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わたしのつなぎたい手
【第16話:そこに何を見るのか】
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轟々と未だ収まらない上昇気流を背に仁王立ちのユアが、ふっと糸が切れたように倒れる。
「ユア!」
驚いたカーニャの声。そっとアミュアを寝かし、ユアに駆け寄っていった。
夕暮れが迫り、空は少しづつ美しい菫色に変わりつつあった。
「ユア大丈夫です、じぶんで歩けます」
「ダメ絶対無理させない!」
アミュアを背負ったユアが、村の裏手にある崖を登る。狭いがしっかりとした階段がつづら折りに刻まれている。ユアもアミュアも装備は外し薄着である。恥ずかしいのか嬉しいのか、アミュアは耳が赤い。
あの後、ユアを抱え戻ったカーニャは、まずユアの救護を行なった。頭からダラダラ血が流れていたはずなのに、脱装したユアに擦り傷以上の外傷は見当たらなかった。返り血の可能性も考慮し、未だ意識の戻らないアミュアもローブをめくったり確認した。こちらも生々しい切傷などはあったが、深手はなかった。
(傷まで治してしまった?あれだけの奇跡。本当に何者なのあなた…)
少し離れて後ろから登るカーニャは、ユアの華奢な背中を目で追いつつ思った。まだ先程の戦いを飲み込めていないのだ。
かなり急な崖をアミュアをおんぶして軽々と登ったユア。体調に問題は無いようだ。
「到着~♪」
最後の一段をポンと登りユアの宣言。
クルリと軽快にカーニャを振り返る姿には疲労の影すらない。
「ここがさっき話した温泉だよ!擦り傷なんかにもすごい効くの」
息も乱さずにユアは、アミュアをそっと降ろした。
「ありがとう」
顔色は戻ったが恥ずかしそうなアミュア。
「思ってたより…大分立派ね…」
左右を見つつカーニャ。
岩場に溢れ出す源泉。器用に水路を分け、村とは反対側に排水しているかけ流し。湯場は広く10人程度は無理なく入れそうだ。風向きからか階段の途中では感じなかった硫黄の香りが漂っていた。
「自分でできます」
「いいからいいから、ケガしたんだから、痛い所あったら大変!」
「それはじぶんで脱ぐからやめて」
「遠慮しなーーい!おねーさんにおまかせ!」
キャッキャと脱がされたりしているふたりを横目に、カーニャも薄いピンク色の鎧下を脱いでいく。剣以外の装備は同じく村に置いてきた。
(アミュアもあれだけの攻撃を受けたにしては、傷が少なすぎる)
チラリと、衣服を着けていないアミュアを確認した。すべやかな白い肌に、痛々しい赤い擦り傷や打撲の跡があちこちあった。ふと自分も脱ぎ始めたユアを見てカーニャ。
「武装してるとわからなかったけど、ユアって結構発育いいのね」
戦闘後からもう口調を偽らないカーニャにユアも親しげに返す。
「カーニャに言われても、あんま嬉しくない。すごいなこれ!」
ユアがスススと近寄り後ろから大胆に胸元を確認した。
「ちょっと!距離感おかしいからー!」
真っ赤になって逃げるカーニャだった。
ギャーギャーと「見るな!」とか、「滲みる!」とか大騒ぎしつつ、なんとか湯船に収まる3人。
浴槽は黒い玄武岩製で、滑らかかつ正確なカットで構成されている。固い石材のその上等さに改めてシルヴァ傭兵団の凄みを感じたカーニャだった。
その縁の片側にぺったり寝転んで半身をさらすアミュアが言う。
「もういっぱい温まりました、上がってもいいですか?」
頬は上気し、少しのぼせ加減。
すっとおでこに触れるユア。
アミュアの体温を確認しうなずく。
「うーん、じゃああっちのベンチで座ってて。あたしはもう少し入っていたいな~」
