きぃちゃんと明石さん

うりれお

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本編

あせらされるなんて聞いてない

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「すいません、ちょっとお手洗い行ってきまーす。」

「はーい、気を付けてー。」

季衣がトイレのために席を立って、柊真は長谷川と二人きりになった。
正直とんでもなく気まずいが、またとないチャンスでもある。

「きぃちゃん、トイレから戻ってきたら
  アルコール抜けるタイプだから、
  何か言いたいことがあるなら今のうちだと思うよ。」

まずはきぃちゃんの事よく分かってるんだぜマウントからの、上から目線で宣戦布告。
いや、かっこ悪っ。
もう仕方ない仕方ない、余裕ないんだもん。

「季衣と…………、ホントに付き合ってないんですか?」

やっぱり聞いてくるよなぁ。
若干彼氏ヅラしている自覚はあるが、実際のところ柊真と季衣は、うっかりワンナイトしてしまっただけの飲み友達である。
改めて事実確認をされるとなかなかに辛いが、季衣本人からのものでは無いことを喜ぶべきなのだろう。

「ないよ。
  ……………………俺はきぃちゃんの事好きだけどね。」

「……………………………………やっぱり、
  ……そうなんですね。」

どれだけ長い間片思いしてるのか知らないが、譲ってやるつもりは一ミリもない。
こちとらこのまま放置したら終わるって所まで来てるんだ。
好きだから抱いたんだって正直に言って、誤解を解く事すら出来ていないのに、このまま終わる訳にはいかないんだ。

長谷川の言葉が合図になったかのように、柊真の気持ちに火が着く。

「明石さん…………………………、季衣の事、
  抱きましたよね。」




…………何故そんなことまでバレているのだろう。
単なるカマかけだろうか。
季衣の事だから、流石にそんな事まで話していないと思うのだが、先週の今日で何かが変わったと言うのか。
俺と関わる事で季衣に変化があるなら、これほど嬉しいことは無い。
加えて、季衣は自分の事を思ってくれているのでは、なんて都合のいい考えにまで至ってしまう。

「それ、長谷川くんに関係あるの?」

「それはッ」
「仮に俺が『抱いた』って言ったら信じるの?
  牽制するための嘘かもしんないよ?」

はぁ……、大人げないな、俺。
あまりに真っ直ぐに柊真にぶつかってくる長谷川を見ていると、自分の歪んでいる部分を自覚させられて嫌になる。

「信じます。
  その上で、この一週間何してたんだって言います。」

この子はどこまで真っ直ぐなんだろうか。
ホントに痛いとこ突いてくるな。
何してたんだろうな、この一週間。
己の行いを後悔して、季衣の会社の男に嫉妬して、季衣を家に誘って浮かれて。

「はははっ、そりゃそうか。
  ……じゃあ逆に『抱いてない』って言ったらどうするの?
  っていうか、抱いたらきぃちゃんは
  その人のもんになるの?」

まるで犬の威嚇のように、棘の付いた言葉ばかりが口に出る。

「それは違いますッけどっ、
  もし、そう言うなら、俺が、全力で、季衣を口説きます。」

「なるほどねぇ……。」

明日……、頑張らないとなぁ。
飲み始めてから、分かっていた事ではあるが、長谷川の本気さに焦りを覚える。
だって、今年の夏に俺と会って無かったら、きぃちゃん普通に長谷川くんと付き合ってそうだもんなぁ。

「俺も負けてられないなぁ。」

「何がですか?」

「おぉ、きぃちゃんお帰り。」

「ただいまでーす。」

絶妙なタイミングで季衣が帰ってきて、会話が中断される。
流石に本人の目の前で『抱いたよ』なんて、絶対に言えたもんじゃないし。

「どう?酔い覚めた?」

「もうバッチリ!
  田所ヨユーで素面です!
  あっそうだ、明石さん、私ラーメン食べたいですー。」 

「いーねー、俺も締めラーメン行きたい。」

割といつも通りの流れだったので、今日はどの店にしようかと考えながら正面を見ると、長谷川が『嘘だろ、まだ食うのかこの人達。』と言いたげな顔をしていた。

「長谷川はどーする?
  行く?やめとく?」

「や、俺はパスで。」

意外と少食なのかなぁ。

「りょーかーい。」

例の如く支払いはルーレットを回したが今日は珍しく割り勘という事で、集めたお金で季衣がお会計を済ませてくれることになった。
その間に柊真と長谷川は店を先に出て季衣を待つ。

「やっと、ちょっと涼しくなったねぇー。」

気まずさを回避しようと適当な事を口に出してみたが返事は無く、振り返ると真面目な顔をした長谷川がいた。

「……明石さん。」

 …………………………誤魔化さずに言えってことか。



「抱いたよ。………………もちろん同意の上でね。」
 



 
 
「ごちそうさまでしたー。
  ……お待たせでーす。」

柊真も長谷川も何も言わない空白の時間が流れて、季衣がガラガラと店の引き戸を開ける音で、張り詰めた空気が少しだけ緩む。

「きぃちゃんありがと。」

「いえいえ、とんでもないです。」

「サンキュ。」

「長谷川は今度絶対奢れよ。」

「なんでだよっ!」

「あんたが出し忘れた火曜の許可証、
  今日頼み込んで通してきたの誰やと思ってんねん。」

「あぁ……、それは悪かった。
  分かったから、何食うか考えといて。」

いつもこんな風にじゃれ合ってるんだろうなと想像できる光景が目の前にあって、ちょっと羨ましい。
自分も会社で季衣に振り回されたいなーなんて思ったりして。

っていうか、二人きりでご飯とか行かないで欲しいなっ!

彼氏でも何でもないのに勝手にヤキモチを焼く。

「明石さん、白湯パイタンでもいいですか?」

「ん?あぁ、いいよ。」

「んじゃっ、逆方向だから長谷川バイバーイ。」

「おつかれさまー。」

「お疲れ様です。」

季衣が前回来た時と同じ店を指定して、ほとんど会話もなく長谷川と別れた。

「ラーメンっ、ラーメンっ、」

あれ、あんまり今日お酒抜けて無いのか……?
いつもよりハイテンションな季衣に違和感を覚えるが、もうなんか可愛いから全部OK。

「きぃちゃん、スキップなんかしてたら転けるよ?」

「えへへッ、だってラーメンも、
  明日のDVDも楽しみじゃないですか。」

季衣がくるりと振り向いて満面の笑みを向けてくる。

可愛い。
もう抱き締めたい。
もっかいぎゅってしながら寝たい。
長谷川くんとご飯なんか行くなって言いたい。

「ふふっ、俺もめっちゃ楽しみ。」

「対戦よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」

「「…………あははははっ」」

やっぱり季衣と過ごすのは楽しい。
ヲタクを隠さずに話せるのも嬉しい。
明日、好きだって言わないと。
 
その後は何だかんんだいつも通りで、ラーメンを食べて、二人してお腹をパンパンにした。

「あっ、そういえば長谷川と何話してたんですか?」

「んー、…………男同士の秘密だからナイショ。」

「えぇー、きぃだけ仲間はずれですか?」
 
 

 
また電車を逃す前に解散という事で、駅で別れたのだが、

「明日絶対浮腫んでまうッ、どうしよ。」

帰りの電車で季衣が焦った事は柊真は知らない。
 
 
 
 
 













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