石鹸箱のうら

おきたワールド

文字の大きさ
2 / 4
本編

寂しさ※タヌキが死にます

しおりを挟む
映画館でお目当ての映画を見終わった彼女は、夕陽に照らされる道路を歩いていた。
通り過ぎる電柱に、ちらほらと夏祭りのチラシが貼られていることに気づく。
生まれた時からこの街に住んでるのに知らなかったが、一週間後に夏祭りがあるらしい。
夏祭りの会場はおれの通う高校の裏山にそびえ立つ大きな神社で、丑鳴(うしなき)神社と呼ばれている。
電柱に貼られたチラシの前で立ち止まったおれの右手をくいくいと引っ張って、彼女は一つ質問をなげかける。
「人間って、殺したらどんな気持ちになるのかな?」
「……なんですか、急に。すみません。おれは虫以外は殺したことないからわからないです」
「ふーん……じゃあ、明日試してみようよ」

「人間を、ですか……?流石にそれは」
「ケチ。じゃあ、動物は?猟師さんだってやってるし!山に行けば、タヌキとか居ないかな?」
おれはタヌキを解体するヱリカを脳内で思い描く。
茶色の毛皮に覆われたぬいぐるみのような頭部を切り離して、肛門から首、四肢へと刃を入れて、皮を剥ぎとろうとするが、脂肪が邪魔をして上手く剥がれず、何度も刃を突き立てて毛皮を削るようにすると、タヌキは床掃除をする雑巾のように揺さぶられる。
やがて、絨毯のように広げられた自らの毛皮に横たわるタヌキの四肢はだらんと垂れ下がっていた。

ミルクベージュのような皮膚は内臓が透けて、青紫がマーブル状になっている。
真っ赤な血で濡れた雑草が微風に靡いて、乾燥してひび割れた地面を赤黒い液体が染み込んでいく。
ヱリカが無造作に握ったナイフは赤く染まり、生臭い魚のような匂いがする。
袖のがしゃどくろが容易く搾取され弄ばれる生命を嘲笑うかのように揺れた。
その空想は規範的な人間としての嫌悪を感じさせると同時に強い好奇心を感じさせるのも事実だ。
おれが頷くと、ヱリカは不思議と優しく笑う。
顔の造形は似ても似つかないのに、その笑顔は何故だか無性に懐かしくて、まるでおれのママのようだと思った。

夏は、本当に生き急いだ季節だ。
増えていく蝉の鳴き声に追われるように日々は過ぎて、寝て起きたら八月になった。
夏は何をするにも足が早くて、アスファルトも青空も植物もおれの生命力を吸い取ろうとしてくる。
日中はのんびりと空を眺める余裕もない。
おれは昼食を済ませて必要な物をリュックサックに詰めて、少し休んで時間を調整した後、昨日の約束通りにヱリカを連れて家を出た。
真夏の日差しに照らされながら、住宅地や商店街を抜ける。
あまりの暑さに玉の汗が止まらなくて、全身はバケツで熱湯をかけられたようにびしょ濡れだ。
神社へと続く長い階段を上って、鳥居をくぐる。
集会所の前はもぬけの殻で、人の気配がしない。

おれは人目を気にする必要が無い事実にホッと息を吐いて、リュックサックをおろすと中から使い古された中華包丁を取り出した。
調理師をしていた祖父から譲り受けた品の為、中々に年季は入っているが、今朝のうちに研石で刃をきちんと研いでおいたので切れ味は折り紙付きだ。
おれは中華包丁を握りしめて境内を中心に裏山の中をぐるぐる徘徊しながら、獲物となる野生動物を探す。
おれは猫背になりながらでこぼこと安定しない地面を踏みしめた。
ヱリカは草履のまま、器用に山道を歩くおれの後ろをついてくる。
片足を上げてスニーカーの裏を見ると小石が挟まっていたり、茶色い泥のようなものがこびりついていた。

リュックサックから紺色の水筒を取り出して、氷が溶けてお湯と化した麦茶を飲み干す。
おれが暑さに目を細めていると、ヱリカは自らの前髪を払いながら不思議そうに首を傾げる。
「タヌキ、出てこないねー。どこいったんだろう?冬眠かな?夏だからなつみん?」
「居ないってことはないはずなんですけどね」
「タヌタヌー」
「呼んで来たら苦労しないんじゃ……」
「タヌタヌー、殺してやるから出てこーい!」
「いやいやいや!おれがタヌキなら全力で逃げますよ!」
おれのツッコミとほぼ同じタイミングで、ガサリッと音がした。
まさかと思いながら音の主を探すと、生い茂る木々の隙間から草花を踏みしめてのしのしと野生のタヌキが現れる。

大きさは小型の犬や中型の猫くらいで、アーモンド色の目は顔の中心にぎゅっと寄って、鼻先は長く潰れたひし形のような顔つきをしていた。
太い尻尾を垂らして、茶色い毛皮に覆われた長方形のような図体を支える黒い四肢は相対的に細く見えるが、野生動物らしく鋭い爪が生えている。
おれは今になって、捕まえようにも網の類なんて持ってきていないことに気づいてしまう。
焦る気持ちのまま、リュックサックから間食用に持ってきた子供用オヤツの魚肉ソーセージを取り出してフィルムを剥がしていると、のろのろとした足取りでタヌキの方から近寄ってきた。
子供用オヤツの魚肉ソーセージを地面に落とすと、タヌキは逃げる素振りもなくその場で齧りつく。

誰かに餌付けされてるのだろうか、人間は無害な物だと信じきっている無防備な眼差し。
おれは中華包丁を躊躇なく首元に叩き込んだ。一気に刃を沈めると未知なる感触に、ぞくぞくぞくっと身体が震えた。
しかし、力が足りなかったのか、頭が落ちずに刃は顎の上辺りで止まってしまう。
こきゅう、とタヌキの口から息が出て、遅れて首元から真っ赤な血液がこぽぽと溢れて、ふかふかな毛皮が血で濡れてへたっていく。
中華包丁を一旦引き抜こうにも、脂肪や筋肉が邪魔をしてなかなか難しくて、試行錯誤をしていると頭蓋骨が割れてしまい、脳みそがまろびでて、タヌキの頭部の中はぐちゃぐちゃに掻き回される。
やがて、皮の内側から脳みそを引き剥がすように刃が振り抜かれた。

鮮血が噴き出て、おれのパーカーを赤黒く染める。
まだ意識があるのか、時々ビグン、ビグンとタヌキの黒い手足が痙攣した。
再び、中華包丁を突き立てようとした瞬間、ヱリカがおれの名前を呼んだ。
「西鬼くん、茶戸西鬼(ちゃどにしき)くん」
声に反応しないでいると、ヱリカがおれの頬に手を添えて、正面を向かせた後、風が撫でるようなキスを落としてきた。
「え……」
動揺して目を見開くおれに、彼女は大切な秘密を打ち明けるように囁く。
「たのしいね」
何だかおれは、近いうちにヱリカという存在に殺されてしまうような気がする。
無論、これは根拠なき漠然とした妄想に過ぎないのだけども。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...