どうせ堕ちるなら此処が良い

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本編

幸せの温度

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“人を愛することの素晴らしさ”
ずっと昔、小学校の道徳の授業で投げられたテーマは答えが浮かばず、隅っこに追いやったガラクタの記憶だ。
なぜこのタイミングで思い出したのだろう。
英語教師の声をよそに、窓から眺めた校庭の華やかな桜色はとっくに消えて、くたびれた緑色が空を押し上げる光景に塗り替わっていた。
高校生になった今でも、あの日の作文は書けそうに無い。
十六年間生きていながら、身近な男の子を好きになることも、好きだと言われて浮き立つことも無かった。
きっと、わたしは自分のことしか考えられないのだと思う。

ろくに使われていないノートを広げて、考える。勉強は得意じゃない。むしろ苦手な分類だ。
黒板に書かれた内容は意味不明だし、先生の声は眠くなってくる。
まるで宇宙人の生体について説明してるみたいだ。
わたしはれっきとした地球人で、日本という島国に生まれた純日本人である。
米語と英語の違いなんて知らない。
豪華客船は勿論、飛行機に乗ったことだってないのだ。
エコノミークラス症候群は怖いし、テレビで海外の飛行機墜落事故の特番を見ると冷や汗をかく。
昔から被害側に感情移入しやすいタイプだった。

もしかしたら、わたしは海外旅行に行かないで一生を終えるのかもしれない。
でも、地元で一生を過ごすのかもと考えるとうんざりした。
刺激が欲しい。漠然と思った。
恋をすると世界がきらめいて見えると聞いたことがある。
見知らぬ誰かを愛するということは素晴らしいことで、愛されるということは幸福なのだ。きっと、多分。
だって、わたしの姉は彼氏がいると幸せそうだ。よく振られてるけど。
姉を見ているとわたしも彼氏が欲しいと思う。
好きとか嫌いとかはよく分からないけど。
誰かを愛してみたい気持ちはある。
あるような気がする。

わたしは自分の結婚式はおろか、ファーストキスの想像すら出来ない。
そういうものがあるとは知っているけど、まるで別世界の存在なのだ。
頭はぼーっとして、目は異様に冴えている。
寝不足状態でテストを受けた日に味わう感覚と似ていた。
目の前の物を認識出来るが、思考することが出来ない。そんな感じだ。
中学生の頃から愛用しているシャーペンを指先でくるりと回した。
デザインは少々子供っぽいが気に入っている。
文房具は中学生の時から引き継いで使っているものがほとんどだ。
消耗品だし、使えればなんでも良かった。

彼氏。恋人。結婚。ノートの隅に並べた文字が教室の窓から差し込む光に照らし出されて、白く輝いて見える。
初H。と書いて、すぐに消しゴムで消した。
小学生の時に買った消しゴムは劣化が激しくて、あまり消えない。せいぜい薄くなる程度だ。
男女入りまじる教室で、なんという不純な単語を書いてしまったのだろう。
誰にも見られていないと思うけど、心臓がヒヤリとした。
無意識とは恐ろしいものだ。欲求不満なのかもしれない。由々しき事態だ。
お昼休み、チャイムが鳴ると同時に机をくっつける。
わたしの発言に親友のりーちゃんは呆れたように溜息を吐いた。

「つまり何よ。彼氏欲しいーって話?そんなのアタシだって欲しいわよ」
「彼氏欲しいっていうか、彼氏が居たら幸せになれるのかな?だったら欲しいかもしれない。みたいな?わたしってば、人肌に飢えてるのかもしれない……」
「あーちゃん……まあ、気持ちは分かる。でも、そんなんじゃ彼氏なんて一生できないよ。白馬の王子様を待ってるってことじゃん?いまどき流行らないよ」
りーちゃんはじっとりとした眼差しのまま、わたしにイチゴ味のポッキーを銀の包みごと差し出してきた。おすそ分けらしい。
まるで、タバコを差し出すハードボイルドなおじさんみたいだ。
りーちゃんはふくよかな体型をしていて貫禄があるので大変さまになる。

「てか、そういうことは夏休み前に言わない?もう九月じゃん。高一の夏休みにアタシらがしたことと言えば、バイトない日は部屋に篭ってゲームしてたくらいじゃん。あと、あーちゃんのお姉ちゃんの手伝いで売り子したくらい」
「だ、って……りーちゃんとゲームするの楽しいから」
「ゲーム廃人め。そりゃあ、出会いなんて無いわ。彼氏なんて無理無理ー。アタシもだけど……ダメだ自分で言って苦しくなる。ウッ、所詮アタシらなんてスクールカースト下から数えて3番目くらいですよ……」
りーちゃんは心臓の辺りを両手で押さえつけた。苦しそうだ。眉間にシワがよっている。

「でも、あーちゃんって顔は可愛いし、対話スキルのゴミ加減を直せば何とかなるんじゃない?」
期間限定の塩バニラ味のポッキーを唇で揺らしながら、りーちゃんは呟いた。
イチゴ味の方はもう食べ終わっていて、残りはわたしが手にしている一本だけのようだ。齧った。甘い。美味しい。幸せな気持ちになる。
「りーちゃんって、優しいー。しゅき……」
「うわっ、いきなりニヤケんな気持ち悪……でも、素直なあーちゃんには塩バニラポッキーを進呈しよう。ありがたく食べな」
言って、塩バニラ味のポッキーをわたしの口にブスリと差し込んだ。
机に顎をついて、サクサク齧る。美味しい。今度わたしも買おう。

「敷島(しきしま)さんッ、二年生が呼んでるって!」
机に顔をひっつけてポッキーの味を楽しんでいると、教室の出入口の方からクラスメイトの女の子が声をかけてきた。
「二年生……?なんで?」
「なにさ、あーちゃんなんかしたの?二年のカバン傷付けたとか?」
「まさか……もしかして、風祭(かざまつり)さん?委員会のことかな……」
「もーいいから!敷島さん早く!」
わたしはピーナッツサイズの脳みそを必死に回す。クラスメイトは大声を出して興奮気味だ。
うーん、わたしを呼び出す二年生に思い当たる節はないし、クラスメイトの名前も思い出せないや。
ごめんね、クラスメイト(仮名)ちゃん。

言われるがままに教室を出て、階段を降りたら踊り場にイケメンがいた。
わたしは首を傾げる。
わたしを呼び出した二年生は目の前のイケメンだろうか?
初対面である。接点なんて無いはずだ。
「えー、なんですか。もしや、わたしったら告白でもされちゃいます?先輩みたいな綺麗な人ならバリバリOKですよ。なんつって……」
わたしの渾身のクソ寒ギャグに僅かに目を見開いた先輩(推定)は、少し驚いていた様子だったが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ああ、そう。断られなくて良かった。これからよろしくな」
うん?
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