクールバッグで右手を封じられたぼくとは大違いだ。
何も持っていない人間を引き止めることの大変さをぼくは嫌というほど知っていた。
「あのね、ありがとう。神戸愛花さん。あのとき追いかけて来てくれたの、嬉しかった。本当に。あの日、あなたに会えて良かった」
園原さんは夜の街を背にして、眩しすぎるほどの明るい笑顔を向ける。
「園原さん……本当に、出頭するの?」
「神戸さんは全部知らないふりしてて。これはわたしだけの罪だから、ちゃんと償うよ」
「でも、園原さんは」
「大丈夫。わたしはもう自分の都合だけで死なないよ。これから生きていくのは大変だけど、それでも死にたくないなって思える。だから、大丈夫だよ」
「そう、か」
白く滑らかな頬も、つぶらな瞳も、愛らしく繊細な鼻立ちも、全てが美しい少女の顔だった。
街頭のオレンジ掛かった光に照らされて、黒檀の髪に天使の輪が見える。
「友人って言ってくれたの、嬉しかった。どれくらいかかるか、分からないけど……全部が終わったら会いに行く。絶対に行く。約束する。だからね、神戸さん、またね」
ぼくは足を止めて、それでも園原さんは歩いて行く。
追いかけてはいけない。できることは何も無いのだと、それが彼女の意志だと、ぼくは知っている。それは正しさだった。
「バカヤロウ!バカ!アホー!」
もう手遅れだと気づいて悔しくなり、遠のいていく背中に叫ぶ。
しかし、園原さんが振り返ることはない。
ぼくは歯を食いしばり、数分黙り込んだ。
視界はゆらゆら揺れて、鼻がツンと痛む。
手を塞ぐ荷物は、今日という日の思い出の重さだ。
腕を持ち上げて、溢れる涙を制服の袖で拭う。
ぼくは彼女を殺すことが出来ず、かといって癒すことも出来たとは思わない。
それで良いのだ。
目を閉じると、瞼の裏に焼きついた園原さんはキラキラと輝いていて、やがて笑顔を浮かべたまま静止する。
殺人事件の犯人ではなく、同級生の美少女ではなく、一人のかけがえのない友人として、園原創はぼくの心の中に留まり続けるのだろう。
▼ E N D
「ねー!戦闘シーンも凄かったよね」
「ただでさえ教職キャラに弱いのに……こんなん推し……語彙が……ご、語彙が……どうしたの?ちょっと待って欲しい、ガチ恋勢になっちゃう……流石にキャパオーバー」
「ふーん、神戸さんは先生キャラが好きなの?」
「教員キャラは推しになりやすい。マザコン発言するとぼくのお母さんが教師だったからかな。馴染みがあるのかもしれん」
「そうなんだ、お義母さんが」
ちょっと待って!そのルビっておかしくない?……などと思いつつ、口には出さなかった。
賢いぼくは脳内で片腕を突き出し、黄色い笛をぴぴぴーと鳴らすだけに留める。おおっと、メタいメタい。
ドーナツショップの目立たない隅のテーブルに腰を据え、ぼくと園原さんは映画の感想を共有していた。
言語化したいことは沢山あって、心臓はドキドキで、興奮はいまだ冷めやらない。
乾いた喉を潤すようにカルピスを飲んで、思わずテーブルの上に伸びてしまう。
舌にまとわりつく甘さと冷たさに、些か気分が落ち着いた。
「神戸さんって、やっぱり良い子だよね」
園原さんはこともなげに言って、ココナッツがトッピングされたチョコレートドーナツに桜貝を思わせる爪のついた指先を伸ばす。
それだけの動作なのに、名作映画のワンシーンみたいだと思った。
なんというか、やはり園原さんは雰囲気がある。
その他大勢の中に居ても見つけられるような、価値がある人物としての特殊な香りがするのだ。
現に今日も、人の流れに乗って移動していただけなのに、すれ違った何人かは園原さんを直視したり、横目で盗み見したり、何気なしに眼をやるとそそくさと顔をそむけたりしていた。
平凡な生き方をしていても、人目を引いてしまう。そういう才能がある。
「園原さんは学校、楽しかった?」
ふと口から滑り出た疑問だった。なぜそんなことが気になったのか、よく分からない。
指についたココナッツを舐めながら、園原さんは左上に視線を向ける。
