33 / 69
第3章 脱 出
8. 生還
しおりを挟む闇の精霊を召喚したラキアは、それらに手を引いてもらうといった感じで、暗闇の中をすたすたと歩いた。まるで太陽のもとにいるかのように。しかし、あとに続く者たちは、遅れをとらないように、そして足元によく注意しながら、ずっと神経を張りつめていなければならなかった。夜空には少し欠けた月が明るく輝き、暗がりに目が慣れてきても、森の中では一寸先が見えるという程度。障害物を避けているらしく、先頭はあちらこちらへ向きを変え、方角ももはや分からない。前にいる者を見失ったら終わりだ。
ところで、出発の前に、彼らは並び方を決めていた。ラキアはいいとして、王女と侍女には、一人ずつ付き添いが必要である。それで初めは、当然のように護衛のラルドが王女につこうとしたのだが、その場を取り仕切ったルファイアスが、彼には恋人、つまり侍女のイオラを守らせた。それで、王女には、いま体力に余裕があるレイサーが寄り添うことになった。
そうして、ただひたすら慎重に歩き続けていた一行は、不意に道に出た。
広い道だ。それに、遠く前方に灯りが現れた。いくつもあって、ちらちらと輝いている。人工の灯り。道を照らす街灯だ。続いて、広い川と橋が目に映った。
ついに、囚われていた者たちは生還を果たした。
木立の間から見えた基地の広場は、ほのかに明るかった。見張りのための焚き火と、周りでぼうっと燃えているかがり火に照らされている。いつも通りに。そして、いつものように焚き火のそばには三人の見張りがいるはずだが、そこはひっそりとしていた。木につながれている軍馬たちもおとなしく、鼻を鳴らす音さえしない。
基地を目指して、一行がそこへと続く林道を進んでいると、やはりいた当番の隊員が三人とも立ち上がった。しかし深夜の訪問者に少し警戒しているのか、誰も近づいて迎えようとせず、様子をうかがいながら待っている。道端に点々と立っている街灯は、通行人の姿をはっきりと映すにはじゅうぶんではなかった。それに、木々をかすめて見えていた。それで分かったことは、最初は男女ともいる集団。そして、雰囲気からどうも若者と中年の男性。もう少し待って・・・うち数名の着衣が何であるか分かった。 紺の軍服!
「ラルティス総司令官が戻られた!」
真っ先に地面を蹴った一人が叫んだ。
あとの二人もすぐさま続いた。
「ルファイアス騎士もいらっしゃる。」
「隊長たちも無事だ!」
基地に帰り着いたとたん、ラルティスとその部下、そしてルファイアスは、気が緩んでその場に次々と膝を折った。一度こうなると、足だけでなく体まで震えてどうしようもなくなった。もともと弱りきった体で、体力はとっくに限界を超えていた。だが、ここまで歩けるよう、その誰もが無理をしていたのである。後ろを気にすることなく意気揚々と先導してくれた美少女は、そのあいだ彼らにとっては〝鬼〟でしかなかった。
天幕という天幕から、隊員たちがぞろぞろと起きてきた。
今度ばかりは、留守を任されていた隊長たちも平常心ではいられなかった。やや興奮しながら、一直線に走り寄って行く。そうして部下たち数人の間をすり抜けた。驚き、そして大きな安堵と喜びを素直に顔にだして。
「肩をお貸ししましょう。さあ、天幕の方へ。」
ヴルーノがさっと腰を落として助け起こそうとしたが、ラルティスは、その手につかまろうともせずに言った。
「旅の準備と、馬を用意してくれ。一時間後に王都へ立つ。」と。
集まった隊員たちはみな、その言葉に思わず驚異した。見るからに、命からがら疲労困憊で帰還しての第一声とは思えない。なんて御人だと。
「無茶です。よくお休みになられてから・・・。」
さすがに叱るような強い口調で、ヴルーノは言った。
「一刻を争う。バラロワ王国は諦めてはいなかった。場合によっては、もはや強引な手段に出ることも可能な準備ができている。武力でこの国を撃つ攻撃態勢が。」
「総司令官、そのことはもう、王も上の者たちもみなご存知です。アスティンが話してくれました。」
パッと顔を上げてヴルーノを見たラルティスは、疲れや、あらゆる苦痛の全てを忘れて目を輝かせた。
「生き延びたか! 良かった、彼は今どこに。」
「ラジリーク市の関所に。」
「ああ、そうだ忘れてた。俺たちが兄貴たちを探しに行ったきっかけは、アスティンから話を聞いたからだ。それと、ベルニア国が滅びた。」
なんともあっさりしたレイサーの今頃の報告に、何も知り得なかった者たちは、一瞬、頭が真っ白になったようだった。
「ベルニア国が滅びた?」と、ルファイアスが繰り返した。
その大きな出来事が起こったのは、彼が呪われた未開の森を彷徨っていたあいだのことだ。
「ああ、それについては、またあとでゆっくりと説明する。」と言って、レイサーは無理やり話を終わらせた。ここで口にすべきではなかった。今その話を始めたら、長くなるうえややこしくなる。兄たちを休ませる方が先だ。
「とにかく、そうか、もう我らの国も動いているのだな。あそこでは、私たちの時間は止まっていた。」
ラルティスは、いくらかほっとした声で言った。
