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第34話 たった一つの望み
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「……パパ……」
私は城の一室にてパパの治療が終わるのを待っていた。
周りにはグレンやスイレン、その他に何人かの魔族が私と同じように不安を抱えながら待機していた。
「魔王様……魔王様……死んじゃ、やだよぉ……」
見ると、スイレンがいつものぬいぐるみを抱えながらその目に涙をこらえて呟いていた。
私はそんなスイレンの姿を見るのが耐えられなくなり、両手で顔を覆い、そのまま下を向く。
やがて、そんな重い空気を振り払おうとしたのか、グレンが明るい声が聞こえてきた。
「い、いやー! そ、それにしても魔王様に傷をつけられる武器があったなんて驚きだなー! け、けど心配する必要はないって! なんたって魔王様は不死身だからな! あの程度の傷なんかすぐに癒しちまうよ!」
「そ、そうだな! 魔王様がやれるなんてありえないぜ!」
「伝説の武器だかなんだか知らないが、魔王様が砕いたんだろう? なら、何の心配もないぜ!」
「そうそう! ってことで七海様も安心してくださいよ!」
そう言って場を盛り上げながらグレンが私に近づき、手を差し伸べる。
しかし、私はそんなグレンの手を取る気にはなれなかった。なぜなら――
「私が……悪いの……」
ぽつり、と思わず呟く。
「私が……あのアゼルって勇者や、ラブリアって天使にそそのかされて……聖剣の封印を解いたのが悪いの……。パパが魔王だから……それでこの世界を支配しようとして……街を滅ぼしてるって言われて……あいつらからそれを止められるの私だけって、その気にさせられた……」
「……七海様」
「だけど……全部、嘘、だった……。滅ぼされた街は本当は魔族の街で……しかも、そこはスイレンちゃんの街で……私は相手が人間だから、勇者だから、天使だからって疑わなかった……。本当に、バカだった……!」
思い出しながら私は悔しさのあまり拳を握り締め、その瞳からは自分の犯した罪と利用されたことへの悔しさ、なによりもパパを傷つけてしまったことへの後悔から涙を流していた。
私がもっとパパを信用していれば、こうはならなかった。
いや、あるいはあの二人をもっと疑うべきであった。人のいい笑顔や、その優しさに騙されていた。
私がもっとしっかりしていれば、こうはなかなかった。
そんな、かもしれない後悔に苛まれていた私の前に、ふと誰かが立っていた。
顔を上げるとそこにいたのはスイレンだった。
「――七海」
スイレンは私の両肩に手を置き、そのまま私を――優しく抱きしめた。
「七海は悪くない……。七海は七海なりに正しいことをしようとした……。肉親である魔王様を止めようとした……。それは七海がこの世界の事を想って、誰かの役に立とうとしてやったこと……。その行為自体に悪いものなんてない……。あるとすれば、そんな七海の善意を利用しようとしたあいつらが悪い……。魔王様だってきっと同じことを言う。だから七海、自分を責めないで……」
そう言って私を抱いて、優しく頭を撫でるスイレンに、私は思わずそのままスイレンの胸に顔をうずめた。
「スイレン、ちゃん……」
本当はスイレンがこの場の誰よりも、パパの安否を気にしているはず。
なによりも、私が利用される原因となった『ナズールの悲劇』はスイレンの故郷。この中で最も思うところがあるはず。
にも関わらず、スイレンは私の事を心配し、慰めてくれた。
その優しさに私は思わず涙をこぼし、再び自分の罪を恥じると同時に、これ以上この事を引きずってはいけないと心の中で喝を入れた。
「そうですよ! 七海様は苦渋の決断の末に、自分の父親と戦う覚悟をしたんです! 魔王様はそんな七海様を誇りに思うことはあっても、怒ったり軽蔑なんか絶対にしません! 今回の件も七海様のせいでこうなったとは微塵も思っていません! ですから、どうか顔を上げてください。もうすぐ魔王様が復活されますから、その時には笑顔を見せてあげてください!」
「グレン……」
そう言って熱く私を励ますグレンも、彼なりの優しさが伝わり、私は思わずその唇に笑みを浮かべていた。