「どうだろう。でも、是枝(これえだ)ちゃん達と一緒にいて楽しくないわけじゃないよ。二人とじゃないと出来ないノリってあるし。自分の話よりも相手の話を面白くして、ちょっと我慢して空気を合わせるの。わたしはずっとそういう方法でしかコミュニケーションが分からないし、全部が馬鹿馬鹿しく見えて、嫌になることもあるけど、そんな我儘は黙ってたら済むんだからね」
怒ってはいない。いつも通りの可愛い顔をして、黒目がちの瞳を光らせて、素のままでいた。
素で、シニカルな言葉を吐いている。きっと本心なのだと思う。
園原さんの言葉を聞きながら、オールドファッションドーナツにかぶりつく。
ぼくは学校で常に三人グループで行動していた園原さんを思い出した。
中学生ともなれば、クラス内で派閥だって生まれるし、人間関係で当たり前に社交性を要求されるようになる。
会話で雰囲気を読む技術は重要になるし、異端として排他されない為にも、グループに所属して居場所を作って、適当に折り合いをつけて現状維持を選ぶのは、自然で普通のことなのだ。
それに友達と一緒にいると一人で居るよりも心強くて安心するし、遊ぶのだって楽しかったりする。
でも、友達だって理解しきれないことが沢山あるのは当たり前で、いくら話しても知らないことは一杯あって、たまにやるせなくなったり、ちょっと嫌いになることだってあるのだ。
それは特別なことじゃないし、決して悪いことじゃない。
「友達ってなんだろうね」
「わかんない。でも、ぼくは園原さんのことを友人だと思ってるよ」
注文したドーナツを平らげてからも、他愛のない日常会話を繰り広げて、ぼくらがドーナツショップを出る頃には、辺りは暗くなっていた。
多少、空気が肌寒く感じられる時間帯になっている。
園原さんは寒さから逃れるようにジャンパーのチャックを首元まで上げると、白魚のような手で前髪を整えるように撫でつけた。
今の園原さんは何も持ってない。
至って気安そうに空っぽの腕を揺らして、鼻歌交じりにぼくの隣を歩いている。
二人分の映画パンフレットに、UFOキャッチャーで取った配られたカードで勝負するきゃっないナルシストな犬のぬいぐるみの入ったビニール袋に左手を塞がれ、教科書入りのスクールバッグで右手を封じられたぼくとは大違いだ。
何も持っていない人間を引き止めることの大変さをぼくは嫌というほど知っていた。
「あのね、ありがとう。神戸愛花さん。あのとき追いかけて来てくれたの、嬉しかった。本当に。あの日、あなたに会えて良かった」
園原さんは夜の街を背にして、眩しすぎるほどの明るい笑顔を向ける。
「園原さん……本当に、出頭するの?」
「神戸さんは全部知らないふりしてて。これはわたしだけの罪だから、ちゃんと償うよ」
「でも、園原さんは」
「大丈夫。わたしはもう自分の都合だけで死なないよ。これから生きていくのは大変だけど、それでも死にたくないなって思える。だから、大丈夫だよ」
「そう、か」
白く滑らかな頬も、つぶらな瞳も、愛らしく繊細な鼻立ちも、全てが美しい少女の顔だった。
街頭のオレンジ掛かった光に照らされて、黒檀の髪に天使の輪が見える。
「友人って言ってくれたの、嬉しかった。どれくらいかかるか、分からないけど……全部が終わったら会いに行く。絶対に行く。約束する。だからね、神戸さん、またね」
ぼくは足を止めて、それでも園原さんは歩いて行く。
追いかけてはいけない。できることは何も無いのだと、それが彼女の意志だと、ぼくは知っている。それは正しさだった。
「バカヤロウ!バカ!アホー!」
もう手遅れだと気づいて悔しくなり、遠のいていく背中に叫ぶ。
しかし、園原さんが振り返ることはない。
ぼくは歯を食いしばり、数分黙り込んだ。
視界はゆらゆら揺れて、鼻がツンと痛む。
手を塞ぐ荷物は、今日という日の思い出の重さだ。
腕を持ち上げて、溢れる涙を制服の袖で拭う。
ぼくは彼女を殺すことが出来ず、かといって癒すことも出来たとは思わない。
それで良いのだ。
目を閉じると、瞼の裏に焼きついた園原さんはキラキラと輝いていて、やがて笑顔を浮かべたまま静止する。
殺人事件の犯人ではなく、同級生の美少女ではなく、一人のかけがえのない友人として、園原創はぼくの心の中に留まり続けるのだろう。
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