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01 お引越し先はあやかしの住むマンションです
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「ひいいいいいいいいいいいい!!」
その日、彼――田村(たむら)佳祐(けいすけ)は命の危険を覚悟していた。
『お前……この城化物が住まう場所に来るとは……よほどの命知らずよな。その命、喰われたいらしいなぁ?』
今、彼の目の前には体長数メートルを越す巨大な狐の怪物、『あやかし』がいた。
普通こんな生き物がいるなんて誰が見ても信じられないだろう。
だが、今彼の目の前にはそのあやかしが実在のものとし、彼の頭から爪先までを舐め回すように見ると舌先をチラリと出して告げる。
『ふふふ、見た目は平凡だがそういう奴ほど存外味は悪くない。数百年ぶりの人の肉、食ろうてやるのも悪くはなかろう』
「ま、待って! 待って待って待って! お願い、食べないで! な、なんでもする! なんでもするから食べないでくださいいいいい!!」
あやかしの狐に頬を舌なめずりされる男、佳祐は必死にそう叫び、土下座をする。
『ほお、なんでもか?』
その言葉に狐が怪しく目を光らせる
果たしてどのような要求がなされるのか佳祐が固唾を飲んで見守る中、あやかしは信じがたいセリフを吐いた。
『では――お主が持っているその書物、それをわらわに見せよ』
「……へ?」
書物。
あやかしの言った言葉に疑問符を浮かべる佳祐。
だが、あやかしはそんな佳祐を急かすように彼の足元に落ちている本を指差す。
『ほれ、そこのそれじゃ。なにやらたくさん絵が載っておる』
そこにあったのは一冊の漫画。
あやかしは知らぬことだが、それは彼――田村佳祐が描いた漫画でもあった。
佳祐は足元のその漫画を手に取ると恐る恐るあやかしへと渡し、それを受け取ったあやかしは器用にページをめくり、漫画を読み始める。
やがて、部屋の中にはしばしの沈黙が訪れるが、何度目かのページをめくった際、あやかしの口から僅かな吐息が溢れる。
『――ぷっ!』
「ぷ?」
『ぷはははははははは! なんじゃこれはー! 面白いー! 面白いぞー!!』
突然目の前で狐のあやかしがケラケラと笑い出す。
そのさまに佳祐は瞳を丸くしたまま呆気に取られる。
『おい! お主! これをもっと読ませよ! 他にもあるのじゃろう!』
「は、はい! ここに!」
『ふむふむ、どれどれ…………くははははは! これも面白いぞ! 傑作じゃ! なんじゃ、この奇妙な絵がたくさんある書物は!?』
「はあ、漫画、というものです」
『漫画か!? 私がいた頃は一枚の紙になにやら鼻の長い人間の絵を描くのが流行っておったが、これはまるで違うな! 実に奇妙、奇っ怪な絵じゃ! しかし、不思議と読める! むしろ面白いぞ!』
もしかして、このあやかしが言っているのは浮世絵のことだろうか?
そう思う佳祐であるが、続けてあやかしは佳祐へと問いかける。
『で、この傑作を描いた人物はいったい誰じゃ!? よほど名のある絵師なのじゃろう! お主知っておるのか?』
「はあ、まあ、一応……」
『誰じゃ教えよ!?』
「オレです」
『……なんじゃと?』
「オレです。それ、オレが描きました」
佳祐がそう答えるとあやかしは全身をワナワナと震わせる。
何事かと思ったその瞬間、狐はその顔を佳祐へと近づける。
「ひ、ひいいいいいぃぃ!?」
食われる。そう思った次の瞬間、
『お主――天才か!!?』
「……へっ」
『このような素晴らしい絵を描くとはお主はあの安倍晴明、葛飾北斎に並ぶ天才じゃ! 決めたぞ! 私は決めたぞ!』
そう叫ぶと次の瞬間、あやかしの体が光に包まれる。
あまりの眩しさに目を閉じる佳祐。
再び目を開けた瞬間、そこには銀色の髪をなびかせる絶世の美少女が立っていた。
「え、だ、誰……?」
あまりのことに呆然とする佳祐に、しかし少女に変化したあやかしは告げる。
「お主、名は?」
「え、へ、た、田村(たむら)佳祐(けいすけ)です」
「うむ! 佳祐よ! これより私はお前の弟子となる! 私にもこの『まんが』なる文化を描かせてくれ!」
訪れる沈黙。
やがて、この場を響かせるように佳祐の口から絶叫が飛び出す。
「えええええええええええええええええええええええ!!?」
