わたしのねがう形

Dizzy

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わたしがわたしになるまで

【第36話:となりに立ついみ】

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 ミーナはとても悩んでいた。
(アミュアに相談したい‥‥でもアミュアにまで否定されたら私頑張れないかも‥)
ここの所ずっとその悩みはミーナの中にあった。
アミュアとは配置上二人きりにならなかったので、相談できなかったのもある。
スリックデンに戻る馬車の中で、ユアとカーニャにはしっかり説明して相談した。
二人共、結局快諾はしなかった。
自分の体を心配しての事とは解るのだが、通常入試の2年後までは待てないと思っていた。
(せっかく推薦していただいて、秋からの編入でもよいとまで言われたのに)
 魔法学校で噴水を爆発?させてから、学校の先生が何人か飛んできて説明してくれたのだった。
ミーナがカーニャの妹だと知ると、さらに強硬に誘ってくるのだった。
次々といい条件を出してくれて、ミーナとしても初めての自分の評価に戸惑いながらも嬉しかったのだ。
「ユアさんも姉さまも、言葉にはしないけど反対している」
 つい独白として出たのは、ミーナにとっては恩人とただ一人の姉に否定されたと感じられたからだ。
今のミーナの部屋は、カーテンも窓も開けられ、綺麗な花も飾られて臥せっていた時とは大違いなのだ。
それはミーナの自信にもなり、背中を押してくれる勇気にもなるのだった。
(死んだ方がましだなんて思ってたのに。命をいただいたのだわユアさんとアミュアに)
それは生涯消えることのない恩義と思っていた。
(姉さまが学校に行ったのは10才の時。今の私よりも小さかったはず)
それなのに賛同してくれない。
誰よりも信頼している姉に認められないのは、ミーナにとっては辛い事であった。
「誰に認めて貰えなくとも、私はもう強くならずにはいられない」
強い気持ちを言葉にしてみた。
すこし勇気がわいた。
(よし、アミュアが明日たつ前に相談しよう。今夜)
そうしてミーナは決意したのだった。
親友に相談することを。



 ヴァルディア家の裏庭には、月がとても良く見えるテーブルセットがあった。
白い塗装の金属フレームで作られた、豪奢な屋外用セットだ。
そこから見回す庭が、一番美しく見えるよう草木が配置されているのだ。
夜もまた美しく、他には数本の白い魔石燈が灯る街燈だけが佇んでいる。
月の明かりを邪魔しないよう位置も考慮し設置されていた。
 今夜も月が薄雲をすかし、柔らかく照らしていた。
「ミーナお待たせ」
椅子に座り月を見ていると、アミュアが現れ声をかけた。
「ごめんねアミュア、忙しくなかった?明日たつのに」
ミーナの隣に座り、にこにこと首を振るアミュア。
時間をかけてもきっと決心がにぶる。
そう自分に言い聞かせ、核心から話すミーナ。
「アミュアに聞いてほしい事があったの」
雰囲気の変化をアミュアは鋭敏に察する。
すっと姿勢を正し答えた。
「もちろん。聞かせて」
その真剣な声にまた勇気をもらった。
「私、秋から魔法学校に編入しようと思うの」
アミュアは少し考えて質問した。
「‥‥それは家を出て王都で暮らすということ?」
「もちろん。姉さまが通っていた時も寮に入ったと聞いたわ」
アミュアは真剣に悩んで答えに迷う。
しばらくたってから視線をそらして話す。
「わたしはそばに居られないから、こないだの様なことが有るのではないかと心配」
アミュアは単純にミーナの受ける危険だけを考慮したのだ。
聞きたい答えはこれじゃないだろう、そう思うと自然と視線が一瞬外れたのだ。
ユアやカーニャと同じく。
ミーナの表情がゆがむ。
それは悲しみに彩られたこわばりだ。
表情の変化は一瞬だったが、アミュアは見逃さなかった。
(ミーナ悲しそうにした)
思っただけでアミュアの胸は締め付けられる。
すっとミーナは立ち上がり、アミュアとの間にテーブルセットを入れるよう歩いた。
その動きがアミュアには、自分との間に何かを置いたと感じた。
近づかないで欲しいと、ミーナに言われたようにも感じられ胸が苦しくなった。
ほんのいっときだけ間を置いて、ミーナが静かに話し始める。
それは自分へ向けた言葉とはアミュアには感じられなかった。

「私は死んでしまうのだと思っていたの」
 ミーナは白々と庭を照らす月光につぶやく。
アミュアには背を向けたままだ。
すっとテーブルセットの冷たい椅子の背にふれるミーナ。
「アミュアがあの時くれた花冠がとても嬉しかったの」
ちらりと見えたミーナの横顔は目を伏せていた。
「わたしに心残りを思い知らせてくれた」
静かに月を振り仰ぐミーナ。
「生きたいとあれほど願った日はなかった」
まぶしそうに眼を細めるミーナ。
アミュアにはそのミーナがとても神々しく見え、声が出なかった。
「そうしてあなた達の奇跡に命をいただいたのだわ」
そして先日も救われた。
2度も命をもらったのだ。
ミーナはまたうつむき、背を向ける。
椅子の背は放してしまった。
「私も強くなりたい。魔法学校はその第一歩。体だってもう普通なのよ?」
今夜のミーナはとても大人びていて、いつものようにはそばに行けない空気があった。
じっと動けずに続きを待つアミュア。
(これはたずねるのでも、ただ聞くだけでもないもの)
すっとアミュアの心にその言葉が浮かんだ。
それは誰かから聞いた言葉ではなく、心の内から浮かぶ言葉。

「そうして、いつの日かあなたの隣に立ちたい」

 振り向きこちらに視線を据えるミーナ、その言葉、そのひたむきな表情。
いまだかつてミーナから感じたことのない気配をアミュアは感じた。
刃を突き付けられたような、ヒヤリとした感覚。
(突き付けられたこころのかたちがわかる)
アミュアにはたしかな手触りがあった。
それは短くとも濃密に積み重ねた二人の時間がくれたもの。
 ふと、あのラウンジでのやり取りが思い出された。
優しい医師に言われたこと。
心を見せる努力をしろと。
(言葉だけではとどかない)
すっと立ち上がり前にでるアミュア。
今夜ずっと越えられなかった二人の距離を越え進んだ。
今となっては少し小さなミーナの前で少しだけ覗き込むように屈んだ。
そっと両手でミーナの手を取る。
そうしてミーナを見ると、以前のように良く表情が見えたのだった。
アミュアは静かにミーナに言葉を手向ける。
真剣な瞳で。
「まってる」
それだけを告げ、ぎゅっと抱きしめるアミュア。
ミーナもまたアミュアの背に手を回し、そっと捕まえるように抱きしめるのだった。
たとえ父母に理解されずとも、姉に反対されようとも。
ミーナの心は何一つ変わることはなかった。
ただ一人、友と信じたアミュアの否定は耐えられなかったのだ。
そして今、気持ちを伝え抱きしめてもらった。
それだけで何かが救われたように感じるミーナであった。
ミーナの顔にはしっかりと笑顔が浮かんだ。
白い月の光はあかるく二人を照らしてくれたのだった。


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