そうだ。気づいてはいなかったけれど、私はこの異世界に来てから、何も得ていなかったわけじゃない。
目的がない。やることがないと。焦って何かをしようとしていたけれど、私はすでにこの世界に来てから、ちゃんと何かをなしていた。
グレンや、スイレンという友人を得たこと。
そして、パパと再会して、煩わしくも楽しい日々を送っていた。
そうだ。ただそれだけで良かったのだと、気づかされた。
そんなことを思った瞬間、治療室の扉が開き、その向こうからイブリスが姿を現した。
「!? イブリス!」
「魔王様は……! 魔王様はどうなったの!?」
彼女が姿を現すや否や、グレンやスイレン、この場にいた全ての魔族達が彼女へと問い詰める。
しかし、そこから返ってきたイブリスの返答は暗く重いものであった。
「……残念ですが、このままでは魔王様の命は長くはありません」
「!?」
「そ、そんな……!」
イブリスからのその返答を聞いた瞬間、私は何かが崩れる音と共にその場にへたりこんだ。
先程私を励ましていたはずのグレンとスイレンも、信じられないといった様子で膝を折っていた。
「あの聖剣は天界の神々と天使が魔王様を殺すためだけに生み出した物。故にその呪詛が魔王様の体に入った時点で魔王様の命の危険は避けられなかったのです」
つまり、あの時ラブリアが言っていたのはこういうことであったのか。
どうあがこうとも、これでパパの死は決定した。
だからこそ、彼女はあの時、アッサリと退いた。
けれども、それを知ったところで、どうしようもないと私達全員、絶望に打ちひしがれる。
「ですが――」
だが、その瞬間、イブリスの口から思いもよらぬセリフが飛び出る。
「ひとつだけ、魔王様を救う手段があります」
『!!』
イブリスが吐いたそのセリフにこの場にいた全員が反応し、そして食ってかかるように彼女に問い詰める。
「なんだって!? 本当か、それは!」
「なに? 一体何をすればいいの!?」
グレンやスイレン、私を含むこの場の全員から問い詰められながら、イブリスはどこか覚悟を決めたようにその答えを口にする。
「――黒竜です」
『!?』
しかし、その答えを聞いた瞬間、私以外の全員が緊張した様子で黙り込んだ。
だが、私だけはその黒竜の意味が分からず、思わずそのままイブリスに問いかけた。
「……あの、イブリス。黒竜ってなに?」
「黒竜とはどのような傷や病、呪いさえも浄化する力を持つ伝説の古代竜です。黒竜に治せない傷はないとの伝説です」
「すごい……! そんなのがいるなら、今すぐにでも頼みに行こうよ!」
そう言って慌てた様子で急かす私に対し、しかし、イブリスは更なる事実を突きつける。
「ですが、そのための代償も存在します。黒竜からの奇跡を賜るには、黒竜の試練を乗り越えねばなりません。そして、試練を乗り越え、黒竜のメガネに叶った者はその奇跡を受けられますが代わりに『一番大事なもの』を失うと言われています」
「『一番大事なもの』……?」
そのフレーズに私は思わず身をこわばらせる。
「はい。それが何を意味するのかは誰にもわかりません。かつて、黒竜の試練を乗り越え奇跡を叶えてもらった者達の消息はそのまま消えています。つまりはその大事なものが――命、という可能性もあるのです」
そこまで聞いて私はなぜ周囲が黙り込んだのか、その理由が分かった。
確かに、そのような重い代償が存在するのなら、安易にそれに頼ろうと口にするのは難しいであろう。
「……ですので、その黒竜の試練には私が行って……」
それをイブリスも知ってか、彼女が自らそれに立候補をするが――
「待って。その黒竜のいる場所、私に行かせて」
「!? 何を、七海様!」
「七海様、正気なのですか!」
「! やだ、七海! それはダメ!」
私の宣言に対し、イブリス、グレン、スイレン達が慌てたように止めに入るが、私はそんな彼らを制し、真っ向から続ける。
「私に行かせて。この中で誰がそこに行くべきかは言うまでもないわ。お願い、イブリス。私に行かせて」
そんな私の瞳を真っ向から見つめていたイブリスは、やがて意を決したように最後の確認を行う。
「……本当によろしいのですね? 七海様」
「当たり前よ。パパをこうした責任は私にある。なら、誰がその代償を払うべきかは語るまでもないでしょう」
そんな私の断言に対し、イブリスは僅かに逡巡を見せるが、最後にはどこか納得したように頷く。