「ああ、防衛体制を強化し、兵士たちが実戦に備えた訓練を受けている。」
「ならば、ひとまず関所へ向かおう。」
「ええ、ですが、まずはそのお体を、ある程度回復させてからにしてください。」
ヴルーノは少し怒ったように、呆れて言った。
「あの・・・ところで総司令官・・・あの綺麗なお嬢さん方は?」
セネガル副隊長が、実は、ずっと気になっていたことをやっと口に出した。
ラキアのことではなく、当然、見知らぬ美女と付き人らしい二人のことを言っている。
「バラロワ王国のイルーシャ王女と、侍女のイオラ、そして王女の護衛のラルドだ。」
ラルティスにそう紹介されたラルドは、突然の混乱と誤解を避けるためにと、レイサーが前もって貸していた外套を脱いだ。その下は、ウィンダー王国にとって、脅威の敵である国家の紋章が入った茶色の軍服である。
初対面の者は、みな見事に絶句した。
「我らを救い出してくれた。失礼の無いように。」
捕虜となっていた者たちは、ほかの隊長たちにそれぞれ支えてもらい、立ち上がった。そして、アスティンも運ばれた医療用テントに入っていった。
その途中、ヴルーノの肩につかまりながら歩いていたラルティスは、気になって少し振り向いた。
イルーシャ王女が、ひどく心細そうにこちらを見ていた。
その後、深夜にもかかわらず、基地の広場には大勢が残っているまま、少しざわついていた。
そんな中、異国の三人は、居場所に困っているようだった。
今、イルーシャ王女に直接対応できるのは、二人の付き人のほかは、同等の身分の者にはそこそこ面識がある、実は貴族のレイサーくらいだった。ほかの隊員たちは、隊長や副隊長でさえ、恐れ多くて自然と距離をとっていた。アベルやリマールも。アベルについては、その素性は王族でも、限られた者以外の王侯貴族とは、ほとんど接したことがない。
レイサーは、王女たち三人をテーブルの方へ誘った。そして隊員の一人に、彼女たちのために、何か温かい飲み物を用意してくれるよう頼んだ。ついでのように、ラキアの分も。その時、護衛のラルドは遠慮して、テーブルの席にもつかずに王女のそばに控えた。
ほかの隊長や副隊長と相談しながら、レイサーは、王女たちのためにいろいろと気を配った。そして、イルーシャ王女と侍女のイオラに、二人だけの天幕が一つ用意された。護衛のラルドは、その前で休むという。ラキアも特別扱いすべきかとレイサーはちょっと迷ったが、共に旅をした時のことを思い出して、一緒に野宿させることにした。それをラキアは、むしろ喜んで承知した。
ひととおり手配して、ひとまず落ち着いたレイサーは、まだテーブル席にいるイルーシャ王女が、同じ方ばかり気にしているのにふと気づいた。
その視線をたどってみると・・・彼女が見ているのは、どうも医療用テント。つまり、兄たちが休んでいる場所だ。
すると直感が働いた。ひょっとして、その中の誰かにたちまち好意をもったのか? そしてつい、あの中で独身は・・・と、考える。ラルティス兄貴と、コール副隊長だ。あとの二人には妻子がいる。そのことを彼女は何も知らないが、森の中で出会った時の様子を思い出してみると・・・ラルティス兄貴か。そんな気がした。まあ、歳の差はきっと大きいが、容姿だけをとってみればお似合いだ。
そこでレイサーは、自分の馬鹿げた考えに首を振った。
彼女は、仮にも敵国の王女。もしそうだとしたら、禁断の恋だ。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。
秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。
「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」
第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。
着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。
「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。
行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。
「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」
「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」
氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。
一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。
慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。
しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる