わたしのねがう形

Dizzy

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わたしのつなぎたい手

【第30話:天使のわんぱん】

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薄暗い部屋。小さな明り取りの窓からは弱まりきった冬の日差しが差し込まれている。
くつくつくつくつ
その小さな部屋の片隅では、何かを小鍋で煮込む後ろ姿。
銀色のストレートロングが腰までたなびく。愛らしい水色の三角巾が頭部をおおっている。
鍋の横には材料であろうか、魔術的怪しげな物が並ぶ。
瞳にはなにか狂気すらかんじる集中力。
十字にきらーんと水色の魔力が漏れていた。
そのすみれ色の宝石のようなまなざしは、じっと小鍋に向けられている。
「できた」
短くつぶやき火をとめるアミュア。
こめかみから汗が一滴たれる。
「これでユアにもわかってもらえるはず、わたしの実力」
あやしげな儀式のような作業が終わり、静かに部屋の温度を下げていった。
 


ゴク…
そこに並んだ男たちはまるで懺悔するかのようにうなだれ、目の前に置かれた皿を見ていた。
両手はお膝の上。
お行儀は良い。
ここはルメリナハンターオフィス一階の片隅にある、歓談コーナー。
壁際に何組もテーブルセットがある。
その一つだ。
男達はいつもの先輩ハンター達。
チャラ先輩も末席を汚していた。

今日は冬の某日。
この世界では女子が男子へとチョコを送る不思議な風習が受け継がれていた。
その儀式をユアに教わり「まあアミュアにはまだ早いかな?」の一言で火が付いたアミュアであった。

「どうぞめしあがれ」
天使のような満面の笑顔でアミュア。
彼女をよく知る者たちならば、それがどれほど貴重な笑顔か解る。
その微笑みを得るためならば命すら惜しまず注ぎ込むだろう。
アミュアの「チョコほしい人」、の一言から激戦を潜り抜け並んだ猛者たちだ。
だがしかし、命は惜しい。
3人並んだ男たちの顔にはそうありありと書いてある。
「ほらほらあ、うちのアミュアちゃんお手製のチョコですよ!残したりしたら地獄の業火にやかれますよ!」
絶好調のユアである。によによマックスの会心の笑みである。

ゴクリ
チャラ先輩ののどがなる。唾を飲み込んだのだ。
白いシンプルなお皿の上に鎮座するそれ。
チョコとの触れ込みだがそうは見えない。
そもそもなにかもぞもぞ動いているようにも見える。
なにかしらのおぞましいゆらめく影にしか見えなかった。
「くっ行くしかないぞ、皆。ここがルメリナ魂の見せ所だ!!」
チャラ先輩の号令で、なぜか手を使わずに犬のように食らいつく三人。
「ぐふぅ!」「ぐわぁああ」「……」
一口に飲み込んだ3人の末路は語るまい。
そこには燃え尽きたように椅子にうなだれる3人の姿だけがあった。
いつもの説明ムーブにも切れがない。
「す、すっげえよチャラ先輩。あんた男だ」
「なにか見てはいけない儀式を見てしまったような…」
「しかしなんでチョコなんだ?」
「アミュアちゃん詠唱してなかったような」
「いや攻撃魔法じゃねえぞ」
そしていつものように仕事を終えて去っていく先輩ハンターモブさん達。



「どうですかユアわたしの実力、わんぱんですよ」
ちょっと自慢顔であごをあげるアミュア。
「いや、チョコに攻撃力いらんからね」
さすがのユアもあきれぎみ。
「で・・・アミュアのチョコは劇物指定な。取り扱い注意しろよ」
カウンターのマルタスはいつものペースであった。
そこにそっと出来る新人所員の彼女が皿を置く。
白い皿には…漆黒の影。
「それマルタスさんのぶんですよ」
にこっと笑顔も添えられていた。




ユア達がスリックデンから戻り、早一か月がたっていた。
アイギスからは未だ音沙汰がない。
どんどん冬が深まる中、ルメリナの街は通常営業。
アミュアとユアも順調に依頼をこなしていた。
今日も日帰りでいけるモンスター討伐と、緊急で出ていた虫取り用の薬草採取依頼をこなしてきた。
「虫取りの草は、なににつかうですか?」
並んで街に入りながらアミュアが聞いてくる。ちょっと考えながら答えるユア。
「どうかな?緊急って依頼が入るくらいだし、どこかで害虫が大量発生したとかかな?」
口の中でぶつぶつと独り言を言うアミュア。
ーーちょっとクセがある香り
  苦さもありそう?
  害虫に効く
  チャラ先輩は時々なんか虫っぽい動きする
  明日もチョコ作ろうかな
漏れてくる言葉の中に、聞き逃せない危機を感じ取ったユア。
「あ…アミュア?あのチョコ配るイベントね、一年に一回だけなんだよ?一回だけ」
おや、と顔を上げユアをみる。
「わかりました来年までに腕をみがいておきます」
真剣な顔のアミュアにかける言葉が残っていないユア。
「お…おう」
ふと見上げた青空に、うっすら透明なチャラ先輩の面影が透けて見えたユアであった。



そんなとぎれない会話を楽しみつつ、オフィスによった二人は受付カウンターへ進む。
今日は書類仕事がないのか、マルタスがいて迎えてくれた。
「おう、首尾はどうだ?採取依頼は急ぎなんだが」
にっこりユアとすんっとしたアミュアが、何時ものペースでカウンターに陣取る。
「採取は2組分あるかな?10本で一組だったよね?」
「よしよし優秀だな。うん状態も悪くない2回分達成にしておくぞ」
採取依頼で上限が無い場合、依頼の分量を指定量上回るごとに達成報酬も倍になる。
沢山納品すれば喜ばれるものも多いのだ。
「討伐もいけたのか?」
「うん、アミュアの魔法で一撃だよ!」
続きを促すマルタスに答えるユア。
何故か自慢げだ。
ユアは自分より、アミュアが褒められるのが好きなのだった。
にやりとマルタスがアミュアも見る。
「どんどん腕を上げてるなアミュア、時々珍しい魔法も使っているようだが?どこで魔法習ったんだ?」
何気ない風に聞いたマルタスの声に、思いがけずにっこり笑うアミュア。
「ごりっぱなししょう様にならいました」
ちょっと誇らしげにいつもの銀ロッドを掲げるアミュアであった。
ロッドにむける眼差しには誇らしさと、一抹の寂しさがうかがえた。
そのロッドはアミュアの魔法のすべてであり、もっとも心深く影を落とす別れの象徴だった。



そしてその夜、アミュアは久しぶりに“あの夢”を見た。
異界の空。別れの日の、最後の光。
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