これはとある売れない漫画家と、その漫画家に憧れ漫画家への道を歩むひとりのあやかしの物語である。
その日、彼――田村(たむら)佳祐(けいすけ)は命の危険を覚悟していた。
『お前……この城化物が住まう場所に来るとは……よほどの命知らずよな。その命、喰われたいらしいなぁ?』
今、彼の目の前には体長数メートルを越す巨大な狐の怪物、『あやかし』がいた。
普通こんな生き物がいるなんて誰が見ても信じられないだろう。
だが、今彼の目の前にはそのあやかしが実在のものとし、彼の頭から爪先までを舐め回すように見ると舌先をチラリと出して告げる。
『ふふふ、見た目は平凡だがそういう奴ほど存外味は悪くない。数百年ぶりの人の肉、食ろうてやるのも悪くはなかろう』
「ま、待って! 待って待って待って! お願い、食べないで! な、なんでもする! なんでもするから食べないでくださいいいいい!!」
あやかしの狐に頬を舌なめずりされる男、佳祐は必死にそう叫び、土下座をする。
『ほお、なんでもか?』
その言葉に狐が怪しく目を光らせる
果たしてどのような要求がなされるのか佳祐が固唾を飲んで見守る中、あやかしは信じがたいセリフを吐いた。
『では――お主が持っているその書物、それをわらわに見せよ』
「……へ?」
書物。
あやかしの言った言葉に疑問符を浮かべる佳祐。
だが、あやかしはそんな佳祐を急かすように彼の足元に落ちている本を指差す。
『ほれ、そこのそれじゃ。なにやらたくさん絵が載っておる』
そこにあったのは一冊の漫画。
あやかしは知らぬことだが、それは彼――田村佳祐が描いた漫画でもあった。
佳祐は足元のその漫画を手に取ると恐る恐るあやかしへと渡し、それを受け取ったあやかしは器用にページをめくり、漫画を読み始める。
やがて、部屋の中にはしばしの沈黙が訪れるが、何度目かのページをめくった際、あやかしの口から僅かな吐息が溢れる。
『――ぷっ!』
「ぷ?」
『ぷはははははははは! なんじゃこれはー! 面白いー! 面白いぞー!!』
突然目の前で狐のあやかしがケラケラと笑い出す。
そのさまに佳祐は瞳を丸くしたまま呆気に取られる。
『おい! お主! これをもっと読ませよ! 他にもあるのじゃろう!』
「は、はい! ここに!」
『ふむふむ、どれどれ…………くははははは! これも面白いぞ! 傑作じゃ! なんじゃ、この奇妙な絵がたくさんある書物は!?』
「はあ、漫画、というものです」
『漫画か!? 私がいた頃は一枚の紙になにやら鼻の長い人間の絵を描くのが流行っておったが、これはまるで違うな! 実に奇妙、奇っ怪な絵じゃ! しかし、不思議と読める! むしろ面白いぞ!』
もしかして、このあやかしが言っているのは浮世絵のことだろうか?
そう思う佳祐であるが、続けてあやかしは佳祐へと問いかける。
『で、この傑作を描いた人物はいったい誰じゃ!? よほど名のある絵師なのじゃろう! お主知っておるのか?』
「はあ、まあ、一応……」
『誰じゃ教えよ!?』
「オレです」
『……なんじゃと?』
「オレです。それ、オレが描きました」
佳祐がそう答えるとあやかしは全身をワナワナと震わせる。
何事かと思ったその瞬間、狐はその顔を佳祐へと近づける。
「ひ、ひいいいいいぃぃ!?」
食われる。そう思った次の瞬間、
『お主――天才か!!?』
「……へっ」
『このような素晴らしい絵を描くとはお主はあの安倍晴明、葛飾北斎に並ぶ天才じゃ! 決めたぞ! 私は決めたぞ!』
そう叫ぶと次の瞬間、あやかしの体が光に包まれる。
あまりの眩しさに目を閉じる佳祐。
再び目を開けた瞬間、そこには銀色の髪をなびかせる絶世の美少女が立っていた。
「え、だ、誰……?」
あまりのことに呆然とする佳祐に、しかし少女に変化したあやかしは告げる。
「お主、名は?」
「え、へ、た、田村(たむら)佳祐(けいすけ)です」
「うむ! 佳祐よ! これより私はお前の弟子となる! 私にもこの『まんが』なる文化を描かせてくれ!」
訪れる沈黙。
やがて、この場を響かせるように佳祐の口から絶叫が飛び出す。
「えええええええええええええええええええええええ!!?」
これはとある売れない漫画家と、その漫画家に憧れ漫画家への道を歩むひとりのあやかしの物語である。
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