異世界転生した先の魔王は私の父親でした。

雪月花

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第32話 魔王の命

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「貴様ああああああああぁぁッ!!!」

 目の前で心臓を潰された娘が地面に落ちると同時に、魔王は初めて怒りを隠すことなく発露させる。
 地は大きく振動し、天は割れんばかりの雷が鳴り響く。
 まさに怒号一つで天変地異を起こした魔王はその怒りに任せて、目の前の天使を八つ裂きにしようとするが――

「あら~、よろしいのですか~、魔王様~。私なんかにかまけて~。そのままだと、その娘さんは本当に死んでしまいますわよ~」

「ッ!」

 心臓を潰されたとは言え、それで終わりというわけではない。
 肉体の機能が完全に停止し、魂が天界へ向かうまで、僅かではあるが数秒の時間が残されていた。
 無論それは地球などにおいてはどうしようもない猶予であったが、この世界、ここに君臨する魔王にとってはその数秒はあることを成すには十分な時間であった。

「さあ、早くしませんと娘さんの魂、天界に導かれますよ~」

 慈愛に満ちた笑顔を向けるラブリアに対し、魔王は吐き気を催す感情を抑えながら、地面に膝を折り、倒れたままの七海の顔を見つめる。
 まるで眠ったように瞳を瞑る娘の顔を見て、父親がその決断をするには十分であった。

「――ぬんっ!」

 瞬間、魔王は自らの胸に手を入れると、そこにあった心臓を自ら取り出した。
 取り出した心臓は即座に宝石のような姿へと変化し、それを後ろで見ていたイブリスがこれ以上ない狼狽を見せる。

「魔王様! 何をなさるつもりですか!? お、お止めください! そのような事をしてはあなた様は――!!」

 魔王が行おうとしていることにイブリスは気づいたのか必死に魔王を止めようと叫び声を上げる。
 しかし、それを省みることなく魔王は自らの心臓を二つに分断した。

「……構わぬ、イブリス。私にとって大事なのは娘の命。地球にいる時は守ることが出来なかったが、こうして目の前で命を奪われたのなら、それを救う手段はある。なによりも――親とは子を救うものだ。何があっても、無条件にな」

 そう断言した魔王の表情はこれまでで、最も澄んだ表情であり、それを見た瞬間、イブリスはただ沈黙するより他になかった。
 そうして、二つに分断した心臓の片方を魔王は娘――七海の心臓のあった位置へと押し込んだ。

◇  ◇  ◇

「――かはっ!」

 そうして私は目を覚ました。
 肺に入った空気を吐き出すように喉の奥に詰まっていた血を全て吐き出しながら、私は慌てて起き上がる。

「い、ったい……なに、が……?」

 起き上がった私は咄嗟に自分の胸に手を置く、そこには先程穿たれた空洞が綺麗に消えていた。

 生きて、いる?

 混乱する私だったが、先程の感覚は間違いなく現実であったのを覚えている。
 胸を貫かれ、そこにあった心臓を潰されたはず。にも関わらず、なぜ私は生きているのか?

「……どうやら、無事に目を覚ましたようだな。七海」

 そんな困惑する私に優しく声をかけたのはパパだった。
 見ると、先程よりもやつれた様子のパパの顔が眼前にあった。

「パパ……?」

「もう大丈夫だ、七海はパパが救ってあげたからね」

「救って……?」

 そう優しく呟いたパパの笑顔を見て、私は安心すると同時に、パパのその言葉をすんなりと受け入れられた。
 それは今現在、私の胸で鼓動を打っている心臓が、それが本当だと教えてくれるようだから。

 そうして再びパパに助けられた事にお礼を言うとしたその瞬間、この場にいた者達がそれを許さなかった。

「隙有り、だぜぇ。魔王おおおおおおおおおおおッ!!」

 雄叫びと共に私の顔にかかる血。
 それは私の眼前で、パパの胸から突き出した剣についた血が飛び散ったものであった。

 見ると、パパの背後にいつの間にか移動していたアゼルが残った片腕で持っていた聖剣をパパの背中から突き刺していた。

「…………ッ」

 自らの背中から突き出た剣を眺めるパパ。
 その顔には初めての苦痛の表情が浮かび上がっていた。

「ひゃはははははは! さすがのお前も心臓を半分にしたことで力が大きく削がれて反応出来なかったようだなぁ! この聖剣による一撃が入った以上、お前はもう終わりだああああ! 魔王ッ!!」

 心臓を半分に? それってどういう……!?
 いや、それよりも私は目の前の状況にどう反応すればいいのか分からずにいた。

 あれほど強大な力を放っていたパパが、この世界の魔王であるはずのパパがアッサリと聖剣に胸を貫かれて苦しむ表情を見て、私の思考は完全に停止していた。
 そして、それはイブリスも同じだったのか、驚愕と絶望が入り混じった表情で、片膝をつき倒れるパパの姿を呆然と眺めていた。

「どうやら、これで終わりのようですね~。魔王~」

 一方で勝利を確信したように微笑むラブリアとアゼル。
 そのまま魔王の胸に突き刺さった聖剣を抜こうとするアゼルであったが――

「――やれやれ」

 ふとアゼルの動きが止まる。
 そして、パパの胸に刺さった剣を引き抜こうと力を込めるが全くビクともしない。

「誰が、いつ、終わりだと?」

「なッ!? き、貴様……!?」

 見ると、胸に剣を刺されたにも関わらず、パパはそのまま悠然と立ち上がっていた。

「よもやこの程度の一撃で魔王たる私を倒そうとは――甘く見られたものだ」

 パパがそう呟くと同時に自らの胸に突き刺さった剣を片手で握る。
 その瞬間、剣はまるでガラス細工のように柄まで粉々に砕け散った。

「ば、馬鹿なあああああああああああッ!!?」

「!? そ、そんなまさか!?」

 そんなありえない事態に驚愕し、狼狽するアゼルとラブリア。
 二人の前で悠然とパパが、まるで何事もなかったかのように振り向く。

「確かに私の力は心臓を分ける事で半分になった。だが、勘違いするなよ」

 そう宣言したパパから放たれる気配と威圧感は、かつて私が対峙したどの瞬間よりも強大な魔王の禍々しい力を感じさせた。

「貴様らごとを葬るのに半分の力でも、十分すぎるわ」

 血のような真紅の目を向けられた瞬間、アゼルは自分が恐怖で震えているのにすら気づかずにいた。

「ふ、ふ、ふ、ふざけるなあああああああ!! 死にぞこないの魔王がッ!! 今すぐに引導を渡してやるううううッ!!」

「! 待ちなさい、アゼルさん!!」

 ラブリアの静止を聞かず、腰に構えた剣を抜き突進するアゼルであったが、次の瞬間、そんなアゼルを見つめながら、冷ややかにパパは告げた。

「消えろ」

 その一言と同時にパパの足元から生まれた漆黒の業火がまるで生き物のようにアゼルを飲み込む。

「あが、あがああああああああああああああああッ!!?」

 絶叫を上げ、自らを焼く炎を振り払おうと腕を振るうアゼルであったが、炎は更に激しさを増し、まるで地獄の炎のようにアゼルを飲み込み、洞窟の天井を突き破り、天高く燃え上がり始める。
 そうして、天へと登っていった炎が全て収まった後、そこにあったのは灰一つない文字通りの消滅。
 いや、唯一地面にはかつてアゼルという者がいたであろう影のみが地獄の業火の焼け跡として残っていた。
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