わたしのねがう形

Dizzy

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わたしがわたしになるまで

【第17話:あいしあう獣たち】

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 黒い影に覆われたノアは夜の草原を走っていた。
その速度はアビスパンサーの夜霧に匹敵する。
本気の夜霧にだ。
(まだ付いてきてる)
 森での遊びに飽きて来ていたノアは、ある日チクリと鋭い殺気の痛みを感じ取った。
スヴァイレクである。
エルミアから、スリックデン方面に追いやるよう指示を受けたのだ。
ノアは恐ろしいほど殺意に敏感だった。
軽く気配を放つと、敏感に察知し振り向く。
 最初はそうやって追い込んでいたが、山越えしてからはどれくらいの速度で走るのか見たくなり、本気の殺気を当ててみた。
ノアは一瞬で影に包まれ飛び上がって走り去った、スヴァイレクの全力に迫る速度であった。
「スタミナも相当のものだな…今日はここまでにするか」
呟いたスヴァイレクは走るのを止め、気配を消した。
(??気配がなくなった)
 敏感に察知してノアも走る速度を緩めた。
黒い影もすっと消え、息一つ乱れていない。
その姿はすっかり成人した女性の姿で、シルエットの各部に女の特徴を濃くしている。
長かったローブも黒いワンピースの様に見えるのだった。
スヴァイレクはあの後にさらに影獣をノアに与えていたのだ。
気配の消えた方を警戒していると、背後から突然声をかけられた。

「こんばんわ、影の同胞」
 声はセルミアだった。
満月を背負い、にまっと笑いすぐ近くに立っていた。
いつものナイトドレス姿だ。
 ノアは最大限の警戒。
ここまで近くに来るまで気づかないことなど、今までなかったのだ。
「なにもしないわよ?お話ししたいだけ。言葉はわかるわね?」
ノアはセルミアから痛い気配も怖さも感じなかった。
警戒は解かず表情の無いまま答える。
「わかる。おまえはなに?」
ノアは言葉も判るし話もできる。
熊獣を吸収してからは、ある程度人間的思考も持っていた。
「私はセルミア。あなたの味方よ」
言葉とともにセルミアを影が覆う。
先程のノアの姿と同じで、知性ある影獣は皆これができるのだ。
驚いたノアを確認すると、セルミアは元の姿に戻る。
「どうかしら?信用してくれたかしら?」
セルミアの言葉からは甘い香りがする。
あの銀色のとは全然違うが、確かに甘いとノアは感じた。
「ノアと同じだ。おまえも”かげにひそみあいされない”のか?」
すこし驚いて寂しそうな表情をみせるセルミア。
非常にうさん臭いのだが、ノアには判らない。
「影獣どうしは愛し合えるわよ?あなたも知っているはず」
ノアは少し納得顔。
「影獣はいい。恐れないし、おそってこない。あれが愛なのか?」
影獣をなでた時のことを思い出しているのだろう。
またしてもにんまり笑顔に戻ったセルミアが答える。
「そうね、でもノアの能力で吸い取ると消えてしまうわ」
これもノアは体験から正しいと思えた。
「消えた影獣はあなたの力になったとは思うけど、影獣は消えたかったのかしら?あなたなら消えたいかしら?」
少しづつセルミアは思考の幅を狭めようとする。
納得のできる答えにうなづかせることで。
ノアは撫でられている影獣の姿を思い出した。
みな気持ちよさそうに目を閉じ、大人しくしていた。
ノアも影獣をなでるのは好きだった。
そもそも痛み以外で繋がった初めての相手が影獣なのだ。
自然と頭に浮かんだ問いを出す。
「どうしたら獣は消えないの?」
ノアの警戒心はこの時点でほぼ切れている。
言わせたかった事をノアが口にしたので、セルミアはにっこり笑顔になる。
「力の使い方を覚えるのよ。少し練習してみましょう」
そう言って右手でノアの後ろを指さす。
はっと気配を感じノアは振り向いた。
そこには伏せている犬のような影獣がいた。
初めて撫でた影獣と同じ姿だった。
ノアが背を向けると、セルミアはまたにんまりと笑顔を崩すのだった。
近寄って頭の横にしゃがむと、ノアが左手で獣をなでる。
ざわりとした固い毛の手触りだが、ノアはそれが好きだった。
影獣は赤く光を滲ませている目を閉じる。
ノアの手から紫色の光がにじむ。
それは魔力とは違う光で、圧力を伴わない。
「その力を抑えないと、また消えてしまうわよ?」
はっとノアは手を放す。
不思議そうに自分の左手をくるくるして眺めるノア。
徐々に弱まり光は消える。
落ち着いたノアの心の隙間に声を差し込むセルミア。
「右手でなでてみたらどうかしら?」
セルミアの声には甘さがたっぷり塗りつけられた。
声に振り向き見上げるノア。
きょとんである。
思案する様子のあと、はっと理解の表情。
振り向いて右手で影獣をなでる。
(くっくっ、本当に素直でいい子ね)
ノアが見ていないとニンマリに悪意が滲むセルミア。
影獣の様子は変わらずにいたが、また変化があった。
ノアの右手から黒い影が少しづつが湧き出し、影獣に吸い込まれていくのだ。
影獣は気持ちよさそうに目を細めている。
ノアは不思議そうに撫で続けるが、獣は消えたりしなかった。
「右手で撫でればよかったのか」
 腑に落ちたようなノアの声。
その時じわじわと変化が訪れる。
伏せている影獣が大きくなっていくのだ。
徐々に気配も力強くなっていく。
ノアも変化に気付くが、消えないのでいいかと続けた。
ざわりとした質感は変わらない。
(なるほど…そうやって影を分け与えるのか‥‥私たちには無い能力ね)
少し表情を真面目なものにしてセルミアは考察していた。
ノアが撫で続け満足したのかにっこり笑顔で立ち上がった。
ノアの姿を見てセルミアは驚くが、それを素早く隠した。
「どうかしら?影獣とは仲良くなれたかしら?」
「うん、とてもかわいいとおもう」
答えたノアの声は少しだけ甲高くなった。
その身長は少し小さくなり、何年か時を遡ったように見えた。
 セルミアから指示があったのかどうか、影獣は立ち上がり背後の闇に消えていく。
見間違いではありえないほど影獣は大きくなっていた。
ノアはすこし寂しそうにして見送ったが、追いかけたりはしなかった。
「これでノアは愛されない獣ではないわね、仲間ができたもの」
獣を見送っていたノアはセルミアを振り返る。
その姿はくしくも今のアミュアに酷似していた。
年齢も身長も。
「そして私もあなたの仲間よ」
 にっこりと善意にあふれた笑顔を向け右手を差し出すセルミアであった。
ちょっと考えてからノアも右手を出し握手したのだった。
黒い影はもれず、セルミアが大きくなったりもしなかった。
(無意識にしているわけではないのね。それとも条件がある?いずれにせよ使える駒だわ)
握手を終え見つめ合うセルミアからは慈しみすらうかがえる。
「これからも仲良くしましょうね、ノア」
心で何を考えてるかは、外面では伺えないのだった。




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