命の記憶

桜庭 葉菜

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こうちゃんとの出会い 1

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 あれは私の両親が離婚したのがきっかけだった。

 離婚した理由は詳しく知らないが、私がまだ幼稚園生の時に両親が離婚した。

 それから私はお母さんに引き取られた。

 しかしお母さんは仕事で忙しいため、私はおじいちゃんおばあちゃんの家で暮らすことになり、お母さんは1人で職場の近くに暮らすことになった。

 それからはお母さんに会えるのは週末だけ。

 週末だけは、必ずお母さんの家に泊まりに行くことになっていた。

 でも私はそれに不満を持ったことはなく、いつも楽しみにしていた。

 そしてその楽しみがもう1つ増えたのは私が小学4年生になった頃だった。

 その日はお母さんと一緒に近くの公園に逆上がりの練習をしに行っていた。

 実は当時の私は逆上がりが大の苦手で。

 しかしなんとか週明けの体育までにできるようにしたくて、公園に練習に行くことにしたのだ。

「あー、惜しい! 琴音、もう1回頑張ろう!」

 なかなか逆上がりができない私にお母さんは優しく声をかけてくれる。

 お母さんはいつも私に優しい。

 いざもう一度チャレンジしようと鉄棒を掴んだ時、お母さんの携帯が鳴った。

「会社から電話来ちゃった。ごめんね、ちょっと電話してくるね」

 そう言ってお母さんは小走りで私から離れ、電話に出た。

 すると、お母さんが駆けて行った方とは逆の方から足音が近づいてくる。

「逆上がり、俺が教えようか?」

 振り向くと自分とほぼ同じ背丈の男の子がいた。

「で、できるの?」

 私の問いにその子は何も答えず、代わりにすぐそばにあった鉄棒につかまり、くるんと一回転。

 綺麗な逆上がりを見せてくれた。

「わあ! すごい!」

 私はすぐにその子の近くに駆け寄った。

「私もそんなに綺麗に逆上がりできるようになる?」

「もちろん!」

 その子が笑顔でそう言ってくれたおかげで、私はなんだか自信が出てきた。

「あら、お友達?」

 お母さんが電話を終わらせて帰ってきた。

「うん! 今仲良くなったの!」

「ならお友達と仲良くしていられる? お母さん急に仕事が入っちゃって……夕方までにはお迎えに来るから、それまでいい子でいられる?」

 せっかくお泊まりに来たのにお母さんはお仕事だ。

「うん、わかった」

「ごめんね、いってくるね」

 私はお母さんが見えなくなるまで見送った。

 たまにこういうことがあるのだ。

 急に上司から電話がかかってきて、休日でもすぐに家を飛び出してしまう。

 お母さんが仕事の間、私はお母さんの家で1人きり。

 いつもとは違う家で1人、不安に思いながらお母さんの帰りを待っていた。

 でも──

「逆上がり、一緒にやろう」

 今はそう声をかけてくれる友達がいる。

 今日は1人じゃない。

「うん!」

 満面の笑みでそう答え、2人で逆上がりの練習をした。

 その子の逆上がりは何度見ても綺麗だった。

 その子?

 そういえば、名前──

「名前、なんていうの?」

 そう言ったのはその子の方だった。

「わ、私は鈴木すずき琴音ことね。小学4年生だよ」

「俺も小4。名前は佐々木ささき幸介こうすけ、みんなからはこうちゃんって呼ばれてるから、そう呼んで」

 こうちゃん。

 心の中でそう言ってみる。

「こうちゃん」

 今度は口にもしっかりだす。

「私は特に呼び方とかないから、なんでもいいよ」

「じゃあことねって呼ぶ」

 男の子に下の名前で呼ばれるのは初めてのことで少しびっくりしたが、なんとなく嫌な感じはしなかった。

 むしろ嬉しかった。

 知らない街で新しい友達が出来たこと、お母さんに会うこと以外にここに来る理由が出来たこと。

 またここに来たらこうちゃんに会えるのかな?

「ことね?」

 不意に名前を呼ばれ、体がビクッとした。

「逆上がり、やろ?」

「う、うん!」

 1人で色々と考えていたのが恥ずかしくなった。

 今は逆上がりを成功させることだけを考えよう。

「腕をもっとこう……足もこうして……」

 私の逆上がりを見ながらアドバイスをくれる。 

 こうちゃんは私が失敗する度に綺麗な逆上がりを見せてくれ、私もそれを見ながら何度も挑戦する。

 それでも逆上がりは全くできなかった。

「休憩しよっか」

 こうちゃんにそう声をかけられた。

「うん!」

 私はベンチの端っこに座る。

 こうちゃんもこっちに来ると思っていたが、どこかに行ってしまった。
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