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わたしがわたしになるまで
【プロローグ】
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街が燃えていた。
夕方から吹いている東からの風が、被害を拡大していた。
夜半に無人の工業地帯から発生した火災は、次々と広がり続けていた。
地元住民により結成された火消し隊も、優秀な作業を続けている。
それで広がっているのだ。
隣接する住宅街から、東を除いた各方面に避難も始まってはいた。
この絶望に抗い得る戦力が、今届いた。
「ハンターオフィスです!広域魔法を使います!退去を!」
その人物は火災範囲ギリギリの建物屋上から、拡声魔法による指示を出した。
轟々とその赤い衣装を染めて水色の魔力が溢れ、身長程も浮き上がったのだ。
水色に照らされ半眼で高速詠唱しているのは、カーニャだ。
ハンターオフィス所属のAクラス魔法戦士。
詠唱が終わり待機させながら周囲をさっと確認していく。
(ダメこれ以上待てない)
もっとしっかり確認したかったが、火の勢いがすごく、この位置も間もなくのみ込まれるだろう。カーニャの頭上、掲げた両手の間には家程に大きくなった水玉が浮いていた。
「オウンディーヌスプラッシュ!」
ズドオオーーーー!
気合の技宣言と共に、頭上の質量が広範囲に吹き出される。
それは木造の家屋を引き倒す程の勢い。
上級攻撃魔法であった。
本来は大型のモンスター向けで、弱点狙いで使用するものだった。
これをカーニャは消火と、延焼制御の建物破壊に使ったのだった。
吹き返ってくる水しぶきで、びしょびしょになりながらも膝をつき顔を上げている。
成果確認までがカーニャの分担だ。
「ハァハァ、どうやら行けましたわ」
カーニャの魔法で、住宅街までは延焼は広がらず済んだのだった。
発生から3日し、やっと鎮火をみた大火。
未曾有の災害はスリックデンの工場街の三分の一にわたり、多大な被害をもたらしたのだった。
あちこちで未だくすぶり瓦礫の山と化した工場の間を、カーニャが歩いていく。
足元は消火用水なのかあちこち大きな水たまりになっていた。
「…酷い」
鎮火直後でまだ何の片付けも進んでいない。
そこいらに逃げ遅れた人の成れの果てが転がっている。
焦げ臭い匂いに別の匂いが混ざった気がして、あわててカーニャはハンカチで口元を覆う。
(ユアなら絶対弔うって言って進めないとこだったわ)
心の中でふと優しい顔を思い出したが、流石に微笑みまでは浮かばない。
ハンターとして長く活動しているカーニャだ、焼死体程度では本来顔色一つ変えない。
ただ、ここがカーニャの故郷でなければ。
寂しそうな視線には、過去の思い出でも浮かんでいるのか元気は無いのだった。
しばらくハンターオフィスに出す報告書のため現場検証したカーニャが、戻ろうと思い立ったころ。
ザワリと嫌な気配を感じた。
(…知っている。この気配)
キリリと眉が上がり、素早く抜剣した。
対人戦以上を想定していなかったので、今日の獲物はレイピアだ。
壁だけ焼け焦げた無人の工場。
開け放たれている大きなシャッターの奥に気配がある。
カーニャの全身に薄い金色の炎がまとわれ、刀身は幅を3倍にも金色の輝きが延長している。
身体強化魔法と光属性付与である。
カーニャの得意分野だ。
「出てきなさい…まさか火を放ったのもお前か!?」
呼びかけながら、思い至り付け足す。
スルリと影が分離し4足の獣の姿になった。
予想より小さく細い。
ぐっとカーニャが踏み込もうとした瞬間、影は斜め上に飛ぶ。
カーニャを飛び越えたのだ。
想定外のジャンプ力に不意を突かれたのもあり、カーニャは背後を取られた。
キッと振り返るとそこには影をまとった小さな人型がいた。
「驚いた…人形とはね。話が通じるのかしら?」
ギラギラと殺気を流しつつ、カーニャが話しかける。
動きが一瞬止まったことから会話可能と見て、瞬時に作戦変更。
時間稼ぎだ。
「火を放ったのはお前か?」
厳しい声で質問を放った。
図星でもそうじゃなくても答えたくなるだろう質問である。
思惑通り答えがあった。
「違う…」
小さく答える声は甲高い。
子供それも女児だろう。
「何故こんな酷いことを。何人死んだと思ってるの?」
否定しても肯定でも、会話が続く組み立て。
情報収集もカーニャの得意分野であった。
「…」
黙っているが、着々と時間は稼いでいる。
応援のハンターがカーニャを心配して見に来るまで、もういくらもあるまい。
ダメ押しとばかり、カーニャは責める様に言うのだった。
言い返えさせてさらに時間を稼ぐ腹づもりだ。
「きっと愛されず生きてきたのね、影に潜み。愛されたことが無いから、簡単に奪えるのよ!!」
最後は少し自分の気持ちもこもってしまった。
「!!」
効果はてきめんで、影に動揺が走る。
ゆらりと炎の様に揺らめいていた影が消える。
そこにはショックを受けた様に、目を見開いた美しい少女がいた。
その顔を見た瞬間にカーニャも動揺が走り、魔法も殺気も散らしてしまったのだ。
その気を逃さなかったのか、最初からそのつもりだったか、少女は風のように走り跳ね消えてしまった。
残されて呆然とするカーニャの唇から言葉が漏れた。
「そんな…アミュアちゃん?」
逃げ出した少女はアミュアの容姿をしていた。
ただ髪は黒くウエーブし、瞳も漆黒の闇を宿していたのだった。
スリックデンの痛手は酷く、回復には長い時間と予算が必要であろう。
今日は皮肉にも曇り空から雨が落ち始めた。
昨夜降ってくれればとの嘆きを流して。
夕方から吹いている東からの風が、被害を拡大していた。
夜半に無人の工業地帯から発生した火災は、次々と広がり続けていた。
地元住民により結成された火消し隊も、優秀な作業を続けている。
それで広がっているのだ。
隣接する住宅街から、東を除いた各方面に避難も始まってはいた。
この絶望に抗い得る戦力が、今届いた。
「ハンターオフィスです!広域魔法を使います!退去を!」
その人物は火災範囲ギリギリの建物屋上から、拡声魔法による指示を出した。
轟々とその赤い衣装を染めて水色の魔力が溢れ、身長程も浮き上がったのだ。
水色に照らされ半眼で高速詠唱しているのは、カーニャだ。
ハンターオフィス所属のAクラス魔法戦士。
詠唱が終わり待機させながら周囲をさっと確認していく。
(ダメこれ以上待てない)
もっとしっかり確認したかったが、火の勢いがすごく、この位置も間もなくのみ込まれるだろう。カーニャの頭上、掲げた両手の間には家程に大きくなった水玉が浮いていた。
「オウンディーヌスプラッシュ!」
ズドオオーーーー!
