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岩清水市には人口の割にたくさんの高齢者施設がある。その施設それぞれにワクチンや接種券を配送するのも、俺たち派遣職員の仕事だ。
今日の業務は接種券の配送だが、行き先のひとつは、初めて向かうグループホームだ。『グループホームことだまの郷 岩浦』は、全国展開している介護事業者の経営する施設で、つい最近開設されたばかりだという。
「タツコさん、この住所わかります?」
「いまひとつピンとこない。岩浦漁港よりは北だということはわかる」
同じ文字が施設名に使われているだけで、市の南端の岩浦漁港とは10キロ程度離れている。住宅地図を開いて場所を確認し、経路を辿る。一方通行があれば別だが、だいたいの経路はわかった。
「俺が運転しますね」
ふだんはタツコさんのほうが運転がうまいので任せきりなのだが、今日はそうも行くまい。職場から複数の高齢者施設を通るルートを組み立てる。岩清水は南北に広い半島なので、基本、北から回っていって、東の沿岸を通り、南端を攻めたあと、西海岸を巡って帰所する。今日は9箇所伺う予定だ。例のグループホームは5番目に訪問することになった。
順調にスタートを切り、4番目の多聞海岸付近の特養に配送を終えたのが30分後。次のグループホーム到着まで、しばらくかかる。いつもなら車内の話題は基本的に俺が回すので、運転手になったぶんだけ手薄になり、沈黙が増える。
東の海岸沿いを南下していくと、右手は常に高い崖、左手は海という景色が10分ほど続く。崖のうえには、農地が広がっているはずだ。蛭田漁港を過ぎると、道路は高台に登り、内陸に入る。農地を突っ切って、間口、江那と通りぬける。グループホームはこのあとの市内唯一のトンネルを抜けた先にあるらしかった。
「ことだまの郷の接種券は何件あるんでしたっけ」
「4回目用が1件、5回目用が3件。手元に持っている」
「了解です。じゃあ、切りかえすあいだに渡してきてもらえます? もしかしたら、駐車スペースがない可能性もあるんで」
打ち合わせして、トンネルに入る。自動でついたヘッドライトに照らされて、前方の路側帯のあたりが光った。自転車がいる。細いホイール、流線形のヘルメット、ユニフォームみたいなウェア。いかにも競技者といった感じの出で立ちだった。
対向車はいない。追い越し禁止の黄色い線を踏んで、自転車を避けるしかないか。考えたところだった。
「うわぁ!」
視界いっぱいに、黒いものが垂れた。でろん、と、車の屋根から、ぶら下がるようにフロントガラスを覆った何かと、目が合う。なんだこれ、顔が、ある……??
「ハンドルを維持しろ! 惑わされるな!」
助手席のタツコさんが叫ぶなり、窓を開けた。この黒いのを取り去ってくれるのかと思いきや、タツコさんの狙いはそこではなかった。身を乗り出し、左手を銃のかたちにして、右手を添える。
「破ァァァッ!!」
一喝とともに、指先からほとばしった閃光は、先を行く自転車に向かった。ぱぁぁんっ、と、高く手を打ち鳴らしたような小気味いい音とともに、自転車も、黒い影もきれいさっぱりと消し飛んでいた。
タツコさんはいつも通りだ。何ごともなかったかのように平然と座り直すと、ぐるぐるとハンドルを回して窓を閉める。そういえば、この車の窓って、手動開閉でしたね。
「タツコさん、アレって……」
「ここでは、以前、自転車とトラックの追突死亡事故があっただろう」
「じゃあ、その幽霊の?」
「真似をした何かだな」
幽霊の真似ッ⁉︎ 意外なことばに目をむいているうちに、うっかりグループホームの前を通り過ぎ、慌てて引き返す。
「なんですか、真似って」
「『死亡事故があった』『トンネルは暗くて怖い』『幽霊が出るかもしれない』そんな、大勢の思い──というよりは、期待だな。そうしたものが寄り集まると、妙なものを作り出すことがある」
