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「──コルネリア」
確かめるように呼ばれて、目の前の手に手を重ねる。エスコートを受けつつ、どこへ、とも示し合わさずに二階への階段をあがり、女主人の部屋の前で足を止める。
「話をさせてほしい」
緊張した面持ちで端的に切り出したフェリクスへ、コルネリアは部屋の扉をみずから開けることで答える。夫から離れ、窓辺に置かれた長椅子まで歩いていくと、手で座るようにと促す。
彼は示された場所に座ろうとはしなかった。コルネリアを腰かけさせると、その前に跪いた。
「あなたの名を勘違いして、申し訳なく思っている。だれかの代わりにした覚えはないんだ。私は、はじめから、他のだれでもなく、あなたに求婚したつもりだった」
ひとことずつ区切るように言われたことばに、頭がついていかない。まっすぐな視線は、コルネリアを見つめている。返答は、しかし、求められていないように思えた。
「もう一度、最初から、やり直させて欲しい」
最初? どこから? 浮かんだ疑問を払うように、フェリクスは右手をさしだす。悩むより先に、反射的に右手が出た。うやうやしくいただいたコルネリアの手の指に、くちびるがそっと触れる。
「フェリクス・アウレリウスと申します。あなたのお名前をお聞かせくださいますか、レディ」
フェリクスも、あの日、挨拶を交わせなかったことを覚えていた。それがわかってようやく、コルネリアは事の次第を理解した。
「──わたくしが、白いドレス姿でなかったからなのね?」
なんてことだろう! 泣き笑いになって、流れた涙を拭われる。
フェリクスは、貴族の常識で考えただけだ。勘違いして当然ではないか。彼が出会ったのは、付き添いのための濃緑のドレスを纏っていたコルネリアだ。デビューの年齢の令嬢だとはわからず、自分が出会ったのは年嵩のディアナのほうなのだと思い込んでしまったに違いない。
もしも、ディアナがまともに付き添いを務めていたら、きっとコルネリアは庭になど降りず、彼とは出会えなかった。けれども、彼女が騒動を起こさなければ、ふたりはあの場で名乗りあい、こうしてすれ違うこともなかっただろう。
まったく数奇な運命だった。
「『わたくしは、コルネリア・センプロニウス・バローと申します』」
あの夜会の日に告げたかった名を伝え、コルネリアは改めて、跪くフェリクスに微笑みかけた。涙の残る目元に、再び手が伸びる。その骨張った手の甲に指で触れると、彼が腰を浮かせた。
吸い込まれるような紺青の瞳が近づいてくる。目を伏せて受け入れ、絶え間ない触れ合いに溺れる。息をつぎながら、フェリクスが囁く。
「私の話をあんなに楽しそうに聞いてくれるのは、あなただけだ、コルネリア。きらきらした瞳がすごくきれいで、何度も見惚れていた。その場でこうしたかったくらい、気持ちが昂っていたんだ。気づいていた?」
ふるふると首を振って答えながらも、コルネリアのほうも、少しだけ勇気を出してみる。
確かめるように呼ばれて、目の前の手に手を重ねる。エスコートを受けつつ、どこへ、とも示し合わさずに二階への階段をあがり、女主人の部屋の前で足を止める。
「話をさせてほしい」
緊張した面持ちで端的に切り出したフェリクスへ、コルネリアは部屋の扉をみずから開けることで答える。夫から離れ、窓辺に置かれた長椅子まで歩いていくと、手で座るようにと促す。
彼は示された場所に座ろうとはしなかった。コルネリアを腰かけさせると、その前に跪いた。
「あなたの名を勘違いして、申し訳なく思っている。だれかの代わりにした覚えはないんだ。私は、はじめから、他のだれでもなく、あなたに求婚したつもりだった」
ひとことずつ区切るように言われたことばに、頭がついていかない。まっすぐな視線は、コルネリアを見つめている。返答は、しかし、求められていないように思えた。
「もう一度、最初から、やり直させて欲しい」
最初? どこから? 浮かんだ疑問を払うように、フェリクスは右手をさしだす。悩むより先に、反射的に右手が出た。うやうやしくいただいたコルネリアの手の指に、くちびるがそっと触れる。
「フェリクス・アウレリウスと申します。あなたのお名前をお聞かせくださいますか、レディ」
フェリクスも、あの日、挨拶を交わせなかったことを覚えていた。それがわかってようやく、コルネリアは事の次第を理解した。
「──わたくしが、白いドレス姿でなかったからなのね?」
なんてことだろう! 泣き笑いになって、流れた涙を拭われる。
フェリクスは、貴族の常識で考えただけだ。勘違いして当然ではないか。彼が出会ったのは、付き添いのための濃緑のドレスを纏っていたコルネリアだ。デビューの年齢の令嬢だとはわからず、自分が出会ったのは年嵩のディアナのほうなのだと思い込んでしまったに違いない。
もしも、ディアナがまともに付き添いを務めていたら、きっとコルネリアは庭になど降りず、彼とは出会えなかった。けれども、彼女が騒動を起こさなければ、ふたりはあの場で名乗りあい、こうしてすれ違うこともなかっただろう。
まったく数奇な運命だった。
「『わたくしは、コルネリア・センプロニウス・バローと申します』」
あの夜会の日に告げたかった名を伝え、コルネリアは改めて、跪くフェリクスに微笑みかけた。涙の残る目元に、再び手が伸びる。その骨張った手の甲に指で触れると、彼が腰を浮かせた。
吸い込まれるような紺青の瞳が近づいてくる。目を伏せて受け入れ、絶え間ない触れ合いに溺れる。息をつぎながら、フェリクスが囁く。
「私の話をあんなに楽しそうに聞いてくれるのは、あなただけだ、コルネリア。きらきらした瞳がすごくきれいで、何度も見惚れていた。その場でこうしたかったくらい、気持ちが昂っていたんだ。気づいていた?」
ふるふると首を振って答えながらも、コルネリアのほうも、少しだけ勇気を出してみる。
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