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〇 花のかおり

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 青紫色の小花に顔を近づけると、冷たい香りがすうっと鼻腔を抜けた。花穂かすいをつくる植物は、甘い香りのラベンダーしか知らない。爽やかな香りに呼吸が深く落ち着いていく。
 わたしのそばで、彼はささやく。

「花にくちづけて。さあ、目を閉じて──」

 言われるがまま、まぶたを閉じる。くちびるに触れる花弁は、やわらかく脆い。

「何も考えないで。花にまかせて」

 うなずくことももどかしい。わたしはそのまま微睡みに落ち、次に目覚めたときには。
 自分がどこのだれであるかということまですっかりと、忘れ去っていた。
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