へぇ……。そんなことまでご存知とは、寺生まれってやっぱり凄い。感心した俺は、危うく再びグループホームを通り過ぎそうになった。
今日の業務は接種券の配送だが、行き先のひとつは、初めて向かうグループホームだ。『グループホームことだまの郷 岩浦』は、全国展開している介護事業者の経営する施設で、つい最近開設されたばかりだという。
「タツコさん、この住所わかります?」
「いまひとつピンとこない。岩浦漁港よりは北だということはわかる」
同じ文字が施設名に使われているだけで、市の南端の岩浦漁港とは10キロ程度離れている。住宅地図を開いて場所を確認し、経路を辿る。一方通行があれば別だが、だいたいの経路はわかった。
「俺が運転しますね」
ふだんはタツコさんのほうが運転がうまいので任せきりなのだが、今日はそうも行くまい。職場から複数の高齢者施設を通るルートを組み立てる。岩清水は南北に広い半島なので、基本、北から回っていって、東の沿岸を通り、南端を攻めたあと、西海岸を巡って帰所する。今日は9箇所伺う予定だ。例のグループホームは5番目に訪問することになった。
順調にスタートを切り、4番目の多聞海岸付近の特養に配送を終えたのが30分後。次のグループホーム到着まで、しばらくかかる。いつもなら車内の話題は基本的に俺が回すので、運転手になったぶんだけ手薄になり、沈黙が増える。
東の海岸沿いを南下していくと、右手は常に高い崖、左手は海という景色が10分ほど続く。崖のうえには、農地が広がっているはずだ。蛭田漁港を過ぎると、道路は高台に登り、内陸に入る。農地を突っ切って、間口、江那と通りぬける。グループホームはこのあとの市内唯一のトンネルを抜けた先にあるらしかった。
「ことだまの郷の接種券は何件あるんでしたっけ」
「4回目用が1件、5回目用が3件。手元に持っている」
「了解です。じゃあ、切りかえすあいだに渡してきてもらえます? もしかしたら、駐車スペースがない可能性もあるんで」
打ち合わせして、トンネルに入る。自動でついたヘッドライトに照らされて、前方の路側帯のあたりが光った。自転車がいる。細いホイール、流線形のヘルメット、ユニフォームみたいなウェア。いかにも競技者といった感じの出で立ちだった。
対向車はいない。追い越し禁止の黄色い線を踏んで、自転車を避けるしかないか。考えたところだった。
「うわぁ!」
視界いっぱいに、黒いものが垂れた。でろん、と、車の屋根から、ぶら下がるようにフロントガラスを覆った何かと、目が合う。なんだこれ、顔が、ある……??
「ハンドルを維持しろ! 惑わされるな!」
助手席のタツコさんが叫ぶなり、窓を開けた。この黒いのを取り去ってくれるのかと思いきや、タツコさんの狙いはそこではなかった。身を乗り出し、左手を銃のかたちにして、右手を添える。
「破ァァァッ!!」
一喝とともに、指先からほとばしった閃光は、先を行く自転車に向かった。ぱぁぁんっ、と、高く手を打ち鳴らしたような小気味いい音とともに、自転車も、黒い影もきれいさっぱりと消し飛んでいた。
タツコさんはいつも通りだ。何ごともなかったかのように平然と座り直すと、ぐるぐるとハンドルを回して窓を閉める。そういえば、この車の窓って、手動開閉でしたね。
「タツコさん、アレって……」
「ここでは、以前、自転車とトラックの追突死亡事故があっただろう」
「じゃあ、その幽霊の?」
「真似をした何かだな」
幽霊の真似ッ⁉︎ 意外なことばに目をむいているうちに、うっかりグループホームの前を通り過ぎ、慌てて引き返す。
「なんですか、真似って」
「『死亡事故があった』『トンネルは暗くて怖い』『幽霊が出るかもしれない』そんな、大勢の思い──というよりは、期待だな。そうしたものが寄り集まると、妙なものを作り出すことがある」
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