「――分かりました。では、魔王様の命、貴方様にお任せ致します」
私は城の一室にてパパの治療が終わるのを待っていた。
周りにはグレンやスイレン、その他に何人かの魔族が私と同じように不安を抱えながら待機していた。
「魔王様……魔王様……死んじゃ、やだよぉ……」
見ると、スイレンがいつものぬいぐるみを抱えながらその目に涙をこらえて呟いていた。
私はそんなスイレンの姿を見るのが耐えられなくなり、両手で顔を覆い、そのまま下を向く。
やがて、そんな重い空気を振り払おうとしたのか、グレンが明るい声が聞こえてきた。
「い、いやー! そ、それにしても魔王様に傷をつけられる武器があったなんて驚きだなー! け、けど心配する必要はないって! なんたって魔王様は不死身だからな! あの程度の傷なんかすぐに癒しちまうよ!」
「そ、そうだな! 魔王様がやれるなんてありえないぜ!」
「伝説の武器だかなんだか知らないが、魔王様が砕いたんだろう? なら、何の心配もないぜ!」
「そうそう! ってことで七海様も安心してくださいよ!」
そう言って場を盛り上げながらグレンが私に近づき、手を差し伸べる。
しかし、私はそんなグレンの手を取る気にはなれなかった。なぜなら――
「私が……悪いの……」
ぽつり、と思わず呟く。
「私が……あのアゼルって勇者や、ラブリアって天使にそそのかされて……聖剣の封印を解いたのが悪いの……。パパが魔王だから……それでこの世界を支配しようとして……街を滅ぼしてるって言われて……あいつらからそれを止められるの私だけって、その気にさせられた……」
「……七海様」
「だけど……全部、嘘、だった……。滅ぼされた街は本当は魔族の街で……しかも、そこはスイレンちゃんの街で……私は相手が人間だから、勇者だから、天使だからって疑わなかった……。本当に、バカだった……!」
思い出しながら私は悔しさのあまり拳を握り締め、その瞳からは自分の犯した罪と利用されたことへの悔しさ、なによりもパパを傷つけてしまったことへの後悔から涙を流していた。
私がもっとパパを信用していれば、こうはならなかった。
いや、あるいはあの二人をもっと疑うべきであった。人のいい笑顔や、その優しさに騙されていた。
私がもっとしっかりしていれば、こうはなかなかった。
そんな、かもしれない後悔に苛まれていた私の前に、ふと誰かが立っていた。
顔を上げるとそこにいたのはスイレンだった。
「――七海」
スイレンは私の両肩に手を置き、そのまま私を――優しく抱きしめた。
「七海は悪くない……。七海は七海なりに正しいことをしようとした……。肉親である魔王様を止めようとした……。それは七海がこの世界の事を想って、誰かの役に立とうとしてやったこと……。その行為自体に悪いものなんてない……。あるとすれば、そんな七海の善意を利用しようとしたあいつらが悪い……。魔王様だってきっと同じことを言う。だから七海、自分を責めないで……」
そう言って私を抱いて、優しく頭を撫でるスイレンに、私は思わずそのままスイレンの胸に顔をうずめた。
「スイレン、ちゃん……」
本当はスイレンがこの場の誰よりも、パパの安否を気にしているはず。
なによりも、私が利用される原因となった『ナズールの悲劇』はスイレンの故郷。この中で最も思うところがあるはず。
にも関わらず、スイレンは私の事を心配し、慰めてくれた。
その優しさに私は思わず涙をこぼし、再び自分の罪を恥じると同時に、これ以上この事を引きずってはいけないと心の中で喝を入れた。
「そうですよ! 七海様は苦渋の決断の末に、自分の父親と戦う覚悟をしたんです! 魔王様はそんな七海様を誇りに思うことはあっても、怒ったり軽蔑なんか絶対にしません! 今回の件も七海様のせいでこうなったとは微塵も思っていません! ですから、どうか顔を上げてください。もうすぐ魔王様が復活されますから、その時には笑顔を見せてあげてください!」
「グレン……」
そう言って熱く私を励ますグレンも、彼なりの優しさが伝わり、私は思わずその唇に笑みを浮かべていた。
そうだ。気づいてはいなかったけれど、私はこの異世界に来てから、何も得ていなかったわけじゃない。
目的がない。やることがないと。焦って何かをしようとしていたけれど、私はすでにこの世界に来てから、ちゃんと何かをなしていた。
グレンや、スイレンという友人を得たこと。
そして、パパと再会して、煩わしくも楽しい日々を送っていた。
そうだ。ただそれだけで良かったのだと、気づかされた。
そんなことを思った瞬間、治療室の扉が開き、その向こうからイブリスが姿を現した。
「!? イブリス!」
「魔王様は……! 魔王様はどうなったの!?」
彼女が姿を現すや否や、グレンやスイレン、この場にいた全ての魔族達が彼女へと問い詰める。
しかし、そこから返ってきたイブリスの返答は暗く重いものであった。
「……残念ですが、このままでは魔王様の命は長くはありません」
「!?」
「そ、そんな……!」
イブリスからのその返答を聞いた瞬間、私は何かが崩れる音と共にその場にへたりこんだ。
先程私を励ましていたはずのグレンとスイレンも、信じられないといった様子で膝を折っていた。
「あの聖剣は天界の神々と天使が魔王様を殺すためだけに生み出した物。故にその呪詛が魔王様の体に入った時点で魔王様の命の危険は避けられなかったのです」
つまり、あの時ラブリアが言っていたのはこういうことであったのか。
どうあがこうとも、これでパパの死は決定した。
だからこそ、彼女はあの時、アッサリと退いた。
けれども、それを知ったところで、どうしようもないと私達全員、絶望に打ちひしがれる。
「ですが――」
だが、その瞬間、イブリスの口から思いもよらぬセリフが飛び出る。
「ひとつだけ、魔王様を救う手段があります」
『!!』
イブリスが吐いたそのセリフにこの場にいた全員が反応し、そして食ってかかるように彼女に問い詰める。
「なんだって!? 本当か、それは!」
「なに? 一体何をすればいいの!?」
グレンやスイレン、私を含むこの場の全員から問い詰められながら、イブリスはどこか覚悟を決めたようにその答えを口にする。
「――黒竜です」
『!?』
しかし、その答えを聞いた瞬間、私以外の全員が緊張した様子で黙り込んだ。
だが、私だけはその黒竜の意味が分からず、思わずそのままイブリスに問いかけた。
「……あの、イブリス。黒竜ってなに?」
「黒竜とはどのような傷や病、呪いさえも浄化する力を持つ伝説の古代竜です。黒竜に治せない傷はないとの伝説です」
「すごい……! そんなのがいるなら、今すぐにでも頼みに行こうよ!」
そう言って慌てた様子で急かす私に対し、しかし、イブリスは更なる事実を突きつける。
「ですが、そのための代償も存在します。黒竜からの奇跡を賜るには、黒竜の試練を乗り越えねばなりません。そして、試練を乗り越え、黒竜のメガネに叶った者はその奇跡を受けられますが代わりに『一番大事なもの』を失うと言われています」
「『一番大事なもの』……?」
そのフレーズに私は思わず身をこわばらせる。
「はい。それが何を意味するのかは誰にもわかりません。かつて、黒竜の試練を乗り越え奇跡を叶えてもらった者達の消息はそのまま消えています。つまりはその大事なものが――命、という可能性もあるのです」
そこまで聞いて私はなぜ周囲が黙り込んだのか、その理由が分かった。
確かに、そのような重い代償が存在するのなら、安易にそれに頼ろうと口にするのは難しいであろう。
「……ですので、その黒竜の試練には私が行って……」
それをイブリスも知ってか、彼女が自らそれに立候補をするが――
「待って。その黒竜のいる場所、私に行かせて」
「!? 何を、七海様!」
「七海様、正気なのですか!」
「! やだ、七海! それはダメ!」
私の宣言に対し、イブリス、グレン、スイレン達が慌てたように止めに入るが、私はそんな彼らを制し、真っ向から続ける。
「私に行かせて。この中で誰がそこに行くべきかは言うまでもないわ。お願い、イブリス。私に行かせて」
そんな私の瞳を真っ向から見つめていたイブリスは、やがて意を決したように最後の確認を行う。
「……本当によろしいのですね? 七海様」
「当たり前よ。パパをこうした責任は私にある。なら、誰がその代償を払うべきかは語るまでもないでしょう」
そんな私の断言に対し、イブリスは僅かに逡巡を見せるが、最後にはどこか納得したように頷く。
「――分かりました。では、魔王様の命、貴方様にお任せ致します」
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