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第1章 暗 躍
10. ムバラートの本性
しおりを挟むもやもやとした夜空に、月はぼんやりと霞んで見えていた。
アレンディルは、叔父と並んで湖の方へ体を向けていたが、叔父からも手すりからも、わざと少し距離をとっていた。
ムバラートはそれを気にする様子もなく、月よりも夜の湖を黙って眺めている。
森の木々に囲まれた湖は静かだったが、白鳥がいて、湖面に水尾を引いたり、波紋を作っていた。宮殿から漏れている灯りが、白樺の幹を浮かび上がらせている。この上品な景色だけを見ていると、進んで軍事に力を入れているような地域とは思えない。そう憂いながら、アレンディルも、しばらくは隣で同じように外の眺めを観賞した。
アレンディルは、叔父の横顔に視線を向けた。二人だけで話がしたいと言った彼は、一向に口を開こうとしない。
いくらかためらったが、アレンディルは自分から話しかけることにした。核心に近い話を。叔父はここで無駄話をするつもりなどないだろう。
「ずっと以前からのことですが、南の国境警備隊より、ある情報を得ました。バラロワ王国が、ここベルニア国と同盟を結びたがっていると。」
「そうか・・・。」
「何かご存知でしたか。」
「いや。私のもとへは、それに関係するような者は誰も来ていないが。」
「そうですか。」
案の定、嘘をつかれて会話が途切れた。
「もし・・・。」
アレンディルは話しを続けた。
「もしも、そのような者が現れたら・・・。」
「ここはベルニア国という名を持ち、私が統治しているが、あくまでウィンダー王国の一部。私の一存で勝手なことをすれば、私は、たちまち罪に問われることになる。そうではないか。」
「確かに・・・そうですが。」
さきほどから、ムバラートの声は、抑揚感の全くない淡々としたものだった。視線も、ずっと湖の方へ向けられたままだ。
「父上は、バラロワ王国の君主と、使いを通して何度も話をしました。するとある時、かの国王は手を結びたいと言ってきた。しかし、父上は、それを承知しなかった。父上が望んでいたのは、かの国と同盟ではなく、和平を結ぶことだったからです。話し合いの度に、かの国王は抑えきれない野心をのぞかせ、全てを欲しがったと聞きました。」
「知っている。そなたよりも、よく。」
アレンディルはさりげなく諭そうとしたのだが、そう答えた叔父は、何か別のことを考えているか、どこかうわの空という感じだった。はっきりと警告した側近の話にも耳を貸さなかったのだ。やはり何を言っても無駄だろう・・・そう思い知らされると、アレンディルは、今夜のうちにも帰路につきたくなってしまった。
「そろそろ中へ・・・」
・・・入りませんか。そう言って背中を返そうとしたアレンディルを、ムバラートの声がとどめた。
「兄は強かった。」
足を止めたアレンディルは、何を言いだすかと耳をかたむけた。
「戦争の無い時代を望みながらも、戦い続けて国を守った。必要とあらば私も兵を出し、兄の要請に応えて共に戦った。だが、兄とは考えが違った・・・。」
そう言うと、ムバラートはやっと甥を見て、体をも向けた。
「アレンディルよ、今は平和だと思うか。」
若い王は、それにはっきりとうなずくことはできず、代わりにこう答えた。
「父上が少しずつ変えてきました。今では、戦争を起こさずに解決できることも多くある。」
「そう・・・兄とその騎士たちが黙らせたからだ・・・武力で!」
アレンディルは、たちまちゾッとなった。叔父が急に態度を変えてきた。自分の一言が引き金となって。
「ゆえに、負かされた国々は、虎視眈々と襲撃の機会を窺っているぞ。なぜだと思う。」
アレンディルは、さっき自分が口にした言葉を考え、彼の気に障ることだったと後悔したが、この話を始めたのは彼の方であり、むしろそう言わされたような気がした。意図的だったのではないか。そんな思いが頭をよぎった時、その口から、恐らくずっと言いたかっただろう言葉が、ついに思いがぶちまけられた。
「現国王が、戦争を何一つ知らない若造だからだ!」
声も出ないほど圧倒されたまま、アレンディルは叔父の形相を見つめた。
一方、ムバラートは一息つくと、気が済んだように落ち着きを取り戻した。それから、少し尻込みしているアレンディルに詰め寄った。
「どうだ? 私の方が、王に向いているとは思わないか。」
その囁き声は、まるで催眠術でもかけようとするかのようだ。
と、その時!
ムバラートはアレンディルの腰から短剣を引き抜くや、シュッと刃を閃かせた。
反射的に大きく身を引いたアレンディルだったが、くっと歯を食いしばって右腕に視線を落とした。かすり傷だ。だがそれを気にする間もなく、アレンディルはとっさに手を出して、次の襲撃を阻止しなければならなかった。
「叔父上・・・!」
「アレンディル・・・この国を寄越せ!」
「私が死んでも、もうあなたのものにはならない。承知のはずだ。」
「お前が不名誉な死に方をすれば、中枢の者たちは混乱する。その隙に我らは動く。」
「いったい何を・・・このような殺し方をすれば、黙ってはいない者が多くいる。」
「お前が先に襲ってきたのだろう?」
「な・・・まさか・・・。」
気づけば、侍従のゼルフィンはうずくまったまま頭を抱え、嗚咽を漏らし続けている。叔父が自分の剣を簡単に置いてきた行動に、納得がいった。そして、剣を持っていてもいいと言った、その訳に。間抜けなことに、彼の魂胆を知っていながら、我らは彼の計算通りに動いていた。全ては彼の思惑通りに。思えば、暴言を吐かれて、自分が驚きのあまり唖然となってしまったことも、彼の予定にあったのではないか。それについては、無意識のうちにも反応できたのは運がよかった。
しかしまだ、今まさに命の危険にさらされている!
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