やっと二人になったと、逆側に腰掛けて足だけ浸かるカーニャが胸元のタオルを直しつつ聞く。
「ユア、最後の攻撃。あれどれくらいの回数使えるの?そもそも魔力とは違うプレッシャーだった。あれは何?」
真っ直ぐにユアに視線を添え、核心だけ尋ねた。
一方腕と肩だけ出して左右に腕を広げているユア。どこかオヤジ臭い。
「正直に言うね。あたしも初めて使ったし、右手にあんな能力あるとは思ってもいなかった。頭に血がのぼっちゃって良く覚えてないしね!」
ぱしゃんと腕を両方戻し続ける。
「カーニャには聞いて欲しいことがいっぱいあるよ。色々内緒にしてくれる?」
ちょっとだけすがるような口調。
「もちろん。」
短い返答にかえって信頼を感じたユアが、今までの色々を話し始めた。
「これはマルタスさんにも話してないんだけど…」
アミュアは少し離れた所にある、これも石製の大きなベンチに、タオルも巻かずぺったりうつ伏せに寝ている。石の冷たさを堪能しているのだ。
すっかり温まった3人が、ガウンを羽織り見晴らしのいい東屋に居る。火照った肌に夜風が心地よい。
「そう、事情があるのは察してたけど、そんな事が…ラウマ神の力…」
すっかり口調が一人の時と変わらなくなったカーニャが、最後に会話を閉めた。
自分で持ち込んでいた水筒から水を飲む。レモンの香りが広がった。
ユアはアミュアが把握しているだろう事情は、全て話したのだった。
いつの間にかカーニャを近くに感じていた。
但し全てはまだ話せない、とも伝えていた。
「もちろん他言しないし、ユアが話したくない事は話さないでいい」
珍しく素直な軽い笑顔で言うカーニャ。
そうして自然にしているカーニャは、普段より幼く少女の様にユアには見えた。
リーンと茂みの奥から虫の声だけが響き、遠く水の流れる気配だけを共に流れ過ぎていった。
カーニャもお返しにとばかりに、少しだけ自分の事や妹が病弱で等とユア達に伝えている。
そうして夕方にあんな戦闘があった事など、忘れてしまうような穏やかな夜が更けていった。
「ユア!」
驚いたカーニャの声。そっとアミュアを寝かし、ユアに駆け寄っていった。
夕暮れが迫り、空は少しづつ美しい菫色に変わりつつあった。
「ユア大丈夫です、じぶんで歩けます」
「ダメ絶対無理させない!」
アミュアを背負ったユアが、村の裏手にある崖を登る。狭いがしっかりとした階段がつづら折りに刻まれている。ユアもアミュアも装備は外し薄着である。恥ずかしいのか嬉しいのか、アミュアは耳が赤い。
あの後、ユアを抱え戻ったカーニャは、まずユアの救護を行なった。頭からダラダラ血が流れていたはずなのに、脱装したユアに擦り傷以上の外傷は見当たらなかった。返り血の可能性も考慮し、未だ意識の戻らないアミュアもローブをめくったり確認した。こちらも生々しい切傷などはあったが、深手はなかった。
(傷まで治してしまった?あれだけの奇跡。本当に何者なのあなた…)
少し離れて後ろから登るカーニャは、ユアの華奢な背中を目で追いつつ思った。まだ先程の戦いを飲み込めていないのだ。
かなり急な崖をアミュアをおんぶして軽々と登ったユア。体調に問題は無いようだ。
「到着~♪」
最後の一段をポンと登りユアの宣言。
クルリと軽快にカーニャを振り返る姿には疲労の影すらない。
「ここがさっき話した温泉だよ!擦り傷なんかにもすごい効くの」
息も乱さずにユアは、アミュアをそっと降ろした。
「ありがとう」
顔色は戻ったが恥ずかしそうなアミュア。
「思ってたより…大分立派ね…」
左右を見つつカーニャ。
岩場に溢れ出す源泉。器用に水路を分け、村とは反対側に排水しているかけ流し。湯場は広く10人程度は無理なく入れそうだ。風向きからか階段の途中では感じなかった硫黄の香りが漂っていた。