気合の技宣言と共に、頭上の質量が広範囲に吹き出される。
それは木造の家屋を引き倒す程の勢い。
上級攻撃魔法であった。
本来は大型のモンスター向けで、弱点狙いで使用するものだった。
これをカーニャは消火と、延焼制御の建物破壊に使ったのだった。
吹き返ってくる水しぶきで、びしょびしょになりながらも膝をつき顔を上げている。
成果確認までがカーニャの分担だ。
「ハァハァ、どうやら行けましたわ」
カーニャの魔法で、住宅街までは延焼は広がらず済んだのだった。
発生から3日し、やっと鎮火をみた大火。
未曾有の災害はスリックデンの工場街の三分の一にわたり、多大な被害をもたらしたのだった。
あちこちで未だくすぶり瓦礫の山と化した工場の間を、カーニャが歩いていく。
足元は消火用水なのかあちこち大きな水たまりになっていた。
「…酷い」
鎮火直後でまだ何の片付けも進んでいない。
そこいらに逃げ遅れた人の成れの果てが転がっている。
焦げ臭い匂いに別の匂いが混ざった気がして、あわててカーニャはハンカチで口元を覆う。
(ユアなら絶対弔うって言って進めないとこだったわ)
心の中でふと優しい顔を思い出したが、流石に微笑みまでは浮かばない。
ハンターとして長く活動しているカーニャだ、焼死体程度では本来顔色一つ変えない。
ただ、ここがカーニャの故郷でなければ。
寂しそうな視線には、過去の思い出でも浮かんでいるのか元気は無いのだった。
しばらくハンターオフィスに出す報告書のため現場検証したカーニャが、戻ろうと思い立ったころ。
ザワリと嫌な気配を感じた。
(…知っている。この気配)
キリリと眉が上がり、素早く抜剣した。
対人戦以上を想定していなかったので、今日の獲物はレイピアだ。
壁だけ焼け焦げた無人の工場。
開け放たれている大きなシャッターの奥に気配がある。
カーニャの全身に薄い金色の炎がまとわれ、刀身は幅を3倍にも金色の輝きが延長している。
身体強化魔法と光属性付与である。
カーニャの得意分野だ。
「出てきなさい…まさか火を放ったのもお前か!?」
呼びかけながら、思い至り付け足す。
スルリと影が分離し4足の獣の姿になった。
予想より小さく細い。
ぐっとカーニャが踏み込もうとした瞬間、影は斜め上に飛ぶ。
カーニャを飛び越えたのだ。
想定外のジャンプ力に不意を突かれたのもあり、カーニャは背後を取られた。
キッと振り返るとそこには影をまとった小さな人型がいた。
「驚いた…人形とはね。話が通じるのかしら?」
ギラギラと殺気を流しつつ、カーニャが話しかける。
動きが一瞬止まったことから会話可能と見て、瞬時に作戦変更。
時間稼ぎだ。
「火を放ったのはお前か?」
厳しい声で質問を放った。
図星でもそうじゃなくても答えたくなるだろう質問である。
思惑通り答えがあった。
「違う…」
小さく答える声は甲高い。
子供それも女児だろう。
「何故こんな酷いことを。何人死んだと思ってるの?」
否定しても肯定でも、会話が続く組み立て。
情報収集もカーニャの得意分野であった。
「…」
黙っているが、着々と時間は稼いでいる。
応援のハンターがカーニャを心配して見に来るまで、もういくらもあるまい。
ダメ押しとばかり、カーニャは責める様に言うのだった。
言い返えさせてさらに時間を稼ぐ腹づもりだ。
「きっと愛されず生きてきたのね、影に潜み。愛されたことが無いから、簡単に奪えるのよ!!」
最後は少し自分の気持ちもこもってしまった。
「!!」
効果はてきめんで、影に動揺が走る。
ゆらりと炎の様に揺らめいていた影が消える。
そこにはショックを受けた様に、目を見開いた美しい少女がいた。
その顔を見た瞬間にカーニャも動揺が走り、魔法も殺気も散らしてしまったのだ。
その気を逃さなかったのか、最初からそのつもりだったか、少女は風のように走り跳ね消えてしまった。
残されて呆然とするカーニャの唇から言葉が漏れた。
「そんな…アミュアちゃん?」
逃げ出した少女はアミュアの容姿をしていた。
ただ髪は黒くウエーブし、瞳も漆黒の闇を宿していたのだった。
スリックデンの痛手は酷く、回復には長い時間と予算が必要であろう。
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