「自分でできます」
「いいからいいから、ケガしたんだから、痛い所あったら大変!」
「それはじぶんで脱ぐからやめて」
「遠慮しなーーい!おねーさんにおまかせ!」
キャッキャと脱がされたりしているふたりを横目に、カーニャも薄いピンク色の鎧下を脱いでいく。剣以外の装備は同じく村に置いてきた。
(アミュアもあれだけの攻撃を受けたにしては、傷が少なすぎる)
チラリと、衣服を着けていないアミュアを確認した。すべやかな白い肌に、痛々しい赤い擦り傷や打撲の跡があちこちあった。ふと自分も脱ぎ始めたユアを見てカーニャ。
「武装してるとわからなかったけど、ユアって結構発育いいのね」
戦闘後からもう口調を偽らないカーニャにユアも親しげに返す。
「カーニャに言われても、あんま嬉しくない。すごいなこれ!」
ユアがスススと近寄り後ろから大胆に胸元を確認した。
「ちょっと!距離感おかしいからー!」
真っ赤になって逃げるカーニャだった。
ギャーギャーと「見るな!」とか、「滲みる!」とか大騒ぎしつつ、なんとか湯船に収まる3人。
浴槽は黒い玄武岩製で、滑らかかつ正確なカットで構成されている。固い石材のその上等さに改めてシルヴァ傭兵団の凄みを感じたカーニャだった。
その縁の片側にぺったり寝転んで半身をさらすアミュアが言う。
「もういっぱい温まりました、上がってもいいですか?」
頬は上気し、少しのぼせ加減。
すっとおでこに触れるユア。
アミュアの体温を確認しうなずく。
「うーん、じゃああっちのベンチで座ってて。あたしはもう少し入っていたいな~」
やっと二人になったと、逆側に腰掛けて足だけ浸かるカーニャが胸元のタオルを直しつつ聞く。
「ユア、最後の攻撃。あれどれくらいの回数使えるの?そもそも魔力とは違うプレッシャーだった。あれは何?」
真っ直ぐにユアに視線を添え、核心だけ尋ねた。
一方腕と肩だけ出して左右に腕を広げているユア。どこかオヤジ臭い。
「正直に言うね。あたしも初めて使ったし、右手にあんな能力あるとは思ってもいなかった。頭に血がのぼっちゃって良く覚えてないしね!」
ぱしゃんと腕を両方戻し続ける。
「カーニャには聞いて欲しいことがいっぱいあるよ。色々内緒にしてくれる?」
ちょっとだけすがるような口調。
「もちろん。」
短い返答にかえって信頼を感じたユアが、今までの色々を話し始めた。
「これはマルタスさんにも話してないんだけど…」
アミュアは少し離れた所にある、これも石製の大きなベンチに、タオルも巻かずぺったりうつ伏せに寝ている。石の冷たさを堪能しているのだ。
すっかり温まった3人が、ガウンを羽織り見晴らしのいい東屋に居る。火照った肌に夜風が心地よい。
「そう、事情があるのは察してたけど、そんな事が…ラウマ神の力…」
すっかり口調が一人の時と変わらなくなったカーニャが、最後に会話を閉めた。
自分で持ち込んでいた水筒から水を飲む。レモンの香りが広がった。
ユアはアミュアが把握しているだろう事情は、全て話したのだった。
いつの間にかカーニャを近くに感じていた。
但し全てはまだ話せない、とも伝えていた。
「もちろん他言しないし、ユアが話したくない事は話さないでいい」
珍しく素直な軽い笑顔で言うカーニャ。
そうして自然にしているカーニャは、普段より幼く少女の様にユアには見えた。
リーンと茂みの奥から虫の声だけが響き、遠く水の流れる気配だけを共に流れ過ぎていった。
カーニャもお返しにとばかりに、少しだけ自分の事や妹が病弱で等とユア達に伝えている。
そうして夕方にあんな戦闘があった事など、忘れてしまうような穏やかな夜が更